【第1話】予報
静かな未来の話です。
その日、雨は降らないはずだった。
降水確率は十パーセント。
傘を持つ理由は、どこにもない。
それでも紬は、迷いなく鞄に傘を入れた。
空を見上げもせずに。
「外れること、あるよね」
駅前のモニターに、今日の最適行動が流れる。
《効率を優先してください》
人々は足を止め、数秒で歩き出す。
確認しない者はいない
紬は見ない。
端末が震える。
《選択最適化アドバイスを受信しますか?》
彼女は通知を弾いた。
改札の向こう、ガラス張りの高層棟。
未来行動最適化支援センター。
七階の窓は開かない。
⸻
面談室で、天城は数字を並べる。
向かいの青年は、三年分の時間を抱えている。
《市場適合度:低》
《持続可能性:不安定》
「転向した場合の予測です」
上向くグラフ。
「今日決めれば、明日から安定します」
青年は頷いた。
《進路修正:承認》
電子音は小さい。
今日も一人、濡れずに済んだ。
⸻
《未登録個体:照合失敗》
受付映像に、傘を持った少女。
降水確率は十パーセント。
あり得ないのは、記録がないこと。
表示は一度だけ点滅し、
すぐに通常画面へ戻る。
未登録個体は、例外処理される。
「紬さん」
「雨、降りそう?」
窓の外は明るい。
「予報は変わっていません」
「そっか」
彼女は立ち上がる。
傘を持ったまま。
⸻
紬が去ったあと、部屋は静かだ。
《未登録個体:報告義務あり》
天城は通知を開く。
数秒だけ考え、
《要監視:登録済》
優先度は、最低。
窓に小さな水滴が弾ける。
一滴だけ。
《予測修正の必要はありません》
画面が告げる。
天城は承認を押す。
——雨は、降らなかった。
それでも。
折れ目は、消えない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。




