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第七十九話 龍がくる

 ラティスとの二人三脚の訓練が終わり、ライモはオーが作ったスープを食べた。限られた食材で、オーは味付けや調理法を変えて胃袋を満たしてくれる。そしてライモの武具も作ってくれた。


 甲冑は動きにくいのでレザーのベストを希望すると、オーが縫って作ってくれた。背中の裏にポケットがあり、ホルオー師匠の遺骸布いがいふ、を入れられる。


 ホルオーの遺骸布には龍の目撃談があった。およそ五百年前、山から龍が出現し剣士たちが戦ったと記録されている。


 ライモは龍討伐の勇者に選ばれてすぐにクイナとバティストにこの記述を見せた。

 バティストはライモがホルオー遺骸布を持っていることに驚かず、魔術協会に没収されるかと思ったが、ライモが持っていることが許可された。遺骸布は細かい字でびっしりと文字が書かれており、古代文字も混ざっており解読はクイナの協力がないとできなかった。


「龍に毒があるとわかってよかった。しかし、植物の力で毒を吸い出すとはおまえらしいな」


 クイナが言った。彼は小さなまな板に薬草を乗せて刻んでいる。あらかじめ毒耐性がつく薬だ。


「そうでしょう。けれどクイナさんがあの古代文字を読めて助かりました。僕一人の力では無理でした」


 ライモはクイナが切った薬草を鉢ですりつぶしながら答えた。


 ヒスイカズラのつるを蓮の花の根に絡ませて、川の中に罠を作った。

 ヒスイカズラは他の植物に絡む面積が広い。乾燥さえ避ければ、そこそこの強度がある。


 ライモはヒスイカズラをクスノキから房状に垂らして大量に咲かせ、その根は蓮根へと繋げた。


 ヒスイカズラを水と魔力で増殖させて、龍に切られてもすぐに根を再生させ、毒は蓮根に吸わせることで、川も毒で汚れない。龍の血が流水するのも防げる。


 ナーガ川から龍を移動させない。

 要塞で完全に包囲する。村の対岸の島にもヒスイカズラと蓮の花の罠を張った。

 ナーガ川の合流地点アマネ川もレイサンダー隊が防備を完了した知らせがあった。布陣に抜かりはない。


 空気の振動を、ライモは聞いた。鋭いきっ先が見えて、ライモは木にもたれかかっていたオーを突き飛ばした。頭上で風を切る鋭い音と幹が振動する音が聞こえた。

 弓矢だ。

 敵襲かと剣の柄に手をかけるが、気配はない。


「これは文矢だ。アイラの印がある」


 クイナが幹から矢を抜いて言った。


「なんだ、びっくりした。オー、怪我はない?」


 ライモは押し倒す姿勢になったオーに言った。

 大丈夫だ、そう答えたオーに抱き上げられてライモはクイナが開いた文矢を見て驚愕した。


「明日、龍が襲来する!」


 ライモの叫びを聞いて、休んでいたラティスが飛び出てきた。


「これは…………妹の字だ。今夜は満月。なるほどな、新月の日に龍が出る、か」


 クイナが呟く。


「時間はわからないのかな。ラティス、隊に知らせてきてくれ。僕は川を見てくる。何か異変があるかもしれない。クイナさんはダニアンさんに伝えてください」


 ライモは走った。オーが後ろをついてくる。

 ついに時が来た。どれだけ頭の中で作戦を立てても、不安がある。誰一人死なせたくない。未知に対抗するには想像力を働かせて、やれることはすべてやるしかない。


 ライモは服を脱ぎ捨てて川に入った。川底まで戻り、石に触れる。目を閉じて水音を聞く。体温が急激に下がった。まるで氷水の中にいるようだ。


 頭の奥で、青い目が開くのが見えた。

 龍の目は青だ、深く絶望に沈んだような、光のない目だ。

 体を龍がはい上がってくる、冷たい。


 ライモは幻影に飲み込まれかけた。

 オーに手をつかんで、引き上げられる。ライモは川から上がって震えた。オーにマントで包まれる。


「…………龍は間違いなく、来る。間もなくだ」


 ライモは冷たく黒い鱗を想像して震えた。

 想像よりその体は巨大で残酷だろう。


「誰も死なせない。俺もおまえ同じ覚悟だ」


 オーが決意の瞳で言った。

 白銀の美しい満月の夜だ。

 なんと不吉な、底が抜けたように美しい満月だろう。


 オーのうなじが発光した。


「なんだ、うなじが熱い」


 オーがつぶやく。ライモはオーの無限星の印が光輝いているのを見た。その光を見てライモの体の震えは止まった。


  ※


 一人の家ではムダに熟考してしまう。仕事から帰ってきたジーモンはライモの部屋の空気を入れかえようと、窓を開けた。


 見上げた月が異様に近く感じられた。足の裏が火がついたように熱くなった。足の裏の無限星が光っている。背筋がゾッとした。今夜の月はやけに丸く巨大だ。


 サニーはリディアを城の見張り台まで引っ張って行った。

 リディアが空を見上げると、前髪が風になびき、額の無限星の印が光った。サニーの肩の無限星の印が光っている。


「うわっ、リディアさんも! 僕たちもなんです。なんだか無限星を持つ人たち、みんな光ってる」


 フーオとイーモンドが走ってきて言った。


「ついに龍が出る。この満月は異様よ」


 リディアが言った。


 ハイムは手術中、手袋を通して手の甲が光っていることに気づいた。


「クララ、すまない。私の手の甲を少し抑えてくれ。光が眩しくて見えない」


「先生、私の手の甲も光っています。誰か、応援お願いします!」


 クララが叫ぶと、夜勤のヒストラーが来て執刀を交代してくれた。ヒストラーの背の無限星の印がシャツを通して光っているのが見える。


「何か起きそうな予感がします。同時に、無限星が光るなんて」


 クライブが眉を寄せて言った。


 ついに龍が出るとアイラ隊から文矢が届き、騎士隊は混乱した。レイサンダーは一番高い要塞に上り、手首をかざした。

 月光よりも強く輝く無限星を見せた。


「みんな、落ち着いて! きっと大丈夫よ。あたしがいるわ!」


 レイサンダーが叫ぶと、「おお、そうだー!」と声が上がった。他にも隊のいる者の中にいる無限星を持つ者たちは光輝いていた。レイサンダーはこの現象を不思議だと思わなかった。

 導かれている。


 赤ん坊を抱いてあやすヘレナの腕、絵を描いていたアンの手、選挙運動に疲れて寝ていたシモンズの肩、髭の歌姫マリア、平和連の人々、108の星たちは満月の夜に光った。

 

  ※


  龍が出る。そう聞いてまずアイラがしたことは、熟睡することだった。体の強度をあげるには睡眠で疲れをとることだ。ヒガラを押し退けてふかふかのベッドでアイラはよく眠った。


「自分でも不思議なほど、怖くないのよ」


 朝食のパンを食べながらアイラは言った。

 ゆで卵も二つ食べる。


「龍がくるっ、龍がくるっ。いよいよや、うちの雷落としたるで!」


 ヤグがはしゃいで走っている。ヒガラは穴から出てこない。

 ローレライは矢を背負い弓を構えている。

 ビリーは防衛の最終確認をしてアイラの元に戻ってきた。


「アイラ。私があなたの背中を守るから。龍の背に駆け上がってね」


 ビリーが力強く言った。


「うん、信じてるよ」


 アイラは笑顔で答える。


「くるぞっ!」


 穴から出てきたヒガラが叫ぶ。


 地面が揺れた。立っていられないほどの揺れの中、アイラは赤いマントをひらめかせ、仁王立ちした。剣を抜いて構える。


 赤いガナム山の山肌が隆起した。土が地面に落ちて赤黒い鱗が見えた。赤土の砂埃から、ローレライの防御魔術が守ってくれた。

 透明な膜に守られながらアイラは龍の出現を見た。


 地響きで耳鳴りがした。

 山を越えるほど巨大な龍が、朝日を飲み込むように巨体で隠してしまった。


 地上は真っ暗になった。


 鋭く長い牙に獰猛な目の龍が、唸り声をあげて迫ってくる。

 大砲が放たれる音がした。

 龍の体は少しだけ揺れて、すぐに体勢を立て直して長い体をぐねらせて迫ってくる。ローレライが龍の鱗の間に弓を射る。

 弓隊の矢は半数が射させず落ちた。

 第一隊が龍のひれのついた尾を狙うが弾き返され、ローレライが片手で土を盛り上げて騎士たちの盾を作る。


「でやーーー!」


 ヤグが叫んで、稲光が走り龍の体に落ちた。龍が叫び、体をのけぞらせた。もう一発、雷が落ちる。


 ヒガラが、飛んだ。

 龍の鋭い髭にぶら下がる。振り落とそうとする龍の動きにもびくともせず、ヒガラは龍のひげを抜いて地面に落ちた。そのまま走って龍の尾に髭を突き刺す。

 龍の動きが、一瞬、止まった。

 唸り声も叫びも出ない、ただ口を開けて短い足を何かつかもうと動かしている。


「今だっ!」


 アイラはビリーと走った。

 

  ※


「オー…………おまえは、この世界について、知りすぎているんじゃないか。おまえはどこまで放浪してきたんだ」


 オーの無限星が光るのを見た時、ライモは自分でも思いがけないことを言った。

 唇に手を当ててライモは考える。


「おまえは、僕とほぼ同然の存在では」


 そう言うと、また頭の中でカチッと音が鳴った。


「そんなことより、早く体を温めて休め。おまえが今すべきことは龍の出現に備えて休むことだ。睡眠をとれ」


「ああ、わかった」


 ライモはオーの言うことに従い、焚き火で体を良く温めてから眠ろうとしたが、頭が冴えて寝付けない。なんとか目を瞑り寝袋に体を押し込む。


 アイラ。彼女なら、きっと強く戦う。

 ライモはアイラの明るい微笑みを思い出し、心を落ち着かせて眠った。

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