「心の器があふれるとき―2」
【前回のラストシーン】
救命の入口に現れた歩を見た勇介は、我が目を疑った。
「あ、あーちゃん? 何故に……?」
いったい彼に何が起こったのだろう。
歩はどういうわけか茶髪をポニーテールにしている。そのうえ、ぽってりとした小さな唇にはピンクのルージュが引かれ、長い睫毛は見事にビューラーで立ち上げられていた。涙のせいだろうか、潤んだ鳶色の瞳が照明の明かりを閉じ込め、うるうると湖面のように揺らいでいる。見つめていると吸い込まれそうだ。
(なんでなんだ? 教えてくれっ!)
真っ赤なTシャツは女性物だ。杏子のものに間違いない。和室の壁の、まさにあの写真のTシャツを着て、デニム地のホットパンツからすね毛の無いキレイな足が伸びている。
「勇さん!」
ぐったりとした渚を抱え、歩は蒼白な顔で駆け寄ってきた。クロックスのサンダルがぱたぱたと鳴り、くまさんのエプロンは風でひらひらしている。
「あーちゃん、いったいこれは……?」
背後で黒崎と宮下があんぐりと口を開けて見ている。
(マズイ!)
勇介は二人の視線から隠すように、女装の歩の肩を抱いて診察室に引き摺り込んだ。
診察室の扉を閉めると、歩の姿を上から下までまじまじと見た。
(か……かわいい、かも)
小柄な歩はこうして見ると、どこから見ても極上の美少女だ。ボケッとしていると、歩は涙声で言った。
「早く診てくれよ。渚、すげぇ熱あって、目も開けないんだぞ」
「あ、ああ。じゃあベッドに寝かせて」
勇介はようやく北詰医師に戻って渚に聴診器を当てた。
渚は眼を閉じたまま、はあはあと荒い呼吸を繰り返している。頬は上気し、触った肌はまるでゆでたての玉子みたいに熱い。
「渚、生後何ヶ月だっけ」
「一歳と八ヶ月」
渚の口腔を開けてみると、思ったとおり水疱が出来ている。
「これ、はしか」
「はしか……?」
すぐに良くなるよと言ってやると、歩はホッとしたように丸椅子に座り込んだ。
通常よりだいぶ熱が高くておまけにぐったりしてしまっているので、歩が慌てるのも無理ないと思った。
「解熱剤を処方するからね。きっとすぐに熱も下がると思うよ。こまめに水分補給してやって」
歩はうなずくと、目元をエプロンで拭いながら言った。
「俺、渚が死んじゃったらどうしようって」
「心配ないよ」
笑って言うと、歩はむきになった。
「だって! だって、渚ってばママ、ママってずうっと言ってたし。もしかして姉ちゃんが呼んでるのかと思ったりして……」
鼻をすすりながら俯く歩を見ているうちに、何だか切ないものが込み上げてきてしまった。
歩と杏子はそっくりだ。彼は、ママを呼んで泣いている渚のためにこんな格好をしているのだと気がついた。
ママの代わりをするからといって、女装に踏切るあたりがちょっと普通じゃないけれど、渚の為に一生懸命な歩が可愛くていじらしい。
心細げにしている様子はとてもしおらしく、女装とあいまって、まとう空気まで女性的な感じがする。まるで杏子が生き返ったような錯覚に囚われる。
そう、たぶん、自分は今ものすごく混乱しているのだと思う。
勇介は、気付けば歩の両手をとって、自分のほうに引き寄せていた。キャスターつきの椅子が体ごと歩を目の前に連れてくると、身を硬くした歩がキョトンとした顔で見上げた。姉の杏子にソックリの小顔は犯罪的なまでに愛らしい。ルージュを引いた柔らかそうな唇に、視線が吸い寄せられて逸らすことが出来ない。
徐々に顔が接近してゆく。
「やっ! ゆ、勇さん、何してんの?」
何かよからぬ空気を察知したのか、歩がもがいた。彼は勇介の手を振り解いて立ちあがり、二、三歩後ずさる。その目は不信感でいっぱいだ。
マズイ!
こんな些細な事で家族間に亀裂が生じてはいけないと思い、すぐに言い訳をした。
「あーちゃんがあんまり可愛いカッコしてるからさ。冗談だよ。ははは」
「冗談なのかよ! やめろよ、こんなときに」
「ごめんごめん」
歩は散々悪態をつくと、プリプリ怒りながら帰って行った。
宮下看護師の【北詰先生観察日誌】パート3
うえええええ!
北詰先生に子供が!・・・てゆうか、さっきの奥さん、若すぎるっしょ。あれは、まるで少女だよ。犯罪だよ!!
「ドS」で「絵本好き」というわけのわからないキャラだと思ってたのに、その正体はまさかの「ロリコン」? やばくね? マジ、やばくね?




