「心の器があふれるとき―7」
「あの……医局長、明日休暇をとりたいのですが」
そう申し出ると、佐竹はニッコリと微笑んだ。
「北詰先生も、ご家庭の都合があるからね。いいよ、明日は休みということで、担当の患者さんの引継ぎだけキチンとしておいてください」
独身じゃないというウワサが出ただけで、こき使われなくなった気がする。家庭があるのは本当だが、何だかかえって申し訳ない。だが、今回はお言葉に甘えよう。歩をこれ以上休ませるのは気の毒だ。
一礼して医局を出てゆこうとしたとき、背広姿の男性が入ってきた。小柄で冴えない感じの中年だ。男性はこちらに向かって軽く会釈をすると奥に居る佐竹の方に歩いて行った。
(なんだ……。医局長の知り合いか)
見知らぬ中年に興味を無くして医局を出ると、怖い目つきの宮下が居た。
「宮下くん、どうかした?」
勇介の既婚説が出て以来、彼は何故だかずっと怖い顔をしているのだ。宮下は勇介の背後をじっと見ていた。視線の先を辿るとさっきの男性に行き着く。
「なんなの?」
尋ねると、宮下は今はじめて勇介の存在に気付いたような顔をした。
「新しい救命医……かもしれないって聞いたんですけど」
宮下の声に、二人組のナースが寄って来た。
「よかったですね。ドクターが増えればローテーションも楽になるし、ナースの数も増やしてもらえるはずだわ」
知らなかった。ドクター一人に対してもナースの数が決まっているらしい。
(それにしても……)
素直に喜んでよいのかわからない。先ほどの黒崎の情報が気になる。考えすぎかもしれないが、ひょっとして自分の後釜だったりする可能性もあるんじゃないだろうか。そんな事を考えて、かぶりを振った。まだ一ツ木からこれといってアプローチがあったわけではない。何も起きていないのに気にするなんて、全く自分らしくないと思った。
けれども、今職を失うのは正直言って非常に怖い。自分には守るべきものが出来たのだ。独りではないことが、足枷にもなるのだと痛感した。
医局にコールが響き渡り、勇介は思考を中断すると、宮下を促して患者の受け入れに向かった。
なんか、短くてごめんなさい!!
次回はもうちょっと話を動かしたいです。




