久々のおもてなし
「……一番偉い人だよね?ええと、うち、冷たいお茶しかないけど、いい?」
カナは、庭の小枝でも拾うかのような自然な動作で散らばった枝を一抱え持ち上げると、まっすぐにメアへと歩み寄った。その無造作な接近に、周囲の騎士たちは一斉に息を呑む。
「……なっ」
メアの喉から、絞り出すような音が漏れた。全身がバネ仕掛けのように硬直する。至近距離、わずか一歩。剣を向ければ一瞬で届く間合いだ。だが、メアにはその一歩が底なしの断崖絶壁よりも遠く感じられた。鍛え抜かれた戦闘理論のすべてが、このお茶の誘いというあまりにも日常的な問いを前に、完全に機能を停止していた。
「カナ殿、お待ちください!隊長は……!」
エイが慌てて制止しようとするが、カナの関心は、一番偉い人が冷たいお茶を飲むか、という一点にのみ注がれていた。
「他のみんなは?ごめんね、あったかいの出せなくて」
カナの言葉は、張り詰めた氷を砕く小石のように、騎士たちの間に落ちた。彼女は申し訳なさそうに眉を下げ、一人ひとりの顔を覗き込む。その表情は、不意の来客にもてなしが間に合わないことを悔やむ、善良な家の主人のそれだった。
「あ……い、いえ!滅相もございません!」
ビィが思わず直立不動で応じる。隣でイーガが呆れたように鼻を鳴らしたが、彼自身もカナの純粋な眼差しを前に、視線を泳がせるしかなかった。
「……とんでもない。我々こそ夜分に押し入った身。お気遣いなく」
エイが騎士としての礼節をかろうじて保ち、辞退を口にする。だがメアは、カナが自分たちを侵入者ではなく、個々の客として認識しているという事実そのものに、どんな刃物よりも鋭い脅威を感じていた。
やがて、騎士たちは意を決して階段を降り始めた。
透明な踏み面にブーツが触れるたび、不思議な浮遊感が足を包む。降りきった瞬間、頭上の入り口は水面が戻るように音もなく閉じられた。天井には逆さまになった泉が広がり、月光が天の川のようにきらめいている。
「閉じられた、か」
ガルドの呟きが響く。そこは、滑らかに磨かれた大理石のような壁と、流木や石を削り出した見事な調度品、石に刻まれた絵が並ぶ、幻想的な空間だった。王城のどの広間よりも荘厳で、同時に正体不明の静謐さに満ちている。
カナは抱えていた枝を石のテーブルに置き、懐からあの真珠を取り出すと、隅の小箱にそっと入れた。
からん、ころん。
箱の中で先客の真珠たちが乾いた音を立てる。
「ちょっと待っててね」
カナはそう言い残し、部屋の奥へと消えた。メアは即座に低い声で指示を飛ばす。
「二人、入り口を固めろ。残りは警戒。テーブルの上の物には触れるな。……何が仕掛けられているか分からん」
だが、戻ってきたカナの手には、その幻想的な空間には不釣り合いな、煤けた大きな鉄鍋が握られていた。
「……鍋?」
騎士たちが呆然とする中、カナは階段を数段登り、逆さまの水面へと鍋を突き出した。
ごぷん。
重力に逆らい、天井の泉から水が鍋へと注がれていく。世界の理を無視したその光景に、ビィが小さな声を上げた。
メアは、もはや驚くことにも疲れたようにそれを見守っていた。師団魔術師が一生を捧げて研究するような業を、彼女は夕飯の支度でもするかのように淡々とこなしていく。
カナは水を満たした鍋をテーブルに置くと、先ほど拾い集めた枝からみずみずしい新芽をぷちりと摘み、鍋へと放り込み始めた。
メアはその枝を見て、息を呑んだ。
それは先ほど、自分が彼女に剣を向けた瞬間に、森が抗議として彼に叩きつけた怒りの若枝だった。彼女は自分への敵意の象徴を、今、もてなしの茶葉として使っている。
敵意さえ、最初から存在しないかのようだった。
メアの内にあった騎士としての矜持が音もなく崩れ去る。自分たちの放った殺気も、正義も、彼女にとっては取るに足らない、ただの枝に過ぎなかったのだ。その圧倒的な無関心は、どんな武力よりも残酷にメアの心を打ち砕いた。
カナは満足そうに鍋を覗き込むと、戸惑う騎士たちを振り返った。
「すぐできるから、そこに座って」
流木の椅子を促すその姿は、近所の子供におやつを勧める年上の女性のようだった。
「……カナ殿。我々は、そのように歓待していただくわけには……」
エイが丁重に断ろうとするが、カナは心底不思議そうに小首を傾げた。
「どうして?お客さんでしょ?」
その真っ直ぐな問いに、騎士たちは言葉を失った。自分たちの常識、立場、警戒心。そのすべてが、この不可解な空間では何の意味も持たないことを、彼らはようやく理解し始めていた。




