【第10話】補正
正しいと理解することは、正しいことでしょうか。
翌朝。
評価ログが更新されていた。
《判断安定性:回復傾向》
《補正値:−0.1》
《改善推奨:迅速判断》
天城は数値を見つめる。
妥当だ、と思った。
0.7秒は長い。
緊急性のある判断において、
一瞬の遅延は誤差ではない。
迷いは、最適ではない。
⸻
若者の最新ログ。
《自傷確率:7%》
《幸福度指標:向上》
《社会復帰予測:安定》
完璧に近い。
音声記録を再生する。
「最近は?」
「問題ありません」
同じ声。
揺れはない。
天城は再生を止める。
十分だ。
過剰な介入は、依存を生む。
合理的ではない。
⸻
次の案件。
二十歳。女性。
《将来分岐:未確定率 高》
《推奨進路:医療系資格取得》
《成功率:91%》
女性は視線を落とす。
「絵を、描きたいんです」
端末は揺れない。
《市場適合度:低》
《持続可能性:不安定》
天城は言う。
「資格取得後でも、創作活動は可能です」
事実だ。
否定ではない。
順序の提示。
女性は唇を噛む。
数秒。
「……分かりました」
《進路修正:承認》
今回は、指は止まらない。
0秒。
ログに遅延は残らない。
《判断安定性:上昇》
《担当評価:+0.3》
画面が静かに光る。
⸻
帰路。
紬が隣を歩く。
「速かったね」
「適切だった」
「迷わなかった?」
「数値は明確だった」
紬はしばらく黙る。
「絵、描きたいって言ってたね」
「否定はしていない」
「でも後で、って言った」
「現実的な順序だ」
紬は空を見上げる。
「順序って、未来が決まってる人の言い方だよね」
天城は答えない。
⸻
センター。
《判断安定性:良好》
《補正値:解消》
《担当評価:+0.5》
加点。
回復。
整っている。
天城は思う。
正しい。
これは正しい。
迷わない判断は、社会にとって有益だ。
救える確率を上げる。
無駄を減らす。
感情は、不確実性を増やす。
合理的ではない。
⸻
帰宅後。
無意識に音声ログを開く。
「絵を、描きたいんです」
再生。
一度で止める。
必要ない。
0秒の判断は理想だ。
0秒。
遅延がない。
補正も入らない。
最適。
端末を閉じる。
そのとき、
わずかに指先が冷えていることに気づく。
空調の温度を上げようとして、
やめる。
理由はない。
迷わないことは、強さでしょうか。




