8.草原へ
ただいま、諸君。
昼食を済ませて筋トレをして戻ってきたら、ゲーム内が夕方になっていて驚いたよ。
現実では12時半だったとしても、こちらでは18時らしい。時間の感覚が狂ってしまいそうだ。
それにしても……夕陽に照らされる街というものは美しい。写真を撮れないことが実に悔やまれるよ。
さて、景色も堪能したことだ。さっそく、狩りに向かうとするかね。
メニュー画面の装備品倉庫から武器を取り出し、装備してから街の東へ向かって歩き始める。
10分ほど歩き、東門に辿り着いた。といっても、そこまで立派なものではない。耐久性よりも出入りの利便性を向上させたような、簡素なものだ。
それでも一応は門なので門番は居る。金属製のヘルムと鎧を装備した若い男が、門の左側に立っていた。左腕には盾が付けられ、腰に片手剣を携えている。
ふむ。門番の彼、全体的に細身だが引き締まった良い筋肉だ。ただ、若干の偏りがあるね。左腕よりも、右腕の筋肉のほうが発達している。
左腕も右腕くらい鍛えれば、もっと美しい肉体になるだろう。
「君は左腕をもう少し鍛えた方が良い。重心が少し右側に傾いてしまっている。それでは勿体無いよ」
「……え?あっ、はい!了解しましたっ!!」
うむ、良い返事だ。若いって良いね。
まぁ、私もまだまだ若輩者だがね。
はっはっは。
門番君にアドバイスをしてから、街の外に出る。夕暮れの紅に染まった草原と空に輝く月……本当に美しい。メニューなどに写真を撮る機能はないものか……。
我慢できずにメニューを探していたら、『SS』というボタンを発見した。押してみると「カシャッ」というシャッター音がして、今見ている景色が画面に表示される。
なるほど、スクリーンショットのことか。これで、この美しい景色を残すことができるね。
2度、3度と景色を撮影して満足したので、先に進むことにする。
日が沈んで辺りが若干暗くなってきた頃、ようやくモンスターを発見した。
頭に槍の穂先のような立派なツノが生えた、1メートルを優に超える巨大なウサギが1匹……恐らくこいつが『ツノウサギ』というヤツだろうね。
現実にも、コンチネンタル・ジャイアント・ラビットとか秋田ジャンボなどの品種のウサギが居るが、それでもだいたいサイズは60センチ程度。やはり、モンスターは大きいね。
背中に装備していた大剣を構える。すると向こうも私に気づいたらしく、臨戦態勢に移行した。
睨み合いの末、先に動いたのは……私だ。胸の高鳴りのあまり、待つことができなくてね。
全力疾走でヤツに肉薄し、頭めがけて剣を振り下ろす。しかし、ヤツも一筋縄ではいかない。後ろ脚のバネを利用して右側に跳んで剣を避け、そのままツノを突き出して突進してきた。
振り下ろした剣を地面スレスレで止め、返す刀でヤツを斬り払う。ツノに命中したらしく、甲高い音を立ててヤツが吹き飛んだ。勢いのままに剣を放り捨て、ヤツの横っ腹に全力の蹴りをかます。
バキバキボキッ、と何かが折れるような音とともにヤツが2メートルほど飛んでいったが、確実に息の根を止めるために更に追撃する。
危なそうなツノを両腕に力を込めて根元からへし折り、それをヤツの首に突き刺した。ピクピクと痙攣をした後、ヤツの瞳から生命の輝きが失われた。
【オオツノウサギを討伐しました】
【両手剣スキルのレベルが上がりました】
【体術スキルのレベルが上がりました】
【体術用武技『渾撃』を取得しました】
……危なかった。地面に剣が刺さる前に、咄嗟に筋肉で振り下ろしを止めていなければ、私の腹筋に穴が空いていただろうね。だが、実に心躍ったよ。やはり戦いには危険がないとね。
というか、いまのツノウサギじゃなかったんだね。道理で強いと思ったよ。
こんなのが初心者エリアにゴロゴロ居られたんじゃ、堪ったもんじゃない。私はともかく、初心者プレイヤーなら皆串刺しにされてしまうよ。
とりあえず、このウサギ君を解体するかね。
チュートリアルで入手した剥ぎ取りナイフを出現させ、オオツノウサギ君を解体していく。
ひと通り終わらせて素材をメニューにしまった後、私は更なる獲物を求めて東に歩き始めた。
オオツノウサギはツノウサギの上位種です。
体長は150cmほど。夜の草原に稀に出現し、大きさに見合わない俊敏さで初心者プレイヤーを蹂躙します。
今回、この子は剛天さんに蹂躙されました(涙