18.血塗れの草原
さてさて、風の如く颯爽と走り去ったわけだが、特に行き先があるわけではない。ただただ、草原を駆け抜けるのみである。
そうだ。せっかくだから、覚えたアーツの確認をしてみようか。と言っても、【閃身光】の確認は終えているけどね。はっはっは。
と、早速ビッグコッコ君を発見。彼もこちらに気づき、逃げ出そうとしているが……すまない。私の糧になってくれ。
進路をビッグコッコ君に定め、加速する。ある程度近づいたら手を地面と水平に構え、振り抜く。
「【刃撃】」
「コケェェェェ!!?」
断末魔とともにビッグコッコ君の首が飛んだ。うむ、切れ味はそこそこといった具合だね。割とスパッと斬ることができたよ。
【刃撃】の確認を終え、ビッグコッコ君をメニューに収納する。
できれば次は好戦的なモンスターと戦いたいね。
草原を歩くこと1時間ほど。他のプレイヤー君やツノウサギ君は多数発見したが、未だに【不動硬化】を試せていない。
うーむ……どうしたものか。
【『肉体美』スキルのレベルが上がりました】
【肉体武技『破装』を獲得しました】
いやいや、腕を組んでいただけなのだがね。まあ、腕を組んでいるだけで美しさを醸し出す私の筋肉を、運営が認めたということなのだろう。うむ、よくぞ言った運営!
で、この【破装】というアーツだが……使ってみたほうが早そうだね。
いざ、全身の筋肉に力を込めてサイドチェスト。そしてアーツ名を口にする。
「【破装】」
瞬間、私の服が弾け飛んだ。上衣のみならず、ズボンすらもだ。幸い下着は無事だったらしく、黒色のブーメランパンツが…………いや、私はこんなものを履いた覚えはないのだが?
と思ってポージングをやめたところ、弾け飛んだ服が再構築され、装備状態に戻っていた。
すぐに下着を確認するが、そこには私がチュートリアルの時に選択した黒のトランクスが……ふむ。
つまりこのアーツは、一瞬でボディビルダーになる技、といったところだね。なんと無駄で面白いアーツだろうか。
今度、門番君に試し……む?今、何か聞こえたような。
気のせいか?
「た、助けてくれぇえぇ!!」
いや、気のせいではなかった!
急いで悲鳴が聞こえた方へと向かう。確かこちらは南……つまり、ゴブリンたちと戦った方角だ。
ホブゴブリン君がまた暴れているのではないかと思いもしたが、それは杞憂だった。
「あー……たまんねえな。逃げるヤツを追い詰めてジワジワと殺してくのは最ッ高だわ」
そこには全身が赤く染まった若者が居ただけだった。
ふた振りの短剣を持ち、不愉快な笑い声を発する若者。短剣には血が付着し、気色の悪い光沢があった。
先ほどの悲鳴と彼の様子から察するに。
「君が、殺したのか?」
突然声を掛けられたことに驚いたのだろうか。若者は目を見開き、一瞬だけ身体を硬直させた。だが、本当に一瞬のみ。すぐに警戒態勢を取り、険しい目つきで此方を見据える。
「あ?だったら悪い?てか誰だよテメェ」
「そうか……」
思わず、声が震える。殺人を犯した彼に対する恐怖ではない。それよりももっと強く、激しい怒りによってだ。
「何故、殺したのかね」
「あれ、もしかして怒っちゃってる系?何それ、ウケるわ」
何が可笑しいのか、笑い出す若者。そしてこう言い放った。
「楽しいからだけど?別にゲームなんだし、何しても良くね」
怒りのあまり飛びだそうとする身体を、理性と筋肉で何とか押し留める。
落ちつけ、鬼塚剛天。一度冷静になるのだ。
……確かに、これはゲームだ。何をしてゲームを楽しもうが個人の自由。
だが、それでも。やって良いことと悪いことはある。
人は心で生きるもの。彼に与えられた恐怖は心を蝕み、人を傷付ける。たとえ身体が平気でも、心が深い傷を負うのだ。
彼は人を傷つけた。人の心を、一度殺した。つまり、それは人殺しと同義である!
「その曲がった性根……私が叩き直してやろう」
道を違えた若者を導くのも、一人の大人たる私の義務である。激しくも静かな怒りを胸に、私は飛び出した。
次回:剛天さん vs 謎のPK