14.決着
◇◇◇
ホブ・ゴブリン君との戦いは熾烈を極めた。
唸りを上げる彼の筋肉によって繰り出される攻撃は一撃一撃が重く、いくら私といえども相当なダメージを負ったよ。
しかし、勝ったのは私だ。
私の渾身のラリアットが勝負の決め手となり、ホブ・ゴブリン君は力尽きた。空中で半回転した彼は今、白目を剥いてその辺に転がっている。
いやぁ、心躍るひとときだったね。非常に満足した。私の内にある負の感情が、闘いの中で浄化されていくのを感じたよ。
その場でどかりと座り、ホブ・ゴブリン君の方をちらりと見やる。そこには、自分たちの長が敗れても逃げ出すことなく、健気にホブ・ゴブリン君を護るゴブリン君たちの姿があった。
足も小刻みに震え、明らかに私に怯えているのが分かる。しかし、恐怖を宿す瞳の奥に、確固たる決意を感じ取ることもできた。
……参ったね。私は、彼らを許さない予定だったのだが、どうにも疲れてしまったらしい。彼らを倒すほどの余力は、私には残っていないようだ。
その場で立ち上がり、ゴブリン君たちの方に向き直って言った。
「これに懲りたら、か弱い女性を襲うのはやめなさい。次は、ないからね」
まあ、伝わっているかは分からないけどね。
「……殺サ……ないのカ……?」
立ち去ろうとした時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。どうやら、彼が起きたらしい。まだ、勝負がついてから5分も経っていないはずだが……モンスターは回復が早いのかね。
「ああ。またの機会にするよ」
「……次は……負けねェ……」
それは、楽しみだ。
返事はせず、私はそのまま立ち去った。
◇◇◇
「剛天さん、あんた何処行って……ってどうしたんですかその怪我!!?大丈夫ですか!?!?」
「気にすることはないよ門番君。確かに全身から血を流してはいるが、この程度で私は死なないさ」
「そういう問題じゃねえ……おーい!!誰か治癒術師を呼べーー!!」
いやぁ、門番君は賑やかだね。やはり、若いって素晴らしいよ。といっても私もまだまだ……ってこのくだりは前にもやったね。
……ところで門番君。
「剛天さんが保護してくださった少女は無事です。傷自体は浅かったようで、治癒も間に合いました。じきに目を覚ますと思いますよ」
「……そうか。門番君、ありがとう」
私が言うよりも早く、門番君が答えてくれた。
うむ、助かったなら何よりだ。感謝の気持ちを込めて、門番君には筋肉による熱い抱擁をプレゼントしてあげた。
「くっ……くるし……てか、血だらけの体で……もう無理ギブギブギブギブ!!!」
「ああ、すまない。つい、力が入ってしまったよ。門番君、ありがとう」
「ゲホッゲホッ……いえ、自分はただ、職務を全うしただけで……お礼なら、あの治癒術師の方に言ってください」
そう言って門番君が示す先には、白い神官服を着た人物がこちらに走ってくる姿があった。……む?あれ、ユキ君じゃないか?
「怪我をされた方はどちらに……って、店長さん!?大丈夫ですか!?」
「はっはっは、問題ないさ。なに、悪くとも骨にヒビが入る程度で済んでいるはずだよ」
「それは大丈夫とは言わないですよ!早く治療をしないとーーーー【癒しの光】……!」
ユキ君が何やら呪文のようなモノを唱えると、私の体が暖かい光に包まれた。すると、みるみるうちに疲れが癒えていくではないか。体を見れば、破けた皮膚は塞がり、殴り合いでできた痣も消えていた。
「おお!これは素晴らしい。助かるよ、ユキ君」
「それは良かったです……えへへ」
お礼に熱い抱よ……ではなかったね。私の腹筋ほどの位置にある頭をわしわしと撫でる。ユキ君は、これがお気に入りらしくてね。
「それにしても凄いね……これは何というスキルだい?」
「あっ、これは【治癒魔法】というスキルですね。便利なんですよ?」
ほう、魔法スキルか。確かに便利そうだね。
そうそう、スキルと言えば、ホブ・ゴブリン君との闘いでスキルレベルが色々とアップしたらしいんだが……おや、もうこんな時間か。
メニューを見れば、現在時刻は22時五分前。ホブ・ゴブリン君との闘いに熱中し過ぎたらしく、もうすぐ就寝時間になってしまうよ。
スキルの確認は、また後でするとしようか。
「ではユキ君、私はそろそろ寝るとするよ。君も、夜更かしはほどほどにね」
「あ、はい!私ももうログアウトしようと思っていたところです。おやすみなさい、店長さん」
「うむ、おやすみ」
就寝の挨拶を交わして、ログアウト……の前に、ユキ君には言わなければならないことがあったね。
「ユキ君、ありがとう」
そして私はログアウトした。
◇◇◇
「いえ……彼女を助けたのは店長さん……ってもういないですよね。ふぅー……よし、私もログアウトしよっと。あ、その前に龍二君にメッセージ送らなきゃ」
そして剛天に続き、ユキもログアウトした東門にて。
「まさか……後のこと全部丸投げですか……?あの少女どうすれば良いんだ……?おーい!?剛天さーん!?」
一人残された門番君の虚しい叫びは、やはり誰にも届かなかった。