【第4話】誤差
正しさに、誤差は含まれないはずだった。
三週間前に介入した若者のデータが、更新された。
《社会復帰予測:安定》
《再発率:低》
数値は問題ない。
だが、行動ログにわずかな偏りがあった。
帰宅後の滞在時間が、異常に長い。
外出履歴が、極端に減少している。
「適応過程の一環だ」
天城はそう判断する。
回復初期にはよくある。
紬は端末を覗き込む。
「この人、外に出てないね」
「休養期間だ」
「でも、前は屋上まで行ってたんでしょ?」
天城は答えない。
「リスクは下がっている」
「うん。でも」
紬は言葉を探す。
「……前より、静かになった気がする」
「安定している、という意味だ」
「そうかな」
数日後。
若者の母親から問い合わせが入った。
『最近、あまり話さなくて……』
天城はログを確認する。
《自傷確率:14%》
わずかに上昇。
だが依然、低水準。
「経過観察で問題ありません」
通話を終える。
紬がこちらを見ている。
「大丈夫?」
「統計上は」
「統計上は、ね」
後日、若者は再面談に来た。
背筋は伸びている。
服も整っている。
「最近は?」
天城が問う。
若者は少し考えたあと、言った。
「……問題ありません」
声は平坦だ。
《自傷確率:13%》
数字は整っている。
天城は頷きかけて――
ほんの一瞬、視線を落とした。
机の端。
爪の噛み跡。
そのまま、画面へ戻す。
「安定しています」
若者は小さく頭を下げた。
「ありがとうございました」
その夜。
若者の部屋。
カーテンは閉じたまま。
机の上には未開封の段ボール。
母親から送られた菓子。
賞味期限が近い。
端末の通知が光る。
《外出推奨:15分の散歩》
若者は画面を見る。
しばらく見つめる。
通知は、未開封のまま消える。
部屋の電気はついていない。
外は晴れている。
センター。
《自傷確率:13%》
天城は画面を閉じる。
「誤差の範囲だ」
紬は窓の外を見る。
「ねえ」
「なんだ」
「助かったあとって、どうなるの?」
天城は答えない。
画面には、整ったグラフ。
揺れはわずか。
「生存率は高い」
「……生きてる、って?」
沈黙。
天城は端末を持ち直す。
「これでいい」
窓の外は晴れている。
予報は、外れていない。
だが――
風が、少しだけ強かった。
「正しい」は、本当に十分でしょうか。




