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リアルファミリー2  作者: 冴木 昴
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「ぼくらのゆくえ-2」

勇介は相変わらず多忙な日々を過ごしています。

そんな中、いざこざの気配が・・・

 当直明けで、ただでさえ集中力が欠けるところを、浅川の妙なネタのせいでいつになく細かいミスを連発した。

「北詰先生、ちょっとお疲れみたいですね。複雑骨折のオペが相当大変でしたもんね」

 ポッチャリ系のナース「やよいちゃん」が心配そうに慰めてくれたが、それがかえってこちらのプライドを逆撫でした。

「すみません、普段はこんなことないんですけど」

 勇介は無表情を取り繕って言った。

 今は、うっかりカルテを人目に触れる所に置きっ放しにしてしまった程度のミスだったが、こんな調子じゃ、そのうち大変な事になるかもしれないと、少々不安になってきた。


 そんなときに、外科病棟に呼び出された。


 らしくないミスと、歩のことで頭がいっぱいだったから、今朝小児科の内海女医から依頼された事を、すっかり忘れ果てていた。まったく無防備な状態で外科の医局に足を踏み入れた途端、二人の若い外科医に両サイドから挟まれて、勇介はようやく呼び出された理由に気がついた。

(くそっ! のこのこと来るんじゃなかった!)

 心の中で地団駄を踏むが、後の祭りだった。


「北詰先生、わざわざお呼びたてして、申し訳ありませんね」

 さして申し訳ないとも思えぬ顔で、右側のメガネが言った。二人の外科医は両方とも黒縁メガネを掛けている。その上どちらも色白で小太りなので、遠目に見るとまるで双子ちゃんのようだった。何度かオペのサポートをしてもらった事があるはずだと思ったが、いったいどっちの男だったのか勇介にはわからなかった。

「あちらでちょっと、お話をしましょうか」

 そう言われてフロアを見渡すと、ガラス張りの一画に自販機が見えた。

 無言の勇介を、二人の外科医は左右からガッチリと挟みこむようにして、自販機がある喫煙コーナーへとぐいぐい押していった。押されながら、背の高い彼は横目で二人の様子を観察した。右側のヤツの方が、若干背が高く歳も上のようだった。

『日暮健一郎』――ひぐれけんいちろう。今度は左の医師の名札も読んだ。

『越智弘志』――おちひろし。どちらも冴えない名前だ。興味が無い分、明日になったらどっちがどっちか、またわからなくなるに違いない。勇介のしらけたような態度が気に入らないのか、越智が言った。

「北詰先生って、女に人気あるからね。まあ、仕方ないけどさ。だからって、仕事とプライベートは区別してもらいたいですよ」

「何のことですか?」

 妙な言いがかりだ。流し目でチラリと左側を見た。

(コイツは「おち」というより、「ぽち」だな)

 キャンキャンうるさくて、すぐに噛み付くあたりが小型犬を連想させる。勇介は心の中で双子ちゃんの片割れに、勝手にあだ名をつけた。喫煙コーナーに入って後ろ手にドアを閉めるなり、「ぽち」が言った。

「あのさあ、S大病院ではどうだったか知らないけど、急患以外のオペは、外科の一ツ木主任を通してもらう事になってるんだよね」

 いきなり為口になった「ぽち」は、冷たく細い目で睨みつけている。

(ああ……コイツだった……)

 勇介はようやく思い出した。先日、オペのサポートについた「ぽち」が、あんまりうるさいので、おおかたオペが終わった時点で宮下に頼んで追い払ってもらったんだっけ。

(確か、外科の主任が呼んでいるって事にして追い出したんだっけ……宮下のヤツ、うまくいったって大爆笑だったな)

 思い出したらなんだかおかしくなってきてしまい、思わず「ふっ」と笑ってしまった。そんな様子は、二人の機嫌をえらく損ねてしまったようだった。

「あんたは救命だろう。急患だけ対応していればいいんじゃないのかな」

 見下すような言い方が癇に障ったが、医局長の顔が浮かんできた為、勇介は無表情を決め込む事にした。これ以上外科と揉めては佐竹に迷惑がかかる。それに、このテの嫌味はS大病院時代にイヤと言うほど経験済みだから、屁でもないのだ。

「スミマセン、何の事をおっしゃってるのかよくわかりませんので、失礼してもよろしいでしょうか」

「わからないだって?」

 二人は明らかに腹を立ててしまったようだったが、勇介はあくまで丁重な態度で応戦する。「ぽち」が顔を真っ赤にして言った。

「親しい内海先生に直接言われたからって、ルールを無視してほいほいと仕事を請けるのは、感心しないって言ってるんだよ」


(ふ~ん)


 勇介は「ぽち」と日暮をじっと見た。いつの間に内海女医と自分が親しい間柄になってしまったのか知らないが、言いがかりも大概にして欲しいと思った。

「そんなルールがあるなんて、ちっとも知りませんでした。なんせ、新参者なんで」

「じゃあ、内海先生のところの、あの赤ん坊は外科の方でやらせてもらうから。そのつもりでな」

(やっぱりメンツというやつか……)

 心の中で深い深いため息を吐く。

 こんなちっぽけな病院で、外科だ、救命だと線引きする辺りがまったくスマートじゃない。くだらなすぎる、とは思うが、言う事だけは言っておかなければと、勇介は静かに口を開いた。

「あの、一応、患者さんのご指名があったみたいなんですけど、その辺は……無視してもいいんでしょうか?」

 この言葉に二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。

「指名なんて、ホントにあったのかな。たまたま救命で世話したから、あなたの名前が出ただけじゃないのかな」

「そうですか、じゃあボクの勘違いでしたか。では、あの赤ん坊はそちらでテキトーにお願いします」

 面倒臭いので、無表情でそれだけ言うとすぐに喫煙コーナーから出た。チラリと振り返ると拍子抜けしたような顔で、双子ブラザーズがこちらを見ていた。


(……ったく、どいつもこいつも!)


 皮膚移植なんて誰がやってもたいして変わらないだろうと思った。何故なら、あの赤ん坊の場合、一回では済まないからだ。火傷の範囲が広いので、一気には出来ないのだ。二回目、三回目と執刀医が変わるケースも無いわけじゃない。

 情が移っていただけに、患者を思えば今の自分は「なんて無責任なんだろう」と思うが、あんな事を言われてまで強引にオペをするのもバカらしい。

(本当は最初から最後まで面倒見たかったけどな……)

 勇介は大股に外科のフロアを突っ切ると、救命に戻って行った。


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