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第八十一話 留めを刺す

 龍は命の最期を察したように体を大きくそらした。アイラとビリーは龍の角につかまった。手袋をしていなかったら手が滑り落ちていただろう。なめらかな質感だ。

 アイラはビリーに目線を送った。

 あとは、一人でやる。

 ビリーがうなずき、龍の体から降りていく。


「大人しくしなさい。おまえはガナム村の人の命を奪った。私は許さない」


 アイラは龍の首を刺した。赤黒い血が吹き出してアイラの銀の甲冑に飛び散った。龍が叫び声を上げて、首を下ろし生臭い息を吐いた。


 アイラは角と角の間を見つめた。アイラの身長を越えるほど長い、先が鋭く尖った黒い角は見ているだけで恐ろしい。この角が誰かを傷つけることは許さない。


 アイラは剣を両手で握りしめる。

 この剣は自分の背骨。この剣は古い時代を終わらせる覚悟。この剣は命を守るための決意。渾身をこめて龍の頭に突き刺した。


 剣の柄の根元まで、深々と剣を刺す。


  ※


 ラティスが龍の体を斬りながら、下に降りていく。一瞬、彼はライモを見上げた。ライモは微笑んだ。


 肋骨から剣を作ったのは理由がある。

 自分の体の一つを犠牲にして龍を屠る。

 人に害を成す怪物だとしても、何かを差し出して殺したかった。

 それが心臓に近い骨の、肋骨だった。


 龍は首をもたげて、荒い息を吐いている。ライモは手袋を取って、なめらかな灰色の角をそっとなでた。


 両手で白い剣を握り、角と角の間をゆっくりと刺した。

 龍は口から血を吐いて、目が白くなった。

 ライモはそっと硬いまぶたを閉じさせた。


  ※


 龍の瞳が真っ白になった。

 轟音を立てて巨大な体が崩れていく。

 アイラはマントで砂埃から身を守り、角にしがみついた。

 大地に降り立つと、土煙の静寂の中にいた。アイラは龍の頭から降りて歩いた。


 ライモ――彼も龍を殺した。

 風で感じる。

 彼はきっと優しい殺し方をした。


 振り返ると、長々と大地に体を伸ばした龍の死骸がある。

 本当にこれで終わったのか。アイラは龍を睨んだが、白い目が再び色を戻すことはなかった。


「アイラ!」


 ヤグが抱きついてきた。ローレライ、ビリーが駆け寄ってくる。


「やった、やった、龍を倒した!」


 ヤグが無邪気に喜ぶ。


「よくやったわね。誰一人死なせずに龍を倒した。あなたは真の勇者よ」


 ローレライがアイラの頬にキスをする。


「おめでとう、あなたの勝利です」


 ビリーが敬礼をして微笑みながら泣いた。


「まだ勝利ではないわ。ガナム村の復興が無事に終わってからよ。そして龍の死体処理が残っている」


 アイラはマントを取り、甲冑を外して言った。ポニーテールに巻いていた赤いリボンをほどいて金髪を風に流す。

 空を見上げると太陽が戻ってきた。雲一つない青い空を見上げ、深呼吸をする。


「よかった。誰一人死ななくて、本当によかった。私が龍を倒したんだね、本当にできたんだ」


 アイラは泣いた。


「…………本当は、怖かった。龍を殺したら自分が残忍な人間に変わってしまうかと思った。でも」


 うう、とアイラは嗚咽する。


「私は、ちゃんと人間のままだ。今、誰も死ななかったと聞いてすごくほっとしてる。みんなもケガしなくて、よかった」


 アイラは泣きじゃくった。ビリー、ヤグ、ローレライが抱きしめてくれた。龍の鱗を取っていたヒガラが走ってきて、アイラの背中をなでてくれた。


 それからの帰り道は、国民たちが花道を作ってアイラを英雄と称えた。アイラは人々に笑顔を向けた。

 みんなが幸せでいて欲しい。だから私は女王になる道を選んだ。この気持ちをずっと変えないと、龍を殺した英雄は誓った。


 ⸻


 龍がナーガ川に沈んでいく。

 ライモは龍とともに川底まで沈んだ。龍の体の毒と血を睡蓮の根が吸い上げ、龍の体が消えていくのを見つめた。

 黒いうろこと銀の髭、角だけが残った。ライモはうろこ一つと龍の髭を抱いて川から上がった。


「ライモ!」


 ラティスが走ってきて、ライモに手を差し出した。ライモは彼の手を強く握った。


「無事にあなたは任務を果たされました。死人はいません、軽症者は数名。いずれも命に別状はありません。おめでとうございます、あなたの勝利です」


 ラティスが敬礼して言った。


「ライモ、どこもケガはないか? なかなか川から出てこないから心配した」


 ライモの肩に触れてそう言ったクイナは、泣いている。


「あれだけ巨大な化け物が出たのに、誰も死ななかった。奇跡だ」


 ダニアンがうわずった興奮した声で言った。


「よくやった」


 オーがライモの肩を抱いて言った。


「みんなの力があったからだよ。誰一人欠けてはいけなかった。ほら、戦利品だよ。龍のひげ二つ、たくさんのうろこ」


 ライモは龍のひげをラティスに渡した。

 銀色の切っ先を見つめていると、灰色の雲は流れて太陽が戻ってきた。晴天となって気持ちの良い風が吹いた。


「それは崇高な任務を果たした騎士に贈ろう。僕と君で龍を追い詰めた。留めを刺せたのは、君のおかげだ」


「ありがとうございます。俺はあなたに恥じない誇り高き騎士であり続けます」


 ライモが言うと、ラティスは目を潤ませて答えた。


「クイナさん。僕はあなたの背中を見て育ちました。あなたが僕についてきてくれたこと、魔術で助けてくれたことがとても嬉しかった」


 ライモはクイナに言って、龍のうろこを渡した。


「おまえ…………いつの間にか、俺の身長も越してたな。まったく、心配ばかりかけやがって」


 クイナが微笑んで涙を流す。


「ダニアンさん。あなたの土と風を操作する力は僕にはありませんでした。ダニアンさんのゴーレム、とても強くて助かりました。あなたはとても心強い存在です」


 ライモはダニアンの手を握って言った。その手のひらが魔力切れで冷えているので、そっとライモは指先に魔力を込めた。


「ああ、どうも。ゴーレムは疲れるからね。君が早く龍を倒してくれてほっとしてるよ」


 ダニアンが笑う。


「そして、オー。ありがとう」


 感謝を伝えると、オーはライモを柔らかく抱きしめた。


「さあ、休んで帰ろう。みんな英雄の帰りを待っているぞ」


 オーが言った。「そうだな」とクイナが答える。ダニアンはテントに入って眠り、ラティスは龍のひげを嬉しそうに眺め、ライモは服を着替えてオーが焼いてくれた魚を食べた。


「アイラも無事に龍を倒せたよ。あとは、村の復興だ。一日も早く、村を復興させよう」


 ライモは勝利を祝福している騎士たちを眺めて言った。

 アイラもきっと同じことを考えているだろう。


「その前に、アイラとライモの結婚式だろう。龍殺し英雄二人の結婚式なんて初めてだ。俺が教会を建てようか?」


 オーの言葉にライモも笑った。


「いや、建てるなよ。そうだなぁ、確かに盛り上がるし避難している人たちに楽しんでもらえるなら。でもお金はかけたくないってアイラは言うと思う。復興予算優先で。だったらさ、世界樹の広場でやろう」


「教会の方がいいだろう。ステンドグラスなら任せろ」


「そんな予算ない。世界樹の広場で国民に祝福されて結婚式も披露宴もしたい。そうだなぁ、日取りはアイラの誕生日。誕生祭も結婚式も一緒にやればいいじゃん。あ、コダールさんに神官頼もう」


「では衣裳、花嫁衣装と花婿衣装を作らなければいけない」


「んー、それもあれ。仮面舞踏会で着たヒラヒラのがある。…………実はあれ、僕は気に入ってるんだよね。あれ似合うの僕ぐらいでしょ?」


 ライモは目を細めて、得意げに言った。


「では、俺は何を作ればいい。二人に何かしたい気持ちでいっぱいだ! 二人を肩に担ぎ上げパレードをしよう」


「嫌だよ、そんなのっ! んー…………オーは料理がうまいから披露宴のご馳走を作ってみんなに振る舞ってよ。会場は世界樹の広場の木陰、誰でも来られる立食パーティー。そうしよう。帰ってアイラと結婚式の話をするの、楽しみ。きっと意見が合うと思う」


 ライモは空を見上げて、アイラを想う。

 初めて会った時、体当たりしてきた。

 自分を選んでくれた。

 手を引っ張って、アイラの明るい世界に連れて行ってくれた。あの太陽の笑顔を、一心に向けてくれた。どんなにライモが深い絶望に沈んでも、彼女は待ってくれていた。


 愛しているなんて言葉では足りない。

 決意をともにして戦い抜いた。


 この先、どれだけ遠く離れても、アイラとは魂で繋がっている。

 双龍を同時に殺し英雄であり、共犯者だ。


 ⸻


 龍が空を覆い尽くして太陽を消し去ったとき、人々は絶望した。しかしその時間は驚くほど短かった。アイラ女王と宮廷道化師ライモ、二人の勇者が龍を殺した。

 太陽が高く上がったとき、人々の気持ちも高揚した。


 ナーガ川の合流地点、危険地域とされたアマネ側の要塞にいたレイサンダーは鳥肌が立った。アマネ川防衛隊は大砲を一発撃っただけだ。誰も剣を抜かずに勝利した。


 誰一人、死ななかった。

 軽症者だけで済んだ。


「これは奇跡的だ。俺たちは歴史的瞬間に立ち会った!」


 勝利を歓喜する騎士団の声を聞いて、レイサンダーはよろめく。その手をしっかりと握ってくれる手があった。

 手の甲に無限星の印がある魔術騎士、イニアスだ。彼のたくましい腕がレイサンダーの背中を支えて、微笑んだ。

 彼もレイサンダーと同じく安堵している。イニアスが作り上げた岩の防波堤が消えていく。


「ありがとう、気が緩んでしまって」


 レイサンダーは耳に髪をかき上げて言った。


「礼を言うのはこちらだ。君の指揮は素晴らしかったよ。さて、帰り道が大変だ。俺たち英雄を祝う人々の祝福で、なかなか帰れないかもしれない」


 イニアスの言葉は本当になった。

 アステールは双龍の伝説で沸騰した。


 悪は倒された。人類史は続く。

 

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