運命不良者 山嶺さやか~その5
6年前
「はい‼じゃあ、次は‼今年度より、わが社に入社してくれた新入社員の皆さんの、挨拶とさせて頂きます‼」
人事部長がそうわざとらしいテンションで言うと
「ワーーー」と、大きな会場を盛り上げる様な声があがる。
「うわぁ…………最悪ぅ。ねぇ?さやかちゃん。なんで、こんな無駄な事するのかな。」
そう、私の耳元で囁くのは大学時代からの親友のリンゴちゃんだ。
「ねぇ?恥ずかしいだけだよね。なんで、皆騒いでるんだろう?」
「そりゃあなぁ‼」
「きゃ」「わぁっ‼」
私達二人は、身体を大きく揺らして驚いた。いきなり私達二人は両手で抱きしめられたからだ。
「ちょっ‼もう‼部長‼セクハラですよ‼」リンゴちゃんが、思いっきり部長の手を払う。
「おうおう、いいぞ‼その元気で、別の部署の皆さんにしっかり挨拶してこい‼」
「たっ………く、………でも…………高杉部長………格好いいよね………」
リンゴちゃんがボソボソと呟く。
「ええ??でも、部長もう40過ぎてるし、私達に近いくらいの年の娘さんが居るって、話だよ?」
冗談だと思い、私は笑って彼女に返した。
「う………うん。そりゃ……知ってるけど………」
「変なの。変なリンゴちゃん。」
―――――
「うーーーいっ、っくーーー、あーーー酔っぱらっちまったなぁ‼」
「ちょっと‼部長飲み過ぎっすよ‼」
忘年会は、3時間ほどでお開きとなった。
今、二次会に行く者と帰る者を、店先で皆が相談し合っている。
「うっわーーーー、何々?ちょっと‼山嶺ちゃん。あなた、これ‼バーダリーのコートじゃないの?何?最新作でしょ?」秘書課の人が、そう言ってきてくれた。
「あ……はい。」そう、こういう日の為に、初ボーナスをはたいたんです。
そして、気付いてくれてありがとうございます。
そうこう、秘書課の人とブランド物の話をしていた時だった。
「うげーーーーー」
低い、野太い声と同時に、蛇口を勢いよく開けた様な音が聴こえた。
「り、リンゴちゃん‼大丈夫⁉」
そこで、嘔吐していたのは、リンゴちゃんだったのだ。
「もう‼強くないのに、あんなに飲むから。」私は背中を擦ってあげた。
「ああああ、やっちゃったぁ………」彼女は、悲しそうに汚れてしまった自分のコートを見ていた。
「ほら、脱いで。クリーニング、出しといたげるよ。」私は彼女のコートを剥ぐ。
「おい、どうした?大丈夫か?」
そう、私達に声を掛けてきたのは、高杉部長だった……
先程の酔っぱらって、だらしなくなっていた表情は、打って変わって厳しくしまり
とても、頼り甲斐のある雰囲気を醸し出していた。
「いかんな。こりゃ。リンゴ君は俺が送っていくから。大丈夫だ。山嶺君。君は二次会を楽しんでおいで。」部長は、そう言うと「ひょい」っとリンゴちゃんを持ち上げた。
「あああ、部長。駄目。わらし、ひま、くちゃいし。きちゃないし。」
リンゴちゃんは、酔いからか、テレからか……顔を真っ赤にして泣きそうな目をしていた。
私は、リンゴちゃんが心配だった。でも、確かにここは上司の部長に任せた方が良いのかもしれない。
そう
思ってしまった。
「部長‼ちょっと待ってください‼」
二人の乗ったタクシーにそう声を掛けて、私は駆けよった。
「リンゴちゃん。はい。これ。寒いから貸したげる。」
私は、自慢のブランド物のコートを彼女に差し出した。
「あ………ありがとう……いいの?さやかちゃんは?寒くない?」
「いいよ。すぐにカラオケに行くから。中に入ったら暖房効いてるから。お正月明けに返してね。」
私は、ウインクをして、二人を見送った。
そして、実は
この時の行動が
私のこの先の運命を
大きく変えてしまっていたのだと
知ったのは、もう、間もなくの事だった………