運命不良者 山嶺さやか~その1
「おい、山嶺ぇ、お前まだコピー済んでないのか‼一体コピー程度に何時間かける気だ‼」
部長の怒号に、私は身を震わせる。
「あ、あ、す、すいません。渡して下さった書類が見つからなくて。」
その私の言葉に、部長はタコの様な顔を真っ赤にさせ、更に怒鳴る。
「書類をなくしたぁ?なにやってんだ‼お前は‼もう知らん‼邪魔になるから帰れ‼」
そう言うと、部長はわざと大きな足音を鳴らして、外に出て行ってしまう。
クスクス。と、周囲で笑い声が聞こえる。
「マジ、やばいね。」
「私だったら、ぜってー辞めるわ。」
「使えないあいつにも問題あるだろ。」
聞こえる大きさの陰口にも。
もう慣れた。
私は、山嶺さやか。今年で28になる。
大学卒業後、キャリアウーマンを目指して一流企業に就職して。
夢に向かっていたのが、もう6年も昔の事だ。
この間に、職を転々として。
今のこの出版社が、5つ目の職場だ。
仕事を辞めて、1、2回はすぐに再就職先も見つかり。
焦りも何もなかった。両親も応援してくれたし。
しかし、年を追う事に
職場を見つけるのも
退職するときの周りの目も
厳しくなるばかりだ。
もう、30が近い私の年齢は
面接の私の言葉の説得力を弱まらせ
言葉の「建前」を色濃く写しだす。
両親も、4つ目の職場を退職した時、呆れた様な顔で、私を叱った。
「いい年をして情けない」と。
夕方まで、精神的にも身体的にもくたくたになるまで、働き。
色気も広さもない、愛しの我がアパートへと戻る。
昼前から見てもいない携帯電話を見る。着信など入っていない。
冷蔵庫を開け、適当に野菜を炒める。
「あ。」
ビールを買い忘れていた。ついてない。
炊飯器のご飯を茶碗に移し、レンジで温めると
ふと、壁に掛けたコルクボードの写真が目に入った。
高校時代
大学時代
そこに写る私は、生命力溢れる瞳で
仲間たちに囲まれている。
「う…………うう……」
最近、こればっかりだ。
部屋に帰ると
過去に縋る様に
私は涙を流す。
人間関係
仕事関係
いつから不得意になったんだろう。
いつから私は
周囲に冷たく見られるようになったんだろう。
楽しかった「昔」の写真を隠せば
この痛みを毎日味わう必要も無いのに
この写真たちを
私は外せないでいる。
過ぎた時間は
もう、2度と戻りやしないのに。
ひとしきり泣いた後は、すっきりする。
私は小さなテーブルに野菜炒めとご飯を並べると、顔を鏡で確認する。
うん、泣いた後はもうわからない。
財布を持つと、アパートの近くのコンビニにお酒を買いに行くとする。
お酒くらい飲まないと、気は落ち込むばかりだ。
ラフに動きやすい恰好。ただし、年を考えて落ち着いた、肌の見えない恰好に着替えると、私はドアを開けた。
「ふあ。」
「………え?」
入り口のドアの先、驚いた様に私を見上げる小さな視線と、私の視線が重なり合う。
「あわわわわわわ。」
慌てふためくその少女は
ぶかぶかの大きな古緑色の帽子とコートに身を包んでおり
見た目からして、とても奇妙な子どもだった。
でも
この子が私の人生を
文字通り変えてくれるなんて
この時は思いもしなかった。