表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/84

第七十八話 水中戦

 蓮の根の間を泳ぎ、ライモは静かに泳いだ。サメは口を開いて鋭い牙を見せつけてくる。しかし、巨体は川では狭すぎる、動きにくそうな巨大サメの魔物にライモは哀れさを感じた。


 水中でライモは自らの肋骨で作った剣をかまえた。

 銀色の光にサメがたじろいだように見えた。


 尻尾をジタバタさせているサメの腹の下に行き、ライモは一気に剣で突き刺した。暴れるサメを切り裂く。黒い血で前が見えなくなる。サメは叫び声もあげず、血を流して骨になった。

 あまりにもあっけない。

 血は川の下へと流れていった。ライモは水中に出て、口の中に入ってしまった血を吐いた。


「ぎゃーーー!」


 叫び声がした。

 ラティスが両頬に両手を当てて、白目をむいて叫んでいる。


「ち、血だらけじゃないですか! あーーーしかもこんなに血を吐いて! 死なないで、お願い死なないで!」


 ラティスが急に抱きついてきたので、ライモはよろめいて彼の肩に身を任せた姿勢になった。そのままラティスがしゃがんだのでライモは彼の膝に頭を乗せる姿勢になってしまった。


「あーーー誰かぁ、誰か助けてください! 助けてください! ライモ様が死んでしまう!」


「ちょっと、ねぇ、ちょっと。死なないから。飲みこんだ血を吐いただけで…………

 ちょっと、聞けって!」


 ライモは起き上がってラティスの肩を揺さぶった。

 ラティスが泣きやまない。


「川の魔物はライモ一人でやったか。偉いぞ」


 オーがライモの頭をなでる。


「やめろ! ライモ様は血を吐いて死にかけているのに!」


 ラティスがオーに歯を剥き出して怒鳴った。


「死にかけてへんねん、ショックから目ェ覚ませ!」


 ライモはラティスの頬を叩いた。


「あ、ライモ様…………生きてる」


「うん、あれ僕の吐血じゃないから。あとこれ返り血。君、もっしっかりしてくれる? その情緒でほんまに騎士なん? ちゃんと状況、見てや」


「よかったぁ、ライモ様、生きてる。すごい西の言葉で叱ってくださっている」


 ラティスが泣く。 


「もう、君の情緒不安さに付き合ってらん。うわぁ、魔物の血気持ち悪い」


 ライモは血だらけのシャツを脱いだ。


「すまん、ライモ。イカルは逃してしまった。けれど魔物二匹は倒した」


 オーが頭を下げる。


「すまない。追い詰めたが、一瞬で消えてしまって」


「申し訳ない」


 クイナとダニアンが謝る。

 ライモはおそるおそる、イカルがどのような人物だったか聞いた。どうも臆病な男としか思えず、ライモは笑った。

 十五歳の時に感じたイカルの恐怖と、クイナたちから聞かされたイカルの様子はあまりにもかけ離れている。


「次は必ず捕まる」


 オーが悔しそうに言った。


「その様子なら、次はもっと怯えてくるでしょう。僕は水浴びして来ます。オー、着替え持ってきて」


 ライモは言い、服を脱ぎ捨てて清らかな水の方を泳いだ。

 サメの魔物もたいしたことなかったし、育てた蓮が壊されなくてよかった。


 龍の襲来までもうすぐ、待ちきれないと感じるほど、ライモは強くなっている。サメを切った時に感じた、水の中の方が剣が扱いやすい。水の中でこそライモの動きは活きる。


 ※


 叩き割られた黒い花瓶に、赤いバラの花びらが落ちる。イカルがライモに贈りたかった赤いバラのブーケは灰になった。

 イカルは血が出るまで爪を噛んでいる。


「みんな俺を裏切った。俺が作ってやって育ててやったのに、魔物どもはみんな使いものにならなかった! 一瞬もライモの姿を見れなかった」


 ぶつぶつと呟きながら、ダンスホールを歩き回るイカルをフループは哀れみの目で見つめた。

 イカルは一人だ。

 力任せで脅して連れてきた海賊たちは、気に入らないと彼が殺してしまった。そして数人はフループの手助けで逃げた。


「焦ってはいけません。龍が出現しその時を狙うのです。ライモは水属性の魔術師、潜水から攻撃するでしょう。龍が出ればライモも逃げてはいられない」


 フループが言うと、イカルは嬉しそうに笑った。


「そうか、そうだな。今は我慢する時だ…………くっくく、奴らめ、さすがに龍には怯えるだろう」


「そうです。今は我慢の時です。龍の出現はあと五日ほどでしょう。混乱の時を狙いましょう」


 フループは丁寧に言った。

 クズ野郎め、単純で幸せなことだ。フードの下から浮かれて踊り始めたイカルを睨む。

 フループの背中の無限星の印は復讐心で熱を発した。


 ※


 ライモはラティスの右足と自分の左足を紐で結んだ。

 ラティスの肩に腕を回すと、ガチガチに緊張している。


「さぁ、君は僕の背中に手を回して。この体勢でまずはゆっくり歩こう。最終目標は呼吸を合わせて走ること。子供の頃、二人三脚、やったことない?」


 ライモの問いにラティスは首を振った。


「なるほど、二人の息が合ってないと走れない。二人三脚って聞いたことあるか?」


 薬草を鉢ですりつぶしながら、クイナがダニアンに質問した。ダニアンも聞いたことがないと答える。オーは岩を持ち上げて筋力を鍛えている。


「そうなんだ。子供のころにやった記憶があるんだよね。その時も確か、相手が緊張してて。あの時、どうやったんだろう」


 ライモは十二歳以前の記憶を思い出そうとすると、頭にもやがかかったようになる。


「とにかく、君には僕と息を合わせてもらわないと困るんだ。僕が龍の頭を刺す時、君にサポートして欲しいから。たとえば僕が龍の体の上でよろけても冷静でいて欲しい、だからこうして特訓するんだ」


 ライモはラティスを見つめて言った。彼は唇をぎゅっと結んでうなずく。


「見て慣れろ。俺はライモが小さい頃から見てきたから、慣れた。ラティス、ライモだって人間だ。ガキの頃は鼻も小便も垂らしてた」


 クイナが作業をしながら言う。


「んー、まあ、そうだよ。君さぁ、その僕を崇拝するのやめた方がいい…………なんだ、これ、自分で言って恥ずかしいな。いやだから、普通に接して。君、人間。僕も、人間。それに君の方が年上。ほら、ライモって思いっきり呼び捨てして」


 ラティスの顔が赤くなる。


「ら、ららら」


「ほら、お願い。ライモって呼んで」


 ライモは上目遣いで甘い声でお願いした。


「ライモ!」


 ラティスが目をつぶって叫ぶ。


「よし、できたじゃん。じゃあ、行くよ、まずは一歩踏み出そう」


 ライモはラティスの肩を叩いた。


「ほら、背中に手を回して。ちゃんと体くっつけないと歩けない」


 ラティスの腕がライモの背中に思いっきり、どん、と当たった。ライモは前のめりになる。


「すみませんっ! き、緊張して力加減がっ」


「い、いい加減に」


 ライモは顔を上げて、ラティスの胸ぐらをつかんだ。


「いい加減にせぇよ! おまえがチンタラしとったら、練習進まんやろ。僕が気を遣ってこうして教えやってとんのに、おまえいじいじと。そのおまえのキャラもうこっちは飽き飽きやねん! しゃきっとせい!」


「あ、はい」


 ライモに怒鳴られて、ラティスはシャキッとした。


「あいつ、修行から帰ってきてからああなんだ。怒ると西の言葉が出るんだ」


 クイナがダニアンに説明する。


「迫力がありますね。怒らせないようにしよう」


 ダニアンは呟く。

 なんとかライモとラティスは息を合わせて歩くことはできた。


「君の身体能力、信じてるからな。龍の体を乗りこなす気合いでいくよ、ラティス。さあ、走るぞ!」


「わかった、ライモ!」


 ラティスが元気よく返事をしたので、ライモはにっこり笑う。


「君、走るの早いじゃん! そういえばラティスって好きな食べ物とかは何?」


 ライモは走りながらラティスに話しかけた。


「ブロッコリー!」


「ブロッコリー、一番好きな食べ物がブロッコリーって。騎士になってよかったことは?」


「いい仲間と出会えた。そしてライモとこうして走れるっ」


「そうだね、いい仲間と出会うって大事だよね。君は護衛騎士やめて、ちゃんと警察騎士になった方がいい。君のブレなさは絶対に必要だよ」


「そうする。ライモ、二人で走るって楽しいな!」


 ラティスがライモに、彼らしい生き生きとした笑顔を見せた。

 もう萎縮していない。


「うん! 龍討伐、がんばろうね」


 ライモも微笑み返した。


 ※


 夜、穴からヒガラは這い出た。

 巨大な法螺貝を魔術で出して、思いっきり吹く。

 アイラがテントから飛び出してきた。ローレライが寝起きの不機嫌な顔でヤグを叩き起こす。


「何があったの!」


 ビリーが騎士隊の野営地から走ってきた。


「はい、注目。あした、龍が出る。龍が出るぞー!」


 ヒガラは満月に向かって怒鳴った。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ