後編
憎い憎い憎い憎い!あの女が憎い!憎くて憎くて堪らない!
「っーー!」
這いつくばり、血反吐を吐きながらルナは軽やかに歌いながら去っていくケイナを見ていた。その目はもう壊れきった人形のようだった。ルナの目には他の何も映らない、ただ、花のほころぶような可憐で儚い笑顔を浮かべ歌うケイナしか映らない。
その笑顔を壊したい、その笑顔を絶望に塗り替えてやる!
もうルナの声はなくなった。生きている価値が見いだせない、死んでしまおう、ただその前にあの女を消すのが先である。
待ってて、もうすぐ殺してあげるから。
街はにわかにざわついていた。消えてしまった歌姫がまた戻ってきたのだ、今度は自由になった足を持って。その歌姫の再来に皆喜んでいた。
三日月が上る空の日、ケイナだけのステージが街の一角に用意された。
綺麗な純白のドレスに身を包み、薄く化粧をしたケイナを見て皆が感嘆を漏らした。
「皆様、今日は楽しんでいってくださいね。久しぶりだからうまく歌えるかわからないけれど……」
一曲目は有名な童謡、キラキラ星を歌った。今宵は星もケイナの復帰を祝福してくれている、そんな気がした。気分が最高にいい、こんなに思いっきり歌える日がもう一度来るなんて夢見たいだ。
一曲歌い終えた後お辞儀をし、前を向くとぞっとするような怖い目で見られていた事に気がつく。
最前列にいる異様な客
裂けたように笑う口、見開かれた目、つめで掻き毟って血が滲んでいる、その手に持っているのは鈍く輝く、ナイフーー
「ひっ!」
ルナだ!
ルナはナイフを持ってステージに上がってくる、ケイナは恐怖で身がすくみ動けない。まるで蛇に睨まれたカエルのように。
「いや、来ないで!」
張り付いた笑顔のままルナは銀色のナイフをケイナの胸に勢いよく突き刺した。
「あっ、あああ!」
痛い!声を消された時の何倍もの痛さがケイナを襲う。
なおも笑いながらケイナが息絶えてもナイフを突き刺していた。観客も腰を抜かしたもの、逃げ惑う者いろいろだったが誰もケイナを助けようとはしなかった。
まだ生きたかった。歌いたかった。まだまだこれからだったのにーー
満天の星空と淡く輝く三日月に見守られてケイナは生涯を終えた。
誰もいなくなったステージに立つルナは満足げに笑い、首に勢いよくナイフを突き刺した。血が宙を舞いルナの白い肌に付着した。
満足だ、これなら死んでも悔いはない。
でも、でも、最後に一度だけ歌いたかったな。
客のためだけでも、伯爵のためだけでもなく、自分のためにーー
その後、ルナとケイナは悪魔の歌姫と天使の歌姫と語り継がれることとなる。
「……うまくいかないもんだねぇ」
どこかでそんな老女のつぶやきが聞こえた。