4.始まりの町
こんにちは諸君。
ログアウトしてみたらまだ9時過ぎでね、ボケてしまったのかと焦ったよ。
調べてみたところ、どうやら『Somnium-Res』内の時間の経過は現実よりも早いらしい。ゲーム内の2時間がこっちの1時間といったところだ。
いやはや、科学ってやつは凄いね。
時刻は午前10時ちょうど。軽く所用も終わらせたし、さっさとログインするとしようか。
◇◇◇
瞼を開くと、街があった。
赤煉瓦の屋根の家が立ち並び、舗装された石畳の道が足元に広がっている。さながら中世ヨーロッパにタイムスリップでもしたかのようだ。
ここは『始まりの町』。
『Somnium-Res』の世界に初めて来た時、全てのプレイヤーが最初に訪れる場所。町の中央にある噴水広場から大通りまでは多くの露店が並び、非常に活気に満ちている。
駆け出しのプレイヤーの拠点でもあり、多くの人で賑わっている。
と、確か『チュートリアル:地理』でそんなことを言っていたはずだ。うむ、ついさっき習ったはずなのだが、どうも座学は苦手でね。うろ覚えだ。
さてと、思わず美しい景色に見惚れてしまったが、いつまでもこうしている訳にもいくまい。
まずは服屋に向かうとしよう。
いつまでも半裸では、少し肌寒いのでね。
ところで一つ問題がある。チュートリアルを全て受けた私だが、服屋の場所までは知らないのだ。
流石の私でも、知らない場所に行くことはできない。
「というわけでそこの可愛らしいお嬢さん、服屋の場所を教えてもらえないだろうか?」
「……えっ!?誰!?というか……わ、わたくしですか!?」
ちょうど目の前を歩いていたお嬢さんに、場所を聞いてみることにした。
歳は15くらい。背は私の半分ほどで、茶髪のセミロングがとても似合っている可愛らしい女子だ。
いきなり話しかけられて緊張していたのか、私の美しい筋肉を前に恥じらいを感じていたのかは不明だが、女子は頬を少し赤らめて慌てながらも答えてくれた。
「えっと、ここから左の路地に入ってすぐのところに『裁縫マリア』っていう服屋さんがあるので、そこが良いと思います」
『裁縫マリア』か。うむ、ありがとうお嬢さん。お礼に私の筋肉による熱い抱擁を……はっはっは、もちろん冗談だとも。本人の許可なく女子に抱きつくのは犯罪だからね。
女子にお礼を言った後、足早に服屋へと向かった。
数分後、私は『裁縫マリア』に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませぇ〜」
野太い声のした方へ視線を向け、目に入ったのは謎の生物だ。
顔。掘りの深い男前であろう顔だが、常人の感覚ではあり得ないような濃い化粧が施されていて、詳しくは分からない。髪は三つ編み……いや、もう見なかったことにしよう。
体。私ほどではないが、かなりの巨体だ。オーバーオールを着ており、腕や胸元から覗く……隆々たる筋肉は文句の付けようもないくらい美しい。
……ああ、実に素晴らしい。
あの謎の生命体とも見間違えそうな顔面が気にならなく思えるほど、彼……いや彼女の筋肉は美しい構成をしている。
厚い胸板、上腕二頭筋と上腕三頭筋のバランス、肩から手先に至るまでの筋肉の隆起のフォルム……服に隠れて脚のほうまでは見えないが、非常に美しい筋肉だ。
「あらぁ〜、そんなに熱い視線を向けられても困るわぁ〜ん。そこのおにいさぁ〜ん?ワタシの店に、どんな用事で来たのかしらぁん?」
おっと、そうだった。美しい肉体を前にして、本来の目的をすっかり忘れていたよ。
「すまないね、レディ。貴女の美しい肉体に見惚れてしまって。実は今、私でも着られるような上衣を探しているところでね。何か良いものを見繕ってくれないか?」
「あらやだ、美しいだなんてっ!!おにいさん、お世辞が上手ねっ!!」
いつの間にか近くにいた彼女にバシバシと背中を叩かれる。
うむ、手首のスナップも効いていて、実に威力のある叩き方だ。
「それで、上衣ね。おにいさん、見たところお金持ってなさそうだけど、予算ってどれくらいかしらぁ?」
む、しまった。金か。失念していた。
確か、『チュートリアル:お金』のクリアボーナスで、1万ゴルド(1ゴルド≒1円)を手に入れていたはずだ。
「すまないが、手持ちが1万ゴルドしかなくてね。それで足りると良いんだが」
「ん〜、1万あるならギリギリ大丈夫よん。おにいさんイイ男だし、手数料はおまけしてあげるわ。ちなみに、ワタシの店は単価4桁以下の商品を扱うつもりはないから、覚えておいてね。ちょっと待ってて、すぐに採寸しちゃうわ」
ふむ、危ないところだったね。チュートリアルをクリアしておいて正解だったよ。
しかしまぁ、意外と高級店だったのか。色々と驚いたよ。実はさっきの女子、良いところのお嬢さんだったりしたのかね。
と思っている間にも採寸が終わったらしい。やたらと私の筋肉に触れていたが、手際は良いようだ。
「んん〜……ワタシよりも2サイズ上かしらぁ?随分と逞しいカラダしてるわねぇ」
「はっはっは。男として、貴女のようなレディに負けないように鍛えているのさ」
「あらやだ!!レディだなんて!!」
冗談を交わし、再び張り手を背中にもらう。うむ、実に効率の良い叩き方だ。だが、こちらはマント一枚でね。さすがに少し堪えるよ、これ。
「そうねぇ〜……あと2時間で仕上げて置くわ、楽しみにしてなさい。じゃあまたいらっしゃい、色男さん」
「分かった、また来るとするよ。ええと……?」
またうっかりした。名前を聞くのを忘れていたよ。
「ワタシはマリア・ゴエディアよん。気軽にマリアちゃんって呼んでちょうだいね」
「そうか、ミス・マリア。私は鬼塚 剛天。よろしく頼むよ」
そう言って、私は店を後にした。
その呼び方もステキだわ、とミス・マリアに再び張り手を食らう羽目になったが、良しとしよう。
次は、ギルドにでも向かうとするかね。
マリア・ゴエディアは男です。