第八十話 双龍との対決
朝早く目覚めたライモの心は落ち着いていた。先に起きていたオーが熱いコーヒーを淹れてくれた。朝食を食べ終えて、ライモは深呼吸をして体の筋肉を伸ばす運動をした。
「クイナさん、ちょっと僕の背中に体重かけて」
ライモが言うと、クイナはライモの背中に寄りかかった。ライモは股関節を開いてぺたんと上半身を地面につけた。
「すごいな、ライモ。体、柔らかい」
ラティスが褒めてくれた。
「…………クイナさん、そろそろ退いてくれません?」
「すまん。子供の体温があったかくてな。しかし朝は冷えてきたなぁ。そろそろテント生活も厳しい」
クイナが首にマフラーをぐるぐる巻いて言った。
「君たち、落ち着いているねぇ。龍が出るんだよ」
呆れ半分、感心半分という顔でダニアンが言う。
「怯えていても仕方ありません。策は練り、応戦の準備は整っていますから。それに、なんだか不思議と勇気が湧いてくるんです。昨晩の満月の夜、みんなの無限星の印が光った。それはきっと勝利への導きです」
ライモは笑顔で言った。
満月の夜、星たちは強い光を見せた。
「そうだな。あれには驚きましたね、とても神秘的だった」
ラティスも笑顔で言う。元気が良さそうだ。
「では、装備を整えて川辺で龍を待ちましょう」
ライモの言葉に皆が頷いた。
晴れていた空が川に近づくと急に曇りだし、パラパラと雨が降り出した。
川辺に着いた頃には激しい雨になった。ダニアンが地に手をつき、堤防を石で強化する。
灰色の空に金の亀裂が走り、雷鳴が轟いた。
川の流れが急激になり、睡蓮が揺れる。騎士たちが要塞から怒号を上げる。
川の中腹で水が溢れた。
黒い角が天を突く。長い牙が空に突き立てられる。水に濡れた漆黒の鱗に覆われた蛇のような体は、どこまでも川から伸びてくる。龍は上空を覆い尽くし、咆哮を上げた。
ライモは剣を抜いて、真っ直ぐ振り下ろした。蓮の花が動き、ヒスイカズラが動いて増殖する。龍が口を閉じた。
「行ってくる」
ライモは川に飛び込んだ。川底の石を飛ばして龍に当てる。地上では矢が走る音、騎士たちが鬨声を上げて、大砲の爆発音がした。
ライモは龍の尾に忍び寄り、鱗の間を剣で刺した。暴れる龍の体を避けて、斬ったところにヒスイカズラと蓮の根を差し込む。たちまち蓮根は黒く変色した。
ライモは水中で蓮根とヒスイカズラの根を操り、龍の体を縛った。ヒスイカズラが龍の血を吸い上げ、太かった胴体が細くなっていった。計画通り、いや、予想以上に効果があった。
ライモは剣を握り、龍の体を駆け上がり、川から出た。
水滴を飛ばしながら龍の背を上がる。龍が身をよじっても動いても、ライモは振り落とされなかった。修行の書から出る時に体験した、踏み出すと消える階段よりマシだ。しかも今はヤグというお荷物もいない。
オーが龍の体を蹴って殴っている。ダニアンが造り出したゴーレムが龍の体をがっしり掴んでいる。
クイナは防衛魔術でオーとダニアンたちを守っている。
「ラティス!」
ライモが呼ぶと、ラティスも龍の背中を駆け上がってきた。
「龍は攻撃で弱ってる。勝てる!」
ラティスが叫ぶ。
「当たり前だ!」
ライモは答えた。
※
「今ですよ、イカル様。龍が出現し、攻撃により弱っています。さあ、この龍を操れる銀の弓矢で龍を射るのです」
フループが弓矢を渡すと、イカルはニヤリと笑った。
「よし、まずは女王の首を狩りに行こう」
「はい。では、赤い龍の方へあなたを移動させます」
無限星の印の魔法陣をフループは杖で突いた。イカルの姿がかき消える。
「…………愚かな男だ」
フループはフードを取った。頬に深い傷がある。イカルから妻を奪い返そうとした時につけられた傷だ。
美しい妻はイカルに連れ去られ、犯されて殺された。フループは五年もかけて移動魔術を習得し、魔術協会から正式に申請をもらった。
イカルは多くの者を苦しめた。
その者たちのイカルを呪う気持ちが、フループの背中の無限星の印に集っていく。フループは復讐を背負う男だ。
※
アイラはビリーとともに、龍の背を駆け上がる。龍が体勢を変えることを察知してすぐに飛んで背に着地する。鱗の上に足がかりをしっかりつければ、落ちることはない。
魔術書の消える階段よりマシだった。
龍が体を捻って咆哮を上げ、食らいつこうとしてくる。
ビリーがその口を切りつけた。牙の間から血を流して龍は体をよじる。
ビリーが龍の頭の上に飛び移り、さらに口の中を斬りつけた。
「ジャーン、女王様。俺が来たぜ」
目の前に生臭い臭いがして、イカルが現れた。イカルはあぐらをかいた姿勢で宙に浮いている。
「さて、これを使う時が来た。お姫様の夢はここで終わりだ。この龍は俺様のもの」
イカルが銀の弓矢を構え、矢を放つが、遠く向こうの方へ消えていった。
アイラはイカルが持っている銀の弓に剣を引っかけて、地面に捨てた。
「何をしに来た? 邪魔だ、どけ」
アイラは剣をイカルに向けて言った。
イカルは焦った様子で目を泳がせ、自分の肩を抱いて何かブツブツ言っている。
「邪魔なんだよっ!」
アイラが剣で斬りかかろうとすると、イカルは消えた。
「また逃したっ。くそっ。でも今は龍が先だ」
アイラは龍の角の間まで走った。
※
川は蓮の花で覆われた。ヒスイカズラは狂い咲きしている。龍の血と毒で蓮根は肥え太っている。龍の鱗の間には弓矢や剣が刺さっている。ゴーレムによる捕縛も安定感があった。
こちらに口を向けて噛みつこうとした龍の舌を、ラティスが切り落とした。
「さあ、行け、ライモ!」
ラティスの言葉でライモは龍の角の間を目指した。
龍は弱っている。あとは急所を刺すだけだ。
いきなり目の前に、半裸の男が現れた。たくましい背中に無限星の印がある。おごそかなその背中を見て、ライモは止まった。
「勇者ライモ様。ご覧になってください。あの、愚かな者の最後を」
男が言って、龍の頭部を指差した。
天から縄が下がって、イカルが逆さに吊るされている。
「た、助けてくれー! ら、ららいも。あのさぁ、あの時は本当は気持ちよかったねぇ? あの時、きみ、お、俺に抱かれてさぁ。また気持ちいいことしよ?」
鼻水とよだれまみれの醜い顔でイカルが言った。
ライモは指を鳴らした。
縄が解けて、イカルは龍に喰われた。
イカルの絶叫がしばらく響き、ライモは不快で耳を塞いだ。
「さあ、どうぞ。これで心残りはないでしょう」
男は振り返り、ライモに笑顔を見せた。
「うん! ありがとう」
ライモは男にとびっきりの笑顔を見せた。




