【第2話】逃がし屋
逃がすとは、何からなのでしょうか。
「君は、正式な利用者ではない」
ロビーの白い光の中で、天城は言った。
紬は自販機の前に立っている。
何も買わない。
「未登録個体は、本来、報告義務がある」
「通報するの?」
振り返らずに聞く。
「監視対象として登録した」
紬がこちらを見る。
「監視」
「危険性の確認だ。制度上の措置だよ」
「危険なの?」
「現時点では、低い」
「じゃあ、ほとんど安全ってこと?」
天城は答えない。
紬は少し考えて、頷いた。
「ならいいや」
出口へ向かう。
「どこへ行く」
「仕事でしょ?」
「同行の許可は出していない」
「監視するなら、近くにいた方がいいでしょ」
理屈としては間違っていない。
天城は端末を開く。
《監視対象:紬》
《優先度:低》
「条件がある。
私の指示に従うこと。勝手な介入はしない」
「見るだけ?」
「基本的には」
紬は小さく笑う。
「見るのは、得意」
⸻
小規模店舗。経営悪化。
シャッターは半分閉じている。
店の奥は暗い。
男は四十代半ば。
目の下に影。
「本当に、助かるんですか」
天城は端末を傾ける。
「在庫処分、事業縮小、業態転換。
三つの選択肢があります」
「成功率は?」
「業態転換が最も高い。七十八パーセント」
男は黙る。
棚に、焼き残ったパンがある。
乾いた匂い。
紬が一つ持ち上げた。
「固いね」
「昨日の分です」
「捨てるやつ?」
男は小さく頷く。
紬はパンを鼻先に近づける。
「……あったかい匂いって、消えるの早いよね」
男は答えない。
「この匂い、好き?」
男は一瞬、目を泳がせる。
「……昔は」
天城が言う。
「感情より、持続可能性を優先すべきです」
端末が震える。
《早期決断が成功率を上げます》
天城は画面を見せる。
「今日決めれば、来月の損失は最小化できます」
男の喉が動く。
「……分かりました」
《業態転換:承認》
電子音は小さい。
⸻
帰り際。
外で作業員が脚立を立てていた。
看板のボルトが外される。
古い店名の文字が、地面へ置かれる。
男は何度も頭を下げている。
「これで、続けられます」
天城は頷く。
端末の数字は上向きだ。
《収益改善予測:上昇》
通りを歩きながら、紬が振り返る。
半分閉じたシャッター。
店の中はもう見えない。
「ねえ」
天城は端末から目を上げない。
「この人、逃げられたの?」
「倒産は回避された」
「……そうじゃなくて」
風が吹く。
外された看板の文字が、少しだけ揺れる。
天城は何も言わない。
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