12.怒れる筋肉
やあ諸君、今戻ったよ。
時刻は20時。ゲーム内だと9時ちょうどだね。
さて、睡眠も食事も済ませたことだし、今日はゴブリンを倒しに行こうか。
剣を背中に装備して、草原を歩く。
あ、ちなみに門番君にゴブリンの生息域を聞いてみたところ、南東の……つまり南の森に近いところに生息しているらしい。門番君は頼りになるね。
なんて思っていたらビッグコッコ君を発見した。およそ50メートル先の辺りだ。あと1匹……いや、討伐証明部位が足りてないから残り2匹か。とりあえず、狩っておいて損はないね。
近づいて首を折るのも良いが、たまには一風変わったやり方でも狩ってみようか。
まず、背中の大剣を抜き、全身の筋肉に力を込める。本来両手で持つべき大剣を片手で構え、大きく振りかぶり……
「むぅん!!」
気合いの声とともに全力投擲。大剣は綺麗な弧を描きながら回転して飛翔し、見事ビッグコッコ君を切り裂いた。
「コケェエェェェ!?!?」
断末魔を上げて崩れるビッグコッコ君。
ふぅ、どうやら無事命中したようだ。昔、野球をしていたのが役に立ったのかもしれないね。といっても、球と剣では色々と違いがあるけどね。はっはっは。
【ビッグコッコを討伐しました 5/5】
【スキル『投擲』を獲得しました】
おや、どうやらスキルを入手できたようだ。幸先が良いね。
大地に深く突き刺さった剣を抜くのに少し苦労しつつもビッグコッコ君の解体を済ませ、上機嫌で南東へと歩を進める。
20分ほど歩き森も近づいてきた頃、私は薄緑色の皮膚をした小人の集団を発見した。ボロ布を身に纏い、痩せぎすで私の腰くらいの身長の彼らこそ、ゴブリンと呼ばれるモンスターだ。
多少だが知性があり、服を着たり武器を使用したり等、人間に近い文化もあるらしい。だが、ゴブリンは非常に残虐な性格で、人間をも襲う。故にモンスターに分類されているのだとか。
ゴブリンの集団は何かを取り囲んで騒いでいて、私には気づいていないようだ。
こうして遠くから見ているだけでは、談笑をしている子どもたちのようにしか見えないのだがーーーー
そんな穏やかな感想は、ゴブリンたちの隙間から血に濡れた少女が見えた瞬間に消し飛んだ。
即座に疾走。全身の筋肉を無駄なく動かし、私が出せる最高のスピードで草原を駆ける。
凄まじい勢いで近づく私に気づいたゴブリンたちが慌て出すが、遅い。奴らと接触するまで、残り10メートル……もはや1秒もない。
腕を交差し、低姿勢でゴブリンの集団に突っ込んだ。体当たりで何匹か吹き飛ばし、手の届く範囲のゴブリンも片っ端から殴り飛ばす。そして中央に横たわっていた血に濡れた少女を肩に担ぎ、ゴブリンの集団から離脱する。
幸い、呼吸はある。弱々しいが心音も感じるし、急いで街に戻ればまだ間に合いそうだ。
『グキャ!!グキャキャ!!』と耳障りな声で叫ぶゴブリンたちを置き去りにして全力で走る。
このスピードのまま行けば、街に着くのに5分もかからないだろう。だが、私ほど筋肉があると長距離を走るのには向かない。短距離ならば陸上選手をも凌ぐ速さで走れるが、エネルギーの消耗が激しい。
徐々に溜まる疲労を堪え、街までひた走る。少女の命がかかっているのだ。
幾つかのプレイヤーの集団ともすれ違った。「謎の筋肉Xッ!?」だの「誘拐!?」だの言っていたが、全て無視した。
そして遂に街に到着した。辛うじて、少女にまだ息はある。
「剛天さん?ってかその子どうしたんですかっ!?」
すぐに門番君が駆け寄ってきた。うむ、今頼りになるのは君しかいない。
「門番君、彼女を頼む」
「えっ?ちょ……剛天さん!?どこ行くんですかっ!?ねえ!?……もういいや……誰かー!!治癒術師を呼べー!!」
叫ぶ門番君に背を向けて、街を出る。彼女のことは、彼に任せておけば大丈夫だろう。
それに、私にはやるべきことがある。
疲労を訴える筋肉に鞭を打ち、私は再び草原を駆けた。
◇◇◇
私は今、悠然とした足取りで草原を歩いていた。
……うむ、結局歩くことにした。段々と冷静になってきてね。よく考えれば、走る必要はないと気づいたよ。それに走ってばかりだと、筋肉も休めないからね。
よほど、あのゴブリンたちのことが頭にきていたのだろう。いくらモンスターといえど、か弱い女子を寄ってたかって甚振るとは……男として、このような暴挙は許せん。
奴ら全員、私の筋肉の餌食にしてやろう。




