【第12話】閾値
基準は、いつも少しだけ動く。
《再発確率:28%》
《経過観察:推奨》
数値は、まだ安全圏だった。
だが天城は、過去ログを遡る。
睡眠時間の微減。
通話時間の減少。
返信速度の遅延。
どれも単体では問題にならない。
合算すると、わずかに傾く。
「まだ大丈夫だよ」
紬が言う。
「推奨は経過観察」
「閾値が高すぎる」
天城は画面を閉じる。
「下げるべきだ」
「制度は変わってない」
「運用は、判断できる」
数秒。
天城は面談を設定した。
《早期介入:実行》
⸻
面談室。
女性は静かに座っている。
「最近は?」
「大丈夫です」
声は柔らかい。
天城は続ける。
「今の段階で整えておけば、再発率はさらに下がります」
女性は一瞬だけ視線を落とす。
「そこまで深刻ではないと思ってました」
「統計上は、今が最も効率的です」
沈黙。
女性はゆっくり息を吸う。
「……それで安心するなら、します」
拒否ではない。
了承。
天城は頷く。
《支援強化:承認》
数値が下がる。
《再発確率:19%》
問題はない。
評価も上がる。
《担当評価:+0.6》
⸻
帰り道。
紬は何も言わない。
ただ、ガラス越しに天城を見る。
「言葉より先に、決めるんだね」
「確率を下げるためだ」
「うん」
それ以上、問いはない。
⸻
夜。
女性の部屋。
「久しぶり」
「うん、元気?」
短い通話。
笑い声は、途切れない。
《接触頻度:適正範囲》
通話は終了する。
女性はしばらく、画面を見つめている。
スマートフォンを伏せる。
窓は閉じたまま。
数分後。
通話履歴を一件、削除する。
理由は表示されない。
通知は、未開封のまま消える。
部屋は静かだ。
外は晴れている。
⸻
センター。
《再発確率:19%》
《安定》
天城は頷く。
「適切だ」
胸の奥が、わずかに重い。
だが数値は整っている。
問題はない。
紬は画面を見ない。
「基準ってさ」
天城は応えない。
窓の外は、曇り始めている。
予報は、変わっていない。
閾値は、誰のためにあるのでしょうか。




