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リアルファミリー2  作者: 冴木 昴
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第三章「ぼくらのゆくえー1」

すでに投稿されている「リアルファミリー」の続編になります。

「リアルファミリー2」から読まれた方も内容がわかるように、冒頭にあらすじを加筆しました。

 どうぞお楽しみください。

おもな登場人物

北詰勇介……主人公。救命に勤務する外科医。交通事故で死んだ父親の不倫相手の弟である歩と、不倫相手の子供の渚を引き取って家族として暮らし始めた。

鳴沢歩……15歳。たった一人の姉を交通事故で失い、その子供である渚を抱えて路頭に迷っていたところを勇介に引き取られる。

鳴沢渚……勇介の父と歩の姉の不倫の末に生まれた子供。1歳。


【第一章のあらすじ】

大手薬品メーカーの幹部である父親が交通事故で死んだ。彼の秘書・鳴沢杏子(不倫相手)も一緒に亡くなった。杏子と父親との間にできた子ども・渚、そして杏子の弟・歩が取り残される。主人公・北詰勇介の母親は不倫相手の子どもの認知をせずに、路頭に迷わせるようなことをする。勇介は自身の家庭が虚飾であるところから父親の死後、取り残された弟の歩と渚に接しているうちに彼らを守ろうという気持ちになる。

父親の死後、不倫のスキャンダルがマスコミに知れ渡るようになり、勇介は大学病院にいられなくなり、市立病院へと勤め先をかえる。市立病院で自分の立場を一歩一歩確立しているところへ歩がやってきて、勇介のマンションから出るというが、それが本心からでないことがわかり、彼らは一緒に生活をすることになる。ここに新しい家族が出来た。


【第二章のあらすじ】

 勇介の職場・市立病院の救命救急センターでの物語がメイン。患者の命が身近にある職場で、勇介はいろいろな人たちとの「つながり」に気づいてゆく。

 家族とはなにか。その根底にあるのは信頼である。歩たちとの家族ごっこはまだ始まったばかり。価値観の相違や年齢ギャップに苦しみつつも、勇介は歩や渚の信頼を勝ち取れるのか。

 女医の黒崎や同僚の浅川、看護師の宮下など、新たなキャラが加わり、さらに賑やかに進行中。病院での勇介は、職場のスタッフを信頼し、また、スタッフからは信頼されるような関係を築けるのか。


****以下本編***************


第三章「ぼくらのゆくえー1」


 病院の屋上から見える木々が、鮮やかな緑に染まった。転勤してからもうすぐ二ヶ月、市立総合病院での勤務も軌道に載り、三日に一回の当直にも慣れてきた。


 当直明け、屋上でタバコを吸いながら、北詰勇介は固まってしまった腰をグイと反らせる。さっきまで五時間を越える複雑骨折のオペを執刀していたせいだろう。さすがに五時間の立ちっぱなしはキツイ。

 痛む腰をかばいつつ救命のフロアに戻ると、医局の隅にある応接用テーブルに、乱雑に積み上げられたカルテの山を見つけた。勇介は医局の奥から現れた男性看護師の宮下に尋ねた。

「木村師長は今日もお休み?」

 宮下は崩れかけたカルテの山を直そうともせず、またその上にもう一束カルテを積み重ねている。こちらを無視した上に、息を詰めるようにして慎重に作業を続行する宮下の頭を軽く叩いて言った。

「いい加減にしないと崩れるぞ」

 バサバサと音をたてて大量のカルテが崩れ落ちた。

「あーもう! どうしてくれるんですか! 北詰先生のせいですからねっ!」

 宮下が悲鳴を上げた。

「なんでオレのせいなんだ? 木村さんが居ないとすぐに片付けをサボってカルテが山積みになるんだから。自分が悪い」

「ん、もう!」

 宮下は観念したように座り込んで片付け始めながら言った。

「今、ゴールデンウィークじゃないですか。木村師長、いつも子供さんのお休みに合わせて、GWとか夏とかに連続休暇とるんですよ。その間は天国なのに……」

 ぶつぶつ言いながら、宮下はカルテを必死でかき集めた。医師たちの信頼厚い看護師長は、看護師たちにとってはかなり怖い存在のようだった。まあ、若いスタッフを束ねる者としては、そうでなくては示しがつかないのだろう。でも、一歩病院を離れれば、優しいお母さんであることは、誰もが知っている。

(ゴールデンウィークか……。オレもあーちゃんと渚をどこか旅行にでも連れてってやりたいな)

 今までそんなものはまったく関係ないと思っていたが、考えも変わるものだと思った。

(家族旅行か……)

 新しい家族のことを考えると、自然と顔に笑みが浮かぶ。


 ――三月のことだった。


 父親の死を境にして、勇介の人生が一変した。それが、鳴沢歩と渚、二人との出逢いだ。身寄りのない彼らと勇介は、マンションで暮らし始めたが、それももうすぐ二ヶ月になろうとしている。歩との接し方もようやくわかってきて、家族ごっこは順調だった。最初のうちはぎこちなかった、歩の「勇さん」という呼びかけ方も、最近はすっかり違和感が無くなってきたように思う。

 歩とは育ってきた環境が全く違うので、価値観の相違は相変らずである。けれども、それ以外は特に世代の壁は感じられなかったのでかなりホッとしていた。


 鳴沢歩、彼はいたって常識的な人物だった。


 十二のとき両親をいっぺんに亡くし、姉の杏子と二人で社会に放り出された歩は、社会生活の何たるかを良く心得ているようだった。十二歳上の勇介よりも、よっぽど世間の事情を良く知っている。あの歳で何でもソツなくこなす器用さと、物事に対する類稀なる切り替えの早さ、そして環境適応能力は是非こちらが見習いたいものだ。

 なかでも勇介が一番驚いているのは、一緒に暮らし始めて一ヵ月半、歩は一度も涙を見せていないという事実だった。

 最愛の姉を亡くしてから二ヶ月、その間、渚の世話で手一杯の歩は、悲しんでいるヒマも無い、と言えなくもないが……


「北詰先生、小児科の内海先生が呼んでますよ」

 宮下看護師の声に思考を中断すると、医局の入口で待っている女医の元へと歩いて行った。


 小児科の内海は、整形外科医の黒崎女医と仲がよい。先日、勇介はケーキ屋で黒崎と内海に遭遇し、したたかに酔っ払った黒崎にからまれるという悲劇にみまわれた。今思い出しても不愉快な出来事である。


 話をもどそう。

 内海は、父の交通事故の際、渚を担当してくれた。黒崎よりも年上だが、やはり内海も独身だった。仕事が忙しいせいだろうか。女医の結婚年齢は男性医師より上だと聞いたことがある。

 内海はふっくらした顔に笑みを浮かべて言った。

「愛ちゃん、随分元気になったのよ」

「そうですか。よかった」

 勇介も彼女に向かって笑みを返した。

 愛ちゃんというのは、熱傷で運び込まれた生後九ヶ月の女の子だ。敗血症の危機を脱した女の子は、今小児科で治療を受けていた。担当は内海女医だ。彼女は女の子のカルテを見せながら言った。

「今度、第一回目の皮膚移植するんだけどね、彼女のお母さんが、オペは是非北詰先生にお願いしたいっておっしゃってるの。都合つくかしら?」

 内海は意味ありげに上目遣いで見上げている。ふと背後に気配を感じて振り返ると、医局長の佐竹が眉間にシワを寄せて立っていた。

「あ……医局長……」

 佐竹は小さくため息を吐くと、勇介と内海女医を医局の応接セットに座るよう手招きした。


 並んで座った内海に、佐竹医局長は困ったような顔で言った。

「内海先生、あの……この話、外科の主任には?」

 内海は視線を泳がせて黙りこむ。佐竹はハンカチを取り出して自分の額を拭いながら言った。

「とりあえず、外科に話を通してくれないかな。……北詰先生も、その、シフトがキツイし……」

「いえ、ボクはかまいません。あの赤ん坊はもともとボクの患者ですし、先方が希望しているのであれば……」

 この言葉に佐竹は大きく目を見開いた。彼は何か言おうとしたようだったが、その前に内海によって遮られる事となった。

「そうですか。北詰先生がOKなら、いいじゃないですか。よかった、じゃあ私はこれで!」

 内海はサッと席を立つと、逃げるように医局を出て行った。彼女を見送って、佐竹は深いため息を吐いた。

「医局長? 何かいけなかったですか?」

 何となく察しはついたが、知らぬフリで声を掛けてみた。この病院の外科と救命に確執がある事は転勤してきてすぐに気付いたが、そんなのは大学病院では日常茶飯事だったから、とくに気にも留めていない。

 佐竹は胡麻塩頭に浮いた汗を、ぐるりとハンカチで拭うと言った。

「一応さ、外科のメンツも立てておかないとマズイと思うんだけどな。このままだと、もし救命がピンチになっても、だれも助けてくれなくなっちゃうんじゃないのかな」

 ああ……、そうだった。S大病院と決定的に違うところ。それは圧倒的な人手不足。ついうっかり忘れていて、また確執を深めるような事を承知してしまった。

(でも……!)

 脳裏に赤ん坊と母親の顔が浮かぶ。彼らが自分を信頼して執刀医に指名してくれたのに、メンツがどうのと、そんな事を言っていてもいいのだろうか。

(そんなこと、いいはずないだろう。患者を第一に考えなくて、どうする)

 胡麻塩頭の汗を拭う佐竹に、勇介は言った。

「医局長、ナマイキなようですが、職場の確執より、患者の事を優先すべきです」

 温厚な佐竹の顔が真っ赤になったが、構わず続ける。

「これはボクに直接来た話で、ボクは執刀には自信があります。それは、この病院の外科医の誰よりも経験が豊富だからです」

 さすがに傲慢な言い方だったと口をつぐんだが、佐竹は曖昧な笑みを浮かべて言った。

「ああ、そうだよね……。なんか、そういう自信に満ちた気持ちよいセリフを久しぶりに聞いた気がするよ」

 聞き様によっては嫌味ともとれる佐竹の言葉だったが、悪意はまったく感じ取れなかった。本当にこの男は人が好いのだろう。歩といい勝負かもしれない。そんな佐竹を、自分のせいで板ばさみにしてしまうのが、少々申し訳なくなってしまった。

「あの……この話、医局長はご存じなかった事にしておく、というのは?」

「そ、そんな! ダメだよ。たった今、内海先生と三人で話しちゃったでしょう?」

 とにかく院長に相談してくる、そう言って佐竹は医局を出て行った。彼の背中を目で追っていると、ノーテンキな声がした。

「へー、北詰ちゃんって結構、熱いところがあるんだねぇ。それとも、単に切りたいだけだとか?」

 色黒の顔に、真っ白い歯が光っている。浅川医師は床に座り込んでカルテを片付けている宮下の頭を意味なくスコンと叩いて「ガハハ」と笑った。

「痛い! いきなり叩かないでください。それに、北詰先生は素晴らしいドクターです。僕の尊敬している人を悪く言わないでください!」

 叩かれた宮下が、珍しく浅川に言い返すのを聞き、勇介は驚いた。が、彼以上に浅川のほうが驚いたようだった。浅川はニキビ面を真っ赤にしている宮下に向かって言った。

「なにムキになっちゃってんの?」

「べつに、そんなんじゃ」

 宮下は焦ったように、手にしたカルテをバサバサと振る。間に挟まっていた書類や写真などが、あちこちに散らばった。

「うわわわわ! やっちゃった!」

 宮下は悲痛な声を上げる。それを、浅川が目を細めるように見ながら言った。

「なんだよ、宮下。お前、アレか? ひょっとして、ホモっけがあるとか?」

 そんなはずないだろう! と勇介は流し目で宮下を一瞥した。彼はニキビ顔を真っ赤にして「きゃっ」と言うと、カルテを放ったまま医局から逃げていってしまった。

「おい、片付けは……!」

 彼の背中を見送っていると、浅川はねちっこい声で言った。

「あーあバカだな、アイツ北詰ちゃんに惚れちゃったみたいだぜ。どうする?」

「どうもこうもない。そんなこと知るか。アホらしい」

 浅川に背を向けると、勇介はしゃがんで床に散らばったカルテを拾い集めた。浅川も勇介の隣にしゃがんでカルテを集めながら、しつこくしゃべりかけてきた。

「でもさあ、最近増えてるらしいぜ。男に惚れちゃう男。そうだったら、どうする?」

「どうって……?」

「だからぁ、同性が恋愛対象なんだって。意味わかるでしょう?」

 思わず振り向いてしまい、浅川と目を合わせてしまった。マズイ! 彼はニヤリと笑った。

「どうなんだろうね。北詰ちゃんって、案外綺麗な肌してるし、顔も文句ないからねぇ」

 そう言って浅川は勇介の首筋をするりと触った。全身に悪寒が走る。

「アンタって人は、誰でも触るんですね。女性だけじゃ足りないんですか?」

「医者だからね。触るのが商売だもん」

「そりゃそうですけど……って、おい!」

 思わず頷いてしまいそうになり、再び伸びてきた浅川の手をやんわりと払い除ける。

「冷たいなあ、触るとわかるんだよ。色々と」

「色々?」

「そう、例えば看護師のやよいちゃん。いつもより怒りっぽいな、なんて時は触ってみるとわかる」

 そう言って浅川は自分の尻の辺りを指差した。

「いつもより硬いショーツをはいてたら、生理だからね」

 それって、完全にセクハラじゃねぇか!

 怒鳴りたくなるのを飲み込んで、なるべく静かに言う。

「男に生理はないですからね。ボクに触らないでください」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。男同士だって、触ると色々わかる」

 今度は肩に手を回された。ガマンの限界で、今度こそ思いっきり突っぱねた。

「なにがだよっ! どうしても男を触りたかったら、そういう店にでも行ってするといい」

「そういう店って、この辺にあるのかな? 大体が、美少年を置いてる店なんてねぇだろ? どっかに居るか?」

「美少年なんて……」

 勇介の脳裏に歩の顔がよぎった。一瞬口ごもったのを、浅川が目を細めて見つめている。

「な、何でオレが美少年の居る所なんて!」

 慌てて言い返してハッとした。下ネタ好きの浅川に、まんまと乗せられて引き摺り込まれそうだ。彼はこちらの興味を惹いたことを確信したように「にゃははは」と下卑た笑いを響かせて言った。

「北詰ちゃんがあと五歳若かったら、考えなくもないね。相当な美少年だったでしょう? 惜しい事したね。全く」

 勇介は不愉快になってカルテの束でバンと床を叩いた。浅川がビクンとして立ちあがる。彼を睨み付けた時、ちょうどコールが鳴ったので、浅川は「じゃ、邪魔したな!」と、逃げるように居なくなった。


 イライラのボルテージがぐんぐん上がっていた。浅川のくだらない話をまんまと聞いてしまった事ではなく、彼の言う「美少年」という単語に、すぐに歩を想像してしまった自分が腹立たしかった。

 ――あなたの周りにいる美女は? 

 という質問があったとして、それに対して速攻で母親、あるいは姉、妹、などと答えるヤツはいないだろう。歩を、そんなふうに客観的に見ること自体が、家族になりきれていない証拠なのではなかろうか。

 それとも……


 まさか自分は歩に恋愛感情を持っているとか? 


 ふとした瞬間に、彼の顔が姉の杏子に見えてしまうことがあるのは、自分の中になにかアブノーマルな部分があるからではないのか。

「いやいやいや、それは違うだろう」

 勇介は独り言をつぶやいて、黒髪をかき回しながら懊悩する。

(オレは、どうかしてる……)


「リアルファミリー」をお読みくださったかた、ありがとうございました。たいへんお待たせしましたが、少しずつ続きを書いていますので、朝7時の更新を楽しみにしていただけたら嬉しいです。

「リアルファミリー2」からお読みくださるかたも、あらすじをつけましたので、この連載からでも楽しんでいただけたら幸甚です!!

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