かぐや姫のブラックカード
「わかったよ、つきあったげる」
目の前の少女はそう言うとニカっと笑った。セーラー服のスカートが風にゆれる。
「と、言いたいとこだけどーー」
僕の顔を下からのぞきこむ。なんか猫みたいでかわいいーーいや、それどころじゃなくて、だけどなんだ。
「今日授業で竹取物語って習ったでしょ?」
「まぁ、あらすじだけだけど」
「クイズに答えられたら、彼女になってあげる」
「はぁ!?」
クイズ、ってなんだ、断るための口実だったりしないだろうな。
「クイズ、帝はなぜもらった不死の薬を、燃やしちゃったのでしょうか。しかもわざわざ富士山まで登って」
・・・・・・いや、これなら教科書に書いてあった。
「それは、かぐや姫のいない世界で生きながらえてもーー」
「私がそんな教科書どおりの回答で満足すると思う?」
まずい、間違えたか。
「3時間あげる、しっかり考えること」
結月は言いながら僕の横に来ると、僕のカバンの中に手を突っ込んだ。
「おい、なにをーー」
「あったあった。これは没収ね」
その手にはスマホがにぎられていた。
「私は起助の答えが知りたいの、だったらこんなものはいらないよね。大丈夫、ちゃんと後で返してあげるから」
いたずらっぽく笑い、肩まである長い髪をかきあげる。
「じゃ、3時間後にここで待ってるね」
「いったいなにが正解なんだ・・・・・・」
10分後、公園のベンチに座り僕は教科書を広げていた。とりあえず竹取物語の概要を確認してみる。
「竹取物語」は、平安時代初期に成立した日本最古の物語文学である。作者は未詳だが、漢学や仏教に深く通じた高度な教養を持つ人物と考えられている。仮名文字を用いて書かれた虚構の物語の原点であり、のちに成立した「源氏物語」の中でも「物語の出で来はじめの祖」と称賛されている。おとぎ話「かぐや姫」をはじめ、様々なコンテンツの原作、原案となっている。
物語は、竹取の翁が光る竹の中から小さな少女を見つけるところから始まる。わずか3ヶ月で美しい女性へと成長した「かぐや姫」に対し、5人の貴公子が熱烈に求婚する。しかし姫は結婚の条件として幻の宝物を要求し、彼らをことごとく退ける。やがて帝からの求婚も拒んだ姫は、自らが月から来た者であると告白し、迎えが来たら帰らなければならないと言う。帝は2000人にのぼる軍勢を派遣し月からの使者を迎え撃とうとするが、あっという間に無力化される。残された帝は、姫が残した不死の薬を天に最も近い駿河の山(富士山)の山頂で焼き捨てるのだった。
本作の背景には、異常誕生、求婚難題、天女の羽衣伝説、富士山の地名起源といった、古くから口承されてきた多様な民間伝承が見事に融合されている。また、5人の貴公子は実在の権力者がモデルとされ、彼らがことごとく失敗を重ねる描写には、当時の貴族社会に対する作者の鋭い風刺と批判精神が込められている。
「なるほど・・・・・・」
概要はわかったがそこからなにも進まない。教科書のとおりだとすれば、帝は「かぐや姫のいない世で永遠の命になど意味はない」と言っている。しかしそれは結月の求める答えではない。
顔を教科書から上げてみると、ベージュに塗られた建物が視界に入った。僕と結月の通っている高校だ。
思えば出会ったときからなんというか、つかみどころのないやつだった。快活でいつも笑っているけど、心の内が読めない。小柄ではあるが運動神経は良かった。球技大会のバスケではずいぶんと活躍していたのを覚えている。逆に勉強はあまり得意そうではなく、仮にも進学校であるうちにどうやって入ったのか疑問が浮かぶほどだ。とくに国語が苦手で、「登場人物の気持ちなんて、そんなの誰にもわかるわけない」と悪態をついていた。そう、だからーー。
目をつむり思考を研ぎすます。近くを通るバイクのエンジン音や、風にゆられた草どうしのすれる音が聞こえてくる。
だから、不可解なんだ。国語が嫌いな結月があんなクイズを出すのが。
3時間後、僕と結月は再び学校の裏門の前に立っていた。
「さぁ、答えを聞かせてもらおうか」
息を飲み込む。大丈夫、少なくともこれ以上のものは考えつかない。
「帝が薬を焼いたのは、外交上の理由からだ」
「ほぉ?」
「不死の薬なんてものは、内乱の種になる。とくに当時は、帝が幼いときは摂政、帝が大人になったら、ええとーー」
「関白、摂関政治ね。歴史だけは得意なんだから」
まずい、ペースが崩れる。とにかく続けないと。
「そう、まぁようは当時の政治はとくに代がわりが前提になっている、そんなとこに不死の薬なんて持ち込むわけにはいかない。とにかくやっかいだから処分したい。だが強大な力をもつ月を敵に回すのは避けたいから、安易に処分はできない」
結月は腕を組んでうなづく。大丈夫、順調そうだ。
「富士山に登り焼けば、「月に1番近いところで月から見えるように処分した」ということで、月側の面子を立てることができる。なおかつ「かぐや姫に届くように」というそれっぽい言い訳もできる。だから帝はこの方法を選んだんだ」
言い終わった・・・・・・。ゆっくり息を吐き、結月を見てみる。
「終わり?」
「え、え〜と、終わりではあるけどーー」
なんだ、なにがダメだったんだ。少なくともありきたりな答えではなかったはずだ、いや、スマホがないから調べようがなかったけどーー。
「よく頑張りました、起助。合格」
「え?」
ごうかく?
「つきあってあげる、感謝しなさい」
そこから数分間は、正直あまり記憶がない。でも、どうやら僕はつきあうことができたらしい。1年間、ずっと好きだった人と。
「なんであんなクイズを出したんだ、結局正解だったの?」
「それはねぇーー」
そう言うと結月は僕のとなりに腰をかけた。スカートのしわを軽く手で整える。
「正直、つきあってもいいかもとは前から思ってたんだよね。遅いんだよ、でちょっとムカついて、竹取物語習ったばっかだし、姫様みたいにいじわるしてやろうかと」
なんだそりゃ。じゃあーー。
「正解はなかったってこと?」
「そうでもないかなぁ。私が歴史好きだからって、そっちの視点で回答出してくれたのはうれしかったし」
・・・・・・ほんとうに、つかみどころのないやつだ。
「あとはね、カバン貸して」
言われるままにカバンを手渡す。2年半通学に使っていた、青い肩かけカバンだ。
「スマホ没収したでしょ、そのときに仕込んだの。これ」
そう言って結月はカバンに手を突っ込むと、中から黒いカードを取り出した。クレジットカードくらいの大きさだが、しかし少し厚みがある。なんだ、これ。
「お金もちのステータス、ブラックカード!」
「番号どころかロゴもないけど」
「冗談だよ、ただの位置情報タグ。これでズルしないか見てたの、スマホなくてもネットカフェとか行けばいくらでも検索できるでしょ」
「このストーカー!」
「もう彼女だからストーカーじゃないもん」
完全に遊ばれてる、しかし全く気づかなかった。
「でも、ズルしたら不正解だったってこと?」
「そうでもないかな。目的のためには手段を選ばないって人も、私けっこう好きだから」
上目遣いで笑いかけてくる。なんというか、やっぱり猫みたいだ。
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