第十一話 情報網
翌朝、朝日が森を金色に染め始めた頃、霊夢たちは村長の家を訪ねた。昨夜の激戦の疲れはまだ残っていたが、村人たちが安心して眠れたことを思うと、心は満たされていた。
村長はすでに起きており、庭の手入れをしていた。顔には疲労の色が見えるものの、どこか落ち着いた様子で、霊夢たちに気づくと穏やかな笑みを浮かべた。
「おはようございます、勇者様たち。」村長は鍬を置き、霊夢たちを迎えた。「ゆっくり休めましたか?」
霊夢は頷きながら言った。「ええ、おかげさまで。あの、実は昨夜、村の近くでスケルトンたちの集団と遭遇しまして。」
村長の顔から笑みが消えた。警戒の色が瞳に宿る。「スケルトン……ですか? まさか、村の近くまで来ていたとは……。」
魔理沙が昨夜の戦闘について説明した。エリートスケルトンが現れ、激しい戦いになったこと、しかし、自分たちがなんとか撃退したことを話すと、村長の表情は次第に深刻になっていった。
「……エリートスケルトンまで……。」村長は低い声で呟き、深く息を吐いた。「やはり、見つかってしまったか……。」
妖夢が心配そうに尋ねた。「見つかった、とは……?」
村長は重々しく頷き、村長室へと霊夢たちを促した。「詳しい話は、中でしましょう。」
村長室は、昨日訪れた時よりも少し暗く感じられた。村長は机の椅子に腰を下ろし、真剣な眼差しで霊夢たちを見つめた。
「勇者様たちには、まだお話ししていなかったことがあります。それは、この世界を支配するモンスターたちの、情報伝達手段についてです。」
霊夢たちは静かに村長の言葉に耳を傾けた。
村長は続けた。「モンスター、特にスケルトンやゾンビといった知性を持つものは、我々人間には理解しがたい方法で情報を共有しているのです。魔法、あるいはそれに近い能力かもしれません。一匹のスケルトンが何かを知れば、それは瞬く間に他のモンスターたちにも伝わるのです。」
魔理沙は腕を組み、考え込むように言った。「まるで、ネットワークみたいだな。一箇所で情報が漏れると、全部筒抜けになるってわけか。」
村長は頷いた。「まさにその通りです。昨夜、スケルトンたちが村の近くまで来ていたということは、彼らが既にこの村の存在を認識した、ということになります。エリートスケルトンが現れたということは、単なる偵察ではなく、本格的な襲撃の準備段階かもしれません。」
妖夢は不安そうに言った。「そんな……それでは、この村は危険に晒されているということですか?」
村長は重苦しい表情で答えた。「残念ながら、その可能性は高いと言わざるを得ません。モンスターたちは、一度獲物を定めると、執拗に追いかけてきます。この村が狙われたとなれば、今後、さらに大規模な襲撃が繰り返されるかもしれません。」
村長の言葉に、部屋の空気が重く沈んだ。村人たちの穏やかな生活が、今まさに脅かされようとしている。
霊夢は静かに立ち上がり、村長に向き直った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
「村長、ご心配には及びません。」霊夢は力強く言った。「この村の安全は、私たちにお任せください。」
魔理沙もニヤリと笑い、斧を肩で担いだ。「安心しろって。私たち三人がいる限り、この村には指一本触れさせやしないぜ。」
妖夢もまた、凛とした表情で頷いた。「私たちも、この村を守るために全力を尽くします。」
三人と三匹のオオカミの力強い言葉に、村長の顔に、再び微かな希望の光が灯った。
「……勇者様たち……。」村長は感動したように言った。「本当に、ありがとうございます。あなた方こそ、まさに預言に記された勇者様たちなのですね。」
霊夢は微笑みながら言った。「預言がどうとかはよく分からないけど、困っている人を助けるのは、巫女として当然のことよ。それに、私たちもこの世界で生きていくためには、安全な場所が必要だしね。」
魔理沙は付け加えた。「ま、少しばかり、退屈しのぎにもなるしな!」
妖夢は真面目な顔で言った。「村長、私たちにできることがあれば、何でもおっしゃってください。この村を、必ず守り抜いてみせます。」
村長は深く頷き、霊夢たちの顔を一人ずつ見つめた。その目は、感謝と信頼に満ち溢れていた。
「頼もしいお言葉、感謝いたします。どうか、この村を、そして私たち村人を、お守りください。」
霊夢たちは力強く頷き返した。村人たちの希望を背負い、彼女たちの新たな戦いが、今、始まろうとしていた。
夜が明け、再び静けさが訪れた森の中で、異質な存在が蠢いていた。漆黒の体躯、細長い手足、そして紫色の瞳を持つエンダーマン。彼らは、テレポート能力を駆使し、影から影へと音もなく移動する。そのうちの一匹が、スケルトン部隊の壊滅という情報を掴み、主であるエンダードラゴンのもとへと急ぎ向かっていた。
エンダーマンは、数瞬で空間を跳躍し、瘴気に満ちた荒地を抜け、黒曜石の柱が林立するエンドディメンションへと辿り着いた。そこは、エンダードラゴンの支配領域、世界の中心であり、終末の地だった。
エンドの中央には、巨大な黒曜石の土台の上に鎮座する、漆黒のドラゴン、エンダードラゴンの姿があった。その巨体は、闇そのものを具現化したかのようで、周囲の空間をねじ曲げるほどの威圧感を放っている。
エンダーマンは、エンダードラゴンの前に瞬間移動で現れると、恭しく頭を垂れた。紫色の瞳は、畏怖の色を深く宿している。
「エンダードラゴン様……。」エンダーマンは、低く、しかし明確な声で報告を始めた。「スケルトン部隊が、異世界の勇者たちによって、全滅させられました。」
エンダードラゴンの真紅の瞳が、エンダーマンを射抜いた。その視線は、魂の奥底まで見透かすように鋭く、エンダーマンは身を竦ませた。
「……スケルトン部隊が、全滅、だと?」エンダードラゴンの声は、重く、空間全体を震わせるようだった。怒りというよりも、むしろ、予想外の事態に対する静かな驚きが込められていた。
エンダーマンは、さらに詳細な情報を報告した。勇者たちの圧倒的な力、ネザライト装備、そして、エリートスケルトンすらも打ち倒した事実。エンダードラゴンは、静かに、しかし注意深く、その報告に耳を傾けていた。
報告が終わると、エンダードラゴンは再び沈黙した。エンドの静寂は、一層深く、重苦しいものとなる。エンダーマンは、主の言葉を待つ間、息を殺して佇んでいた。
やがて、エンダードラゴンは、ゆっくりと口を開いた。
「……人間どもの力、侮れんな。」その声には、先ほどの静かな驚きに加え、僅かな警戒の色が滲んでいた。
エンダーマンは、恐る恐る進言した。「エンダードラゴン様、ここは一つ、私、エンダーマンの精鋭部隊を差し向け、奴らを排除するべきかと。」
エンダードラゴンは、一瞬考え込むように沈黙した後、ゆっくりと首を横に振った。「いや、エンダーマン部隊は温存しておく。奴らの力は未知数。ここで無駄に戦力を消耗するのは得策ではない。」
エンダーマンは、意外な言葉に戸惑いを隠せない。「では、エンダードラゴン様は……?」
エンダードラゴンは、真紅の瞳を遠く、霊夢たちがいる世界へと向けた。その視線の先には、小さな村が、そして、それを守るように立つ勇者たちの姿が見えているかのようだった。
「……別の駒を使う。」エンダードラゴンの声は、冷酷で、そして決定的だった。「より強力な、そして、より狡猾な駒を。」
エンダーマンは、主の意図を悟り、背筋を伸ばした。「御意。どのような駒を?」
エンダードラゴンは、一瞬の間を置き、ゆっくりと、しかし明確に答えた。
「ミュータントゾンビだ。奴らに、エヴォーカーに作らせたエンチャント装備を与え、送り込む。」
エンダーマンは、その言葉に僅かに息を呑んだ。ミュータントゾンビ。それは、通常のゾンビとは比較にならないほどの、狂暴性と耐久力を持つ存在。そして、それにエンチャント装備を付与するとなると……。
「エヴォーカーに、エンチャント装備を……?」エンダーマンは、確認するように尋ねた。
エンダードラゴンは、冷笑するように答えた。「そうだ。イリジャーどもの魔法は、時に厄介な力を生み出す。エヴォーカーに、奴らの持てる魔力を最大限に引き出させ、最高の装備を作り上げさせるのだ。」
エンダーマンは、全てを理解した。「承知いたしました。直ちに、エヴォーカーに指示を伝えます。」
エンダードラゴンは、再び沈黙し、エンドの空間は静寂に包まれた。しかし、その静寂の裏で、新たな脅威が、着実に準備されていた。
イリジャーの前哨基地、その奥深くにある魔法工房。薄暗い空間には、怪しげな魔法陣が幾重にも描かれ、異様な雰囲気を醸し出している。中心には、熟練したエヴォーカーが立ち、魔法の杖を忙しなく振り回していた。彼の周囲には、大量の素材と、未完成の装備品が散乱している。
エヴォーカーは、エンダードラゴンからの新たな指令を受け、ただちに作業に取り掛かっていた。彼の使命は、ミュータントゾンビに装備させるための、最高品質のエンチャント装備を作り出すこと。それは、イリジャーたちの魔法技術の粋を集めた、特別な武器と防具だった。
「フフフ……面白い。」エヴォーカーは、不気味な笑みを浮かべながら、魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。「エンダードラゴン様も、なかなか手の込んだ手を打つものだ。ミュータントゾンビにエンチャント装備……。一体、どんな化け物が生まれるのか、楽しみだな。」
エヴォーカーは、魔法陣を操作し、ダイヤのインゴットを素材とした鎧に、次々とエンチャントを付与していく。耐久力、ダメージ軽減、ノックバック耐性……。防御性能を極限まで高めるエンチャントが、鎧に次々と刻まれていく。
武器もまた、特別なものが用意された。ネザーの炎で鍛えられたダイヤの剣、そして、強力な魔法が込められた弓。エヴォーカーは、これらの武器にも、攻撃力上昇、火属性付与、射撃ダメージ増加など、戦闘能力を最大限に引き出すエンチャントを施していく。
魔法工房は、異様な熱気に包まれていた。エヴォーカーの魔法力が奔流のように溢れ出し、空間全体が歪んで見えるほどだった。彼は、まるで狂気に取り憑かれたかのように、一心不乱に装備品の製作に没頭していく。
数時間後、魔法工房には、完成したエンチャント装備がずらりと並んでいた。ダイヤの鎧は、魔法の力で鈍く輝き、剣は炎を纏っているかのように赤熱している。弓からは、魔力のオーラが溢れ出し、ただ置かれているだけでも、異様な威圧感を放っていた。
エヴォーカーは、完成した装備品を眺めながら、満足げに頷いた。「フフフ……これでよし。エンダードラゴン様、きっとお喜びになるだろう。」
そして、彼は、エンダーマンを通して、エンチャント装備をミュータントゾンビへと送り込む手筈を整えた。
新たなる脅威、エンチャント装備を身に纏ったミュータントゾンビ。彼らは、スケルトン部隊よりも遥かに強力で、そして、狡猾な敵となるだろう。霊夢たち勇者を待ち受ける戦いは、ますます苛烈さを増していく。そして、暗黒竜エンダードラゴンは、高みから、その全てを冷酷に見下ろしていた。