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リアルファミリー2  作者: 冴木 昴
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「ぼくらのゆくえ―4」

【前回のラストシーン】


S大病院の「神の手」などと、宮下の大げさな宣伝が、思わぬことになり・・・


「北詰ちゃんが自分で外科に出向いて断ったんだったらさ、もういいじゃない。やっぱ、自信が無かった、って事でさ」

 浅川は勇介に向かってニヤッと笑う。さすがに今のは聞き捨てならないセリフだった。

 ひとこと言い返そうとしたとき、聞きなれない男性の声がした。

「いいえ、北詰先生はそういった意味で断られたのではないみたいですよ」


 誰だろう? 


 勇介は椅子から立ち上がると黒崎の頭越しに医局の入口を見た。フレームの長細いしゃれた銀縁メガネで、スラリと背が高い医師が立っている。こんな言い方もなんだが、かなりの男前だ。

「一ツ木主任!」

 佐竹がヘコヘコとお辞儀した。彼は外科の主任だった。救命の医局長とは同等クラスの立場だが、束ねる医師の数が違うので、年齢は佐竹の方が上だが、職責では一ツ木のほうが格上なのだ。

 一ツ木は勇介の隣に立つ黒崎を見るなり、口元をほころばせた。

「またここに居たんだね、イッコちゃん」

「イッコちゃん……?」

 勇介は黒崎と一ツ木を交互に見た。黒崎は憤怒の表情で吐き捨てるように言った。

「そういう呼び方しないでください!」

 怒る黒崎を、一ツ木は可愛くてたまらないという表情で見て言った。

「北詰先生が執刀医で、キミがサポートに入りたいんだってね。いいじゃないか、二人でやってあげたら。もし必要なら、ボクもサポートに付くよ」

 何だか雲行きが怪しくなってきた。よからぬ空気が漂う。黙って様子を見ていると、一ツ木主任は爽やかな笑顔を勇介に向けた。

「日暮くんと越智くんが、キミに失礼なことを言ったみたいで、申し訳なかったね。あの赤ちゃんはキミと黒崎先生にお任せするから、よろしくお願いしますよ」

 そう言うと、一ツ木は佐竹に対して一礼し、医局を出て行った。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 彼の後を追って黒崎が居なくなると、救命の医局は静寂に包まれた。まるで嵐が去ったようだった。


「いったい、何なんだ……?」


 つぶやくと、浅川がいつもの下品な笑いを響かせて言った。

「なんか、おもしれーな。北詰ちゃんと黒崎さんと一ツ木さんのトライアングルか? オレも混ぜて欲しいね」

 医局を出てゆく浅川を見送りながら、勇介は疲れた頭で懸命に状況を把握しようと努力していた。外科主任が任せるっていうんだから、皮膚移植は自分が執刀するということでよいのだろう。それはいい。最初からそのつもりだったのだから。

「黒崎先生がサポートって……?」

 小声で言ったとき、医局長が背後で泣きそうな声を出した。

「ごめんね、北詰先生。私がいけないんだよ」

「え?」

 勇介は佐竹を振り返った。

「今朝の事、院長に相談しに行ったんだ。実は先に外科に行ったら、一ツ木さんは居なかったんだけど、別の先生に救命へのサポートは出せないって言われて……」

「なんですって?」


 佐竹の話はおおむねこんなところだった。

 急患のサポートはするが、それ以外のことで「外科でない医師」の助手には付きたくない、という事だったらしい。それは、ハッキリ言えば外科では誰も勇介のオペの助手はしないから、皮膚移植をやりたければ救命のスタッフだけでどうぞ、という意味だった。救命の医師は三人しか居ないのに、それは無理な話である。

「つい外科との風通しが悪い事を愚痴ってしまったら、それを聞いていた黒崎先生が今回のサポートを申し出てくれたんだけど……」

 医局長としては、今回に限らず今後の事が心配なのだろう。彼の心中を察して、勇介は少々気の毒になった。

「まあ、とりあえず今回は一ツ木先生も了解済みだから、よろしくお願いします」

 佐竹は青い顔で額の汗をふきふき医局を出て行った。


 やっかいな事になってしまったと思った。


 単純に、患者の為の医療を展開しようとするのに、こんなにも障害があるなんて。たった一件の皮膚移植の為に、いったい何人の医者があーでもない、こーでもないとくだらない事に時間をかけるのか。

 気が付けばもう終業時刻をとうに過ぎている。勇介はデスクを片付けると、複雑骨折の患者を見に行った。


 ちょうど本日当直の浅川が鎮痛剤を投与している所だった。こちらに気付いて浅川はにまっと笑った。

「よかったよ、北詰先生。この人日本語ペラペラだったよ」

「ああ、奥さんもそこそこしゃべれたよ。ボクが対応するまでもなかったと思うね」

 外国人対応であたふたする医局長の狼狽ぶりを、この男が見て見ぬフリをしていた事など、とっくに気付いていた。相変らず世渡り上手なヤツだと思った。

「あ、そうそう。北詰ちゃんにいいこと教えてあげようか」

 患者の側を離れるなり、勇介の肩に手をかけて、浅川は声を低くした。どうせろくなことじゃないのだろう。

「一ツ木さんと黒崎さんって、大学の先輩後輩なんだって」

 ふ~ん。興味なし。

「付き合い長くてさ、彼女にプロポーズした事もあるらしいよ」

「え……?」

 コレにはさすがに大きく反応してしまった。一ツ木はイケメンだが、落ち着いているから当然妻子持ちだと思っていたのだ。口をつぐんでいると、浅川は何か求めるようにじっとこちらの顔を覗き込んだ。

「……なにか?」

「いや、せっかくの情報に対してコメントぐらい欲しいなと」

 そう言って、彼はマイクを突き出すかのように口元にボールペンを突きつけてくる。

「……物好きも居るんだな」

 仕方がないからコメントしてやると、浅川はさも楽しそうにカラカラと笑った。

「さすが北詰ちゃん、いいリアクションだな。大いに楽しみだよ」

 何がいいリアクションなのか、彼がいったい何を楽しみにしているのか、まったくわからない。

 

 勇介は浅川に「お疲れさま」と言って職場を後にした。


宮下看護師の【北詰先生観察日誌】

いや~、まずいことになっちゃったな。一ツ木先生、完全に北詰先生のことロックオンしちゃったよ。とほほ・・・

おれ、「神の手」とか言ってないし。ただ、「神です」とは言ったかも。てへ(ぺろ)

だって、あの奇跡のような美貌に加えて、たっぷりの自信とそっけない態度の裏にある医者としての熱い情熱、もう神々しくて後光が差してるとしか思えないっしょ。ごくごくたまに見せる笑顔がいいんだよね~。めったにおがめない分、ガチャでヘビーレアカードが出たみたいな感動が!

でも・・・

さっきのアレ、ちょっと青ざめた感じの北詰先生、なんか妙にセクシーだったな。うふ。浅川先生がいじめたくなる気持ち、なんとなくわかるんだよね。・・・って、こんなこと思ってるの知られたら大変だ。今でさえ俺のことを「人外」のように扱うのにさ。

「宮下、さっさとしろ!」「宮下、これやっとけ!」「宮下、あれもってこい!」

呼ばれるたびにビクビクしつつも、ちょっと快感すら覚える俺って、もしかして「M」?

北詰先生はぜったいに「S」だよね。しかもあの人「ドS」だろ。メス握ってるときの顔ったら、喜びに満ちてるもんね。腸とか引きずり出してるときの表情とか・・・う、言葉にできねえ。

北詰先生の顔思いだしたら、なんか興奮してきた。おれのほうがヤバいかも。

あれ、誰か来た。

あ、北詰先生だ。こんなの見られたらまずいな。PCのファイルにロックかけて、また今度、と・・・

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