中編
その日、怪しい老女が家を訪ねてきた。
ルナは一目見て怪しいと判断し、帰ってくれと言ったが老女はなかなか引かない。
「まあまあ、怪しい格好をしておりますがこれは事情があるのですよ。これでも私は結構有名な薬屋でね、歌姫のルナ様にぜひ勧めたいものがあるのですよ」
「……しょうがないわねぇ、聞くだけよ」
老女は人のいい笑顔で「それはありがたい」と言った。まあ、聞くだけならいいだろう。
「この薬は大変素晴らしいものでね、声を綺麗にしてくれるのですよ」
「ふーん」
「今ならお試し用の薬がありますが、いかがでしょうか?」
ルナは薬屋の老女を値踏みするように見た。この人の良さそうな老女のことだ、人を騙すようなことはしないだろう。
「……いただくわ。本当に効くのかしら?」
「さあ、飲んでみてください」
瓶のふたを開けてピンク色の錠剤を飲み込む。味は少し甘い、子供の頃に食べた安い菓子のようだった。
あまり効きそうにないなと思いながら老女に礼を言った。効かなくてもお金を払っていないので気にしない。
「ありがっーー」
声が出ない、あれ?おかしいな?何で?
老女の方を見ると先ほどの人の良さはどこえやら、今は本性を表し醜い笑顔を浮かべて私を見ている。
「っーー!」
「聞こえないねぇ……ああ、歌えないねぇこれであんたもお終いだよ」
冗談じゃない!私はまだまだこれからなのだ、世界一の歌姫には私はなるのだ!
「因果応報さ、自分のしたことは必ず自分に帰ってくる」
喉が焼けるように熱い、熱い、水が欲しい!
助けを求めようとしても声にならずただ息が漏れるだけだった。嫌だ、こんなところで終わりたくなんてない!
「さようなら、歌姫ルナ」
待って!私は、私はまだーー
歌いたいのに……
老女に魔法をかけてもらい足が動くようになった。その足で邸宅を脱出し、久しぶりの外へと飛び出した。夜の空気は冷たく、透き通っている。
「あー……声が出る」
以前と同じ声が出る。嬉しくて嬉しくて軽やかな足取りで歌を歌う。
すると地面にのたうち回る女がいた。苦しそうに喉を引っかいている。その女は忘れもしない、ルナだった。
ルナはケイナを見ると目を見開いてこちらに手を伸ばした。
「触らないで」
声が出せずに、喉も焼けるほど熱いのだろう、苦しいのだろう。いい気味だ。
「久しぶりね、お元気かしらルナさん。私の声が聞こえるかしら?ある人に返してもらったのよ」
ゆっくりとした足取りで前へ進む。
「それに今は歩けるのよ、あははは!」
冷たい海の底のような瞳でルナを見る。かつての歌姫は見るも無惨な姿でケイナを睨んでいる。まるで獲物を睨む獣のようだった。
昔の自分もこんなふうにルナを見ていたのだろうか、そう思うと我ながら笑ってしまう。
「さあ、今夜は素敵な夜よ!ご覧なさい、歌姫の復活を!」
声を取り戻した歌姫は満月に照らされる道をゆっくりと歌いながら歩いてった。