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リアルファミリー2  作者: 冴木 昴
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「ぼくらのゆくえ―5」

 疲れ果てた勇介を、歩がいつもの笑顔で迎えてくれた。歩の笑顔には不思議と癒される。渚は寝てしまったようだった。少々残念。

 職場のゴタゴタがあとを引いていて、なんとなく気分が沈みがちだったから、本当に彼が居てくれてよかったと思う。


「勇さん、あのね、これお土産だよ」

 食事を終えた勇介に、歩は小さな包みを差し出した。

「おみやげ?」

「うん、今日は渚の保育園の遠足だったんだよ。毎年こどもの日で、決まって動物園なんだけどね」

 保育園でも遠足があるのかと、初めて知った。

「そっか、今日はこどもの日だったっけ」

 三日に一度の当直を繰り返す勇介にとって、暦の感覚が欠落しているのは仕方のないことかもしれない。

「園児の保護者は大抵働いてるから、園の行事は祭日に行われるんだよ」と、歩は言った。

 もらった包みを開けると、ライオンの人形がついたボールペンが出てきた。

「仕事で使えそうなもの探したんだけど、ちょっと子供っぽかったかな?」

 歩は照れくさそうに上目遣いで見上げる。

「ありがとう、大切に使わせてもらうね」

 勇介が大事そうにボールペンをカバンにしまったのを見届けると、歩はふわりと微笑んだ。

「あ、そうだ。もうひとつ、勇さんに届け物があったんだっけ」

 そう言って奥の部屋に引っ込んだ歩の背中に、何故だか視線が吸い寄せられた。


 ――美少年。


 浅川のせいだった。彼の妙なネタが脳裏から離れなくなってしまったじゃないか。ふるふると頭を振っていると、戻ってきた歩が大きな封筒を差し出した。宛名は北詰勇介様となっているが、差出人は記載されていない。

「切手も貼ってないでしょう? 家の前に置いてあったんだよ。もしかして、時限爆弾とか仕掛けられてない?」

 歩は心配そうに眉根を寄せている。

「時限爆弾?」

「うん。ドラマとかでさ、よく差出人のない荷物とかが爆発するじゃん。開けた途端にさ」

 ボンッとはじける仕草をして、歩はマジメな顔で勇介の顔を見上げる。

「勇さん、誰かの恨み、買ってたりしないよね?」

 尚も不安そうな様子に、やや悲しくなってきた。恨みを買うとはどういう意味なんだろう。やっぱり自分はそんなに悪いヤツに見えるのだろうか。

 無言のまま中を見ると、すぐに差出人がわかった。さらに見なきゃ良かったと後悔する。

「勇さん、何が入ってるの?」

 心配そうに見ている歩に「仕事の書類だよ」と言って、勇介は封筒を持ったまま寝室に引っ込んだ。派手な音を立てて寝室のドアを閉め、大きな封筒を無造作にベッドの下に突っ込むと、そのままごろりと横になって天井を睨む。歩の手料理を食べ、遠足の話を聞いて、せっかくいい気分になっていたのに台無しだ。

「ちくしょう、余計な事ばかりして」

 封筒の中身は大量の見合い写真だった。差出人は母だ。

 歩と渚と三人で暮らしていることを、まだ母に言っていない。そればかりか、S大病院を辞めさせられた事さえも話していなかった。このマンションに来たという事は、当然S大病院をクビになったことを知ったはずだ。そのうち一揉めあるに違いないと思ったが、今は考えたくない。

 リビングに戻ると、渚の泣き声がした。今しがた派手な音を立ててドアを閉めたせいで、寝ていた彼を起こしてしまったのだと気付いた。泣き喚く渚を抱っこしてあやしている歩に、小声で謝った。

「ゴメン、あーちゃん。起こしちゃったね」

「うん……。何か渚、今日は機嫌悪いから、しょうがないよ」

「パーパーパー。うええええん」

 渚は珍しく歩の腕を嫌がって、勇介のほうに両手を差し伸べている。いったいどうしたんだろう? 動物園の人混みで、疲れてしまったのだろうか。

 歩がちょっとムッとしながら言った。

「勇さんに、抱っこして欲しいって」

「え? パパパって……オレ?」

 大泣きする渚を受け取って、抱きかかえると、渚は「パパ」を連呼しながら胸に顔を擦りつけてきた。渚は父の子供だから、寝ぼけて父と間違えているのだろうか。いや、有り得ない。なんせ自分はこれ以上無いくらい母親似なんだから。

 パパと呼ばれて、何だかちょっと照れくさくなり、歩に問いかけた。

「ボクのこと、父さんと間違えているとか?」

「違うんじゃない。だって勇さん、北詰さんにあんまり似てないもの」

 歩は何かを堪えるような目をすると、キッチンに引っ込んでしまった。


(あーちゃん、何か……怒ってる?)


 仕方なく渚を連れて和室に入った。

 オレンジの豆電球が灯る中、壁の写真を見る。そこには渚の母・鳴沢杏子がいる。赤いTシャツにポニーテールの杏子は歩に生きうつしだ。父の子どもを産み、二十二歳で他界した杏子。その表情が少し心配そうに感じるのは、気のせいなのか、それとも……

 和室は歩と渚の居室だから、普段勇介が入ることはない。あまり見回すと失礼かと思ったが、カラーボックスの上にいくつかある写真立てがこの間からとても気になっていた。勇介は、渚をあやしながらひとつ手にとった。

 少年と少女のスナップ写真。歩はまだ小学生、それも低学年だろう。ボーダー柄のTシャツ姿で白い歯を見せて笑っている。小動物を連想させるすばしっこそうな雰囲気は、今と変わらない。

 隣に並ぶ杏子は、今の歩と同じくらいの年齢に見える。夏物のワンピースは花柄で、ポニーテールとよく合っている。


 ――これって……


 ふと、その花柄ワンピに見覚えがあるような気がした。いつだったか忘れてしまったが、遠い夏の日、こちらに向かって何かを話しかける少女のヴィジョンが脳裏に浮かんだ。

(ひょっとしてオレは、鳴沢杏子に会っていたのか? こんな昔に?)


 渚が自分の指をしゃぶりながらようやく寝付くと、今度は歩の様子が気になった。泣き喚く渚を、彼が勇介に押し付けたことなど初めてだった。

 リビングに戻ると、歩はダイニングテーブルで勉強をしていたので、邪魔しないように彼の背後のソファに座って新聞を広げた。

「勇さん、さっきは渚を押し付けてごめんよ」

 歩がこちらに背を向けたままボソリと言った。歩を振り返ると、その肩先が小刻みに震えている。歩は鼻をすすった。

「今日保育園の遠足でね、みんな親と参加してたんだ」

 両親とも居ない子は、渚だけなのだと歩は言った。

「みんながパパ、ママって言うのをさ、渚が真似してたんだけど、そのうちアイツなりに何かに気づいたみたいでさ。気のせいかもしれないけど、それから不機嫌になって……」

 先に帰ってきてしまったのだと言って振り向いた歩は、目が真っ赤だった。どうしてよいかわからず、とりあえずそばに歩いて行く。

「俺がお前のパパだよ、って言ったんだけど、渚は違う、って……いやいやするんだよ。あんなチビでもわかるのかなって……じゃあ、俺は渚にとっての何なんだろうなとか思ったら、ちょっと落ち込んだって言うかさ……」

 歩は自分の両手首で目元を抑えた。

 楽しそうに動物園めぐりをする大勢の親子。それを、まるで取り残されたように遠く離れた場所から見詰めている歩と渚のヴィジョンが脳裏をよぎる。勇介の妄想の中で、彼らの表情はとても暗い。

「あーちゃん……」

 名前を呼んでみたが、その先の言葉がみつからず黙っていると、歩は小声で呟くように言った。

「あいつはさぁ、もう、俺にとっちゃ、この世でたった一人の……」

 そう言いかけて口をつぐんだ彼の言葉を、勇介は引き取って言った。

「……たった一人の家族、か」

 歩は一瞬引きつったような顔で見上げたが、そのままふいと顔を背けた。


 ――血縁。それは、やはり家族にとって必要な要素なのだろうか。


 血のつながりでいけば、勇介と渚は腹違いの兄弟だが、歩とは赤の他人だ。歩の血縁は姉の子どもである渚しかいない。血縁者が家族という定義であれば、歩にとって勇介は家族には数えられない。


 仕方のないことだが……


 そっと髪に触れると、歩は大きな瞳で見つめ返してきた。世界中で自分と血がつながっている人間がたった一人しか居なくなってしまったら……。

 考えた事も無かったが、いったいどんな気持ちなんだろう? 

 歩にとって渚はただの甥っ子と言うだけの存在ではないのかもしれない。ホンネを隠せないその瞳には、底知れない孤独が見えた。こんな瞬間は、なんだかひどく切ない気持ちになってしまう。どうにもならないとわかっていても、それでも、やっぱり何とかしたいと思う。

 とにかく、彼と渚には普通の家族よりも、もっともっと大きな愛情が必要なのだろう。


 漠然と、そんな気がした。


「渚にとって、あーちゃんはあーちゃんなんだよ」

「なんだよそれ」

 歩は頭に乗った勇介の手をやんわりと払って、ぐいとシャツの袖で目元を拭った。彼がいつもの表情に戻っていたので、ちょっと安心して言った。

「それにね、パパの役目は是非ボクにやらせて欲しいから。渚にはこれからパパと呼ばせよう」

「そんな! 俺だって渚のパパになりたいのに!」

 歩は情けない顔になった。あんまり可愛いので、ふと冗談交じりに言ってみる。

「じゃあ、あーちゃんはママってことで」

 言った途端にみぞおちにパンチがめり込んだ。

「……うっく……いいアイデアだと思ったのに……」

 もう一発パンチを叩き込まれて呻く。

 歩は怒りの形相も露わに和室に引っ込んでしまった。

「ひどいよ、あーちゃん……」

 腹は痛かったが、勇介の気分はいつの間にか晴々としていた。


 和室の襖越しに、奥に居る歩にむかって小声で囁く。


「今度さ、家族旅行、行こうか」


 すぐに反応は無かったものの、ソファに座って新聞を広げたとき、襖が細く開いた。チラリと目をやると、歩の茶色い目玉が覗いている。

 今出来る最大限のいい顔で微笑みかけると、彼は隙間に唇を寄せて小声で返してきた。


「勇さん、家族旅行、約束だよ」


 温かな空気が部屋中に満ちてくる。

 明日からまた頑張ろうという気になってきて、歩に向かって「おやすみ」と言った。


歩はいじっぱりで、つねに背伸びしているような弟キャラにするつもりでしたが、なんか最近ものすごく「癒し系」になってますね。まあいいか^^

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