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リアルファミリー2  作者: 冴木 昴
15/24

「心の器があふれるとき―5」

勇介の妻子持ち説、流出中・・・

 翌日の午後には、勇介の既婚説が病院中に広まってしまった。ネタ元はもちろん宮下だ。あえて否定する気にもならず、知らん顔を決め込むことにした。歩が実は男の子だと説明する方がよっぽど難しいと思ったからだ。それぐらいに彼のコスプレはハマっていたし、彼との関係もよくよく考えるとかなり複雑だ。それに、もっとも心配なことがひとつ。

 ――浅川。

 あの男にだけは牽制の意味で、真実を知られてはならない。なんせ、女だけでなく美少年も好きらしいのだ。先日そんな話をしたばかりなだけに、こちらとしては神経質にならざるを得ない。歩は間違いなく浅川のド・ストライクだろうから。

 

「北詰先生ったら、なんで教えてくれなかったんですか~」

「いや~ん、悲しい」

「なあ、北詰ちゃん、子供居るんだって? 本当かよ? 嫁さんもエラい若くて可愛いらしいじゃないか。紹介してくれよ」

 浅川や女性看護師たちがあまりにうるさくて、勇介は声を荒げた。

「もう放っておいてくれ!」

 キョトンとする浅川を睨みつけてから、彼はさっさと帰り支度を始めた。渚が心配だったし、もうこれ以上あれこれ訊かれるのはたくさんだ。

「北詰せんせ~い!」

 追いすがってくる宮下を通りかかった看護師長に押し付けて、逃げるように病院を出るとようやくホッとした。


(それにしても、可愛かったな……)


 昨夜の歩を思い出すにつけ、自然と目尻が下がる。スッピンの黒崎も結構可愛かったが、やっぱり歩の比ではないなと思う。男子の歩と比べていると知ったら、黒崎に殺されてしまうかもしれないが、これはあくまで好みの問題だ。

「あー、くそっ! 写メ撮っておけばよかったな」

 何とかもう一度歩に女装させる事ができないものか、などと本気で作戦を考えながら家に帰ると、なんとまたまた女装姿の歩が玄関に出てきた。

「勇さん、おかえりなさい」

 今日はピンクのチビTに弛めのイージーパンツというキュートな姿だ。

 知らず知らずのうちに心拍数が上昇する。やっぱり渚のためなのだろうか。でも…… 

 相変らず彼の行動は不可解だ。

(ひょっとして、渚の為にしたことが、癖になってしまったとか?)

 どちらにしても、これは物凄いシャッターチャンスだ。彼に隠れて携帯のカメラモードでシャッターを押したとき、歩は険しい顔で言った。

「勇さん、もう一回渚を診てくれないかな? 座薬入れたんだけど、ゼンゼン熱が下がらないよ」

 遊んでいる場合ではなかったと、少々反省しつつ和室に入ると、顔を真っ赤にした渚が寝ていた。

 渚の枕元で仕事用カバンを広げるのを覗き込んで、歩は心配そうに囁いた。

「大丈夫かな?」

 耳元に柔らかな吐息が掛かる。チラリと横目で見ると、ピンクのルージュを引いた唇が視界に飛び込んで来た。いつも渚と一緒にいるせいなのかわからないが、歩はミルクのように甘い香りがする。

(近くで見ると、余計に杏子さんと間違えそうだ)


 なんだか動悸がしてきた。


 背後の歩が気になって、思わず聴診器を取り落としそうになってしまう。動揺を誤魔化すように手早く診察を済ませると、彼は尚も心配そうな口調で言った。

「本当に、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ、はしかだからちょっと熱が高いだけさ」

 安心させようとして微笑んで見せると、歩は上目使いで言った。

「ねえ、勇さんって外科でしょう? 大丈夫なのか?」

 思わず脱力してしまいそうになる。

(渚ではなく、オレの腕が心配なのかよっ!)

 勇介はがっくりと肩を落としながら言った。

「これでも四年間、週一ペースで内科の先生のところを手伝っていたから、安心してくれ」

 歩は明らかにホッとした様子で和室を出て行った。そのほっそりとした背中を睨みながら、勇介は真剣に考えていた。彼に尊敬される為には、医師としての実力も見せ付けておく必要があるんじゃないだろうか、と。


 一緒に暮らすことになったとき、あなたの事をよく知りたいと言ったわりには、歩はまったく勇介に対して無関心なように見える。あれこれと生活面では世話をやいてくれるけれども、プライベートな事は一切訊かれたことが無かった。渚の事で精一杯なのはわかっているが、ちょっとばかし面白くない。

(そういえば、オレもあーちゃんの学校の事、何にも知らないな)

 お互い様だったと頭を掻きながらリビングに入ると、歩がダイニングテーブルで勉強をしていた。

「そっか……学校、休んだんだね」

 歩は顔を上げてこちらを見た。

「ねえ勇さん、はしかってどのくらい休むかなあ」

「う~ん、熱が下がって発疹が出てきたら、それから二、三日ってとこかな。いずれにしろ今週は無理だね」

「そう……」

 仕方ないね、と言って歩は肩をすくめた。はしかは法定伝染病だから、完治して医師から登園許可書をもらうまでは保育園に預ける事は出来ない。必然的に歩は学校を休まなければならないだろう。

「ボクも休めるかどうか、職場の上司に訊いてみるからね」

「いいよ、そんなことしなくても! お医者さんが休むなんて、患者さんが困るでしょう?」

歩は「とんでもない!」というようにかぶりを振る。人には「遠慮しないで」なんて言っておきながら、ヘンなところでよそよそしい気がして、ちょっと寂しく思う。

 彼のホンネを知りたくて、ビューラーで立ち上げた大きな瞳をじっと見詰めると、歩はふっと視線を逸らせてしまった。


 歩の通う成林高校は進学校だ。毎日家事と育児に追われているだけに、キチンと授業についていけるのか気になる。ちょうど良い機会だと思い、勇介は歩に学校の事を尋ねた。

「勉強、大変そうだね」

「あ、うん。それなりに、やってるよ」と言って、歩は参考書のページをめくる。

 歩の手元にはテスト範囲の印刷された紙がある。定期テストが近いのだろう。

(ノートとか、借りられるのかな?)

 休んだぶん、勉強がおくれるのも心配で、勇介はたずねた。

「友だちとか、いるの?」

 歩は曖昧に返事をしただけですぐに参考書で顔を隠してしまった。目を合わせないようにしていることが見え見えだ。

(まさか、イジメに遭っているとか?)

 考えられなくも無いと思ったが、なんとなくそこまで突っ込んで尋ねられる雰囲気でもない。どうにかリラックスした会話が成立しないものかと、ちょっと軽い口調で言ってみる。

「ところでさあ、あーちゃん、カワイイね。学校で、そういうふうに言われない?」

「――どういう意味?」

「いや、べつに……」

 ジロリとにらまれて、勇介は即座に口をつぐむ。会話がぷつりと途切れ、空虚な空気が漂った。

 家族ごっこは順調だとはいえ、ホンネを打ち明けられるほど気を許せる関係になったとは言いがたい。それは、お互い肌で感じる。

 勇介は会話をあきらめ、「風呂に入ってくる」と言ってリビングを出た。

 軽い足音がしたので振り返ると、歩がついてきていた。

「なに?」

 問いかけると、彼は睨むようにして怒鳴った。

「こんなカッコは、家でしてるだけだ! 俺は、姉ちゃんの代わりに渚、育てなきゃいけないんだ。全部、渚の為なんだからな!」

 それだけ言うと、歩はクルリと踵を返してリビングに消えた。

 勇介は呆気にとられたまま廊下に突っ立っていた。何で歩があんなに噛み付くような言い方をしたのかわからない。


 ――渚の為


 そんな事はわかっている。

 のろのろと衣服を脱いでバスタブに浸かった途端にハッと気付いた。

「友達は居るのか?」

 そう、自分は彼に尋ねたっけ。

(ああ、そうか……!)

 会話の流れから、「変わった趣味だけど、そんなんで、友達は居るのか?」そんな風に聞こえてしまったのかもしれない。これは明らかに失礼な言い方だったと思った。


 風呂から上がってすぐに誤解を解こうと思ったが遅かった。歩はすっかり化粧を落とし、ジーンズと白いTシャツに着替えていた。

「なんか、誤解を招いてしまったみたいだけど、あーちゃんは全然ヘンじゃないよ」

 しどろもどろで何だか上手い言葉が出てこない。歩は参考書から目を上げたが、またすぐに手元に目を落とした。気まずい雰囲気になってしまい、勇介はさらに焦った。

「大丈夫だよ。すっごく可愛いし、お姉さんにそっくりだから、きっと渚も喜ぶよ。うん、女装はいいアイデアだと思う。まるで杏子さんみたいで、いいと思うよ。そりゃ、学校で女装してるなんて、誰も思ってないしさ。うちでやってる分には全く問題無いよ。ボクとキミの秘密にしておけばいいし」

 そう言った途端に、歩は勢い良く顔を上げた。

「じゃあ、今すぐ携帯に撮った俺のフォト、消せよ。さっき撮っただろうが!」

 目線が泳ぐ。

(なんだ……気付いていたのか)

 せっかく撮ったレアモノを消すのは惜しいので、懸命に言い訳をした。

「あれは……その、ほら、家族の写真を持っていたいんだよ。わかるだろ? あーちゃんだって、渚の写真を携帯の待ち受けにしてるじゃん」

「それはそうだけど……」

「じゃあ、問題ないし」

 ホッとして話を切り上げようとすると、歩は言いづらそうに小さくつぶやいた。

「だったら、何もあんな姿撮らなくても……」

「え?」

 歩は口を尖らせて言った。

「そんなオカマの写真、誰かが見たら、絶対ヘンに思うよ」

「見るような人、いないから」

「でもさ、彼女とかがちらっと見たりしたら……」

(なんだ、そんな事を気にしていたのか)

「彼女は居ません」と言うと、歩はこちらを見上げた。ウソをついていると思っているのだろうか。残念だが、彼女が居ないというのは本当だ。

「あーちゃんは、彼女居るの?」

 歩は真っ赤になってかぶりを振った。反応が初々しくてかわいい。

「じゃあ、気になるコは?」

「なんだよ! そんなの、居ねぇよ!」

 どうやら、居るみたいだ。

 ますます赤くなったかと思うと、歩はダイニングの上を片付け始めた。逃げるつもりらしい。相変らずわかりやすいリアクションだ。

「彼女とうまくいったら、紹介しろよな」

 クククと笑った途端に参考書が飛んできた。思った以上に彼はオクテなのかもしれない。

「なに笑っちゃってんだよ!」

「だって、あーちゃん、顔赤い」

「んなことねーよ!」

「一応これでも随分年上だし、人生の先輩なんだから、困った事とか、何でも相談しろよ。なんなら、女の子の口説き方でも教えたげようか?」

「ばっかじゃね。マジ、いらねぇし」

 本気で怒る歩は可愛くてたまらない。勇介は知らず知らずに声を上げて笑っていた。

 歩もつられて笑い出す。家中が温かい空気で満たされてゆく。

 職場で既婚説が出たのは好都合だ。今の勇介には歩と渚が居るだけで十分楽しくて幸せだ。歩も同じ気持ちで居てくれたらいいのだけれど、今はまだ始まったばかり。多くは望むまい。少しずつ相手の事を知って、少しずつ距離を縮めればいい。


 歩は笑いを収めると、ポツリと言った。

「あのさ、勇さんも、彼女出来たらちゃんと言ってね。その時は俺たち……」

「え……?」

 彼は「何でもない」と言って、キッチンへ行ってしまった。


 言いかけた言葉の続きは、何だったのだろう?


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