【第10.5話】スケッチ
未来は、ときどき静かな場所で形を探している。
夜。
机の上にスケッチブックが開いている。
鉛筆の音だけが小さく続いていた。
窓の外は暗い。
街灯の光がカーテンの隙間から少しだけ入っている。
少女は黙って手を動かしていた。
線を引く。
消す。
また引く。
紙の上に、人物の輪郭が浮かぶ。
まだ途中だった。
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スマートフォンが震える。
机の端。
通知。
友人からのメッセージ。
「まだ描いてるの?」
少女は少し笑う。
短く返信する。
「うん」
送信。
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数秒後。
また通知。
「それ仕事にするの?」
少女は手を止める。
鉛筆の先が紙の上で止まったまま。
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画面を見る。
文字は短い。
ただの質問。
それだけだった。
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少女は少し考える。
それから返信する。
「わかんない」
送信。
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スマートフォンを机に置く。
鉛筆を持ち直す。
線を引く。
さっきの続き。
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人物の目を描く。
輪郭。
影。
紙の上で少しずつ形が整っていく。
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机の端に、別の紙が置いてある。
進路サイトの印刷。
教育学部。
資格。
就職率。
安定。
同じ言葉が並んでいた。
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少女はそれを見る。
ほんの数秒。
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またスケッチブックに視線を戻す。
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「……まぁ」
小さく呟く。
誰に聞かせるわけでもない。
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鉛筆を置く。
スマートフォンを手に取る。
進路サイトを開く。
同じページ。
教育学部。
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画面をスクロールする。
資格。
就職率。
安定。
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少女は画面を閉じる。
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スケッチブックを見る。
描きかけの人物。
まだ完成していない。
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「あとでいいか」
小さく言う。
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鉛筆を置く。
机のライトを消す。
部屋は暗くなる。
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スケッチブックは閉じられないまま残る。
紙の上の人物は、
まだ途中だった。
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窓の外。
夜の街は静かだった。
遠くで電車の音が聞こえる。
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未来は、
まだ選ばれていない。
選ばれなかった未来も、消えるわけではない。




