運命不良者 山嶺さやか~その7
時は現代に戻る。
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「それで、山嶺さやかさん。お聞きしたい事とは?」
私は、一旦、額の汗を拭う。
「まず、私の不良品の運命を、修正したとして、私は一体どれほど過去に遡ると言うの?また、運命が変わるというのは『山嶺さやか』ではない別の人になって、別の運命になると言うの?」
私の質問に、少女は「ふむ。」といって、また何か辞書の様な分厚い本を出した。
「運命の不良は、様々なパターンがあります。が、大きく分けると二つ。運命の不良が『既に起きている者』と『これから起きる者』です。」
「山嶺さやかさんの場合の不良は『既に起きている者』ですが『山嶺さやかという存在になる』というパターンではありません。あくまで『人生の途中の選択肢』を誤ったケースになります。」
「つまり、運命を変えても、私は私で居られるって事だ。」
私の胸に、まず一つ安堵の感情が宿る。
「次の質問いいかしら?」
少女は、片付けようとしていた本を慌てて戻した。
「は、はい?何でしょう?」
「では、もし運命を変えた先。例えば、直後に私が死ぬようなことになった場合。
あなたを呼んで、再びこちらの運命に変えてもらう事は出来るの?」
その質問には、少女は本も見ずに答えた。
大きく首を横に振り
「いいえ、それは不可能です。
そもそも、私達天界使が、あなた達に見えるのは、あくまで運命の修復の為だけです。
運命の修復を受けても、断っても
やがて、あなたの記憶から、今のこの事は消えます。」
「山嶺さやかさん。あなたが、持っているそのプリン。元々は、何を買ったか覚えていますか?」
私の質問に答えた後、続けて彼女がそう言ってきた。
何言ってるの。そんなの……………
……………
あれ?
「そう言う事です。運命の変更が行われた世界の記憶を保持する事は、この世界のモノ達には出来ないのです。」
…………
「なるほど、この決断が終ったら、私からこの記憶が消える訳か。
じゃあ、運命を変えて、例え死んだとしても、後悔はしようがないわね。
それは、良い事を聞いたわ。」
少女は、こくりと頷く。……………いい加減名前で、呼んであげよう。
アズメちゃんが、頷いた。
「では?」
私は大きく息を吸う。
そして、思い出していた。
どこが運命の過ちだったのかは解らない。
が。
後悔しなかった日が無かった。
あの日から。
毎日毎日。
そして、ゆっくりと息を吐いた。
「運命を修復するわ。」
私の言葉に、大きくアズメちゃんが頷いた。
「畏まりました。
では、運命の修復を始めます……………
……………あれ?
……………あれれれえれれれれえ?」
アズメちゃんが、突然慌てだした。
「…………なに?急にどうしたの?」
「すっ‼すびばせん‼あ、あたし‼ぎ、ギターケースを持ってませんでしたか⁉」
「は?ギター?」
「と、とととととっとととととてもっ大切な物なんです‼」
「はぁ、それが今無いの?まぁ、私の方をやってから、こっちで探してよ。」
「駄目なんですッッ‼」
私は、アズメちゃんが何をそんなに慌てているのか全く分からない。
その時だった。
「全く、心配になって来てみたら、これか。」
突然、誰かがそう声を掛けてきた。
私は、驚いたが
「センセイ‼」
アズメちゃんから、喜びを交えた抑揚の声が漏れた。
「ったく。『時空の鍵』を忘れて行くなんて、大チョンボしやがって。ほらっ。」
その人は、身の丈190㎝程の長身。
格好は、アズメちゃんと全く同じ、古緑色のコートに大きな帽子。細く長い脚に合った黒のズボンがスタイルの良さを引きたてている。
そして、両手に、ギターケースを二つ抱えていた。一つは子ども用の小さな物だ。彼は、アズメちゃんに向かって、それを突きだしている。
「まるで、外国映画の魔法使いが、出てきたみたいね……」思わず口から洩れた。
「あなたも、アズメちゃんと同じ…………運命何とかかんとかさんなの?」
私の問いに、彼は、帽子から唯一見える口元を歪めた。
「その呼び名は、どうもややこしくてな。アズメ。こちらの方に俺達の呼び方を説明してないのか?」
アズメちゃんがせっせと、彼からギターケースを受け取ると
「ああ‼すいませんセンセイ‼忘れてました‼」と言った。
「やれやれ。」今度は、口元だけでがっかりした表情が見えた。
「あんた達の世界では、物を譲ったり、直したりする人を『~~~屋さん』って、呼ぶんだろ?」
突然、彼がそう、私に言ってきた。
「え???…………う~~ん、まぁ、全部が全部ではないと思いますけど………はい。」
「時間屋だ。」
「え?」
「俺達の事は『時間屋』と呼べ。」
「時間屋…………さん?」
なるほど、時間を直すと言う意味か……何となく合って無い気もするが………私には関係ないか……
「お、お待たせしました‼さぁ、では山嶺さやかさん‼運命の修復を始めます。こちらへ寄って下さい‼」
どうやら、始まる様だ。
先程の男性………時間屋さんも、少し離れた場所で、アズメちゃんを見守る様にこちらを見ていた。
「天界より生まれ落ちし、尊き生命よ。我、時を掌りし天界の柱として、その誤りし運命の時を修復し事をここに宣言する。」
「⁉」公園が、周りの景色がまるでコーヒーに混ざるミルクの様に、私を中心に歪み始める。
「山嶺さやかさん。」
アズメちゃんの声が遠くから聞こえる。
彼女が、ギターケースを開けると、彼女の身の丈と同じくらいの鍵が現れた。
「正しき運命の旅を。」
「正しき運命の良き旅を。」彼女と、時間屋さんが同時に呟く声が聴こえた。
そして、彼女が思いっきり地面に鍵を突き刺した。
瞬間。
「きゃあああああああああ⁉‼」
その鍵の刺さった地面に、私も、周りの景色も飲み込まれていく。
まるで
まるで海の底に飲み込まれるようだった。