01
そこは真っ白な空間だった。壁も天井も床も、ガラスが敷きつめられていて、白い光を放っている。ちょうど学校の体育館のバスケットコート二つ分くらいの広さといったところか。
振り返れば、パイプイスにある人物が座っている。といっても精巧に作られたマネキンのように微動だにしない。そしてやはり人形のように、行儀良くイスに収まっている。
雪定馨はその正面に立った。地面に落ちた水滴が弾けるように、馨の脳内にその人物の名前が広がった。
『紫村桃子』
馨はその人物の様子を観察した。深紅のドレスにガスマスク、ナンセンスとしか言いようのない出で立ちだ。この部屋では桃子にしっかりと足が付いていることが不思議で、思わずそのほっそりとした足に見とれてしまった。と、不意にその足がむずむずと動いた。
馨は桃子に意識があるのを確かめると、嘲笑気味にこう言った。
「なあ、寝たふりはやめないか」
ガスマスク越しに桃子が笑った。その笑い声があまりにも乾いていたので、馨はあまり良い気分がしなかった。
「どう、似合ってるかしら」
「女の子にガスマスクは似合わないよ」
「そうかしら。まあ、居心地は良くないわね」
ガスマスクを脱いだ桃子は、髪の乱れを直しながらそう言った。何かが吹っ切れたような、そんな顔をしていた。
「ね、そろそろ終わりにしましょう。もう私のことなんて、誰も崇めはしないから」
「そうだね。きっと、これで終わりにしていいんだと思う」
二人は向かい合うと、そっと握手を交わした。その結節点から、世界が崩れていくようだった。
まさにこのとき、世界は滅びを迎えてしまったのだ。