第七十五話 魔物、襲来
ビリーとヒガラの魔術で野営地はテキパキと設置された。
ヒガラは自分だけ柔らかなベッドを作り、ビリーにそれをアイラにも作れと言ったが「これは自分用しか無理だ」と断った。
アイラは笑って、別にいいという。寝袋で寝るのも慣れてきた。ようやくガナム山にたどり着いた。
続々と軍備した騎士団もたどり着き、要塞が築かれる。
アイラはそれを見ているだけではなく手伝った。
ヒガラは穴を掘り、地層の音を聞いてあとどれくらいで龍が出現するか調査した。
「二週間後ぐらいだ。地響きからしてかなり大きいな。ヤグ、おまえは弓隊を作れ。まずは龍の下半身にダメージを与えて動きを鈍らせる」
ヒガラが言った。二週間後。もうすぐだ。
「ヤグ、おまえ話を聞いてないだろう!」
しゃがんで砂遊びしているヤグの背中をヒガラが蹴飛ばす。
「あの子、記憶力がないのよ。面倒だわ」
ローレライが言った。
「実は言うと私、この隊のメンバーはこれでいいかとバティスト様に質問したよ。今更言っても仕方ないけどさぁ」
ビリーが肩をすくめて言った。真面目なビリーにとって破天荒なヒガラとは相性が悪い。
「弓なら任せておいて。巨大生物に対抗できる毒矢、あるわよ」
ローレライが悪巧みをしている笑顔でヒガラに言う。
よし、おまえ有能だな、とヒガラが評価する。
「うわぁ、なんだあれは!」
騎士たちが悲鳴をあげて、こっちに逃げてくる。
苔色の鱗が生えた巨体が見えた、そして地面を揺らす音、不穏な空気の揺れ方。巨大なトカゲに鷲の背中が生えている。
一瞬、龍かと思った。違う、また別物の生き物だ。
その生き物には、若い男がまたがっていた。襟足の長い黒髪に鋭い目、にやりと笑っている酷薄な表情。
「よぉ、女王様。俺はイカルだ。特別に俺のペットちゃんの魔物を見せにきてやったぜ」
男が言った。イカル。その名を聞いたとき、アイラの頭の中で火花が散った。
「イカル…………スメラの王子、イカル」
「おやおや、俺は有名人だな。女王様に名前を覚えていただいていたとは」
イカルが笑う。
アイラは剣を抜いて、イカルに向けた。
「忘れるわけないだろう! 私のライモに酷いことをした男! そっちから来てくれてよかったわ。おまえだけは許さない…………殺さない程度に斬るっ。今から命乞いの言葉を考えろ!」
アイラは魔物の顎を蹴り、イカルの肩を剣で斬ろうとした。
イカルは地面に転げ落ち、ぎゃあああと魔物が叫ぶ。太い弓矢が魔物の首に刺さっていた。
「どりぉーーー!」
ヤグが叫ぶと稲光が走り魔物に雷が落ちる。追撃でヒガラが魔物の羽根に火をつけた。
「私の出番、なかった」
ビリーが呟く。
「待てコラっ!」
アイラは逃げるイカルの尻を蹴飛ばし、イカルの顔の真横を剣で突き刺す。イカルは震えながらこっちを睨みつけると、煙となって消えた。アイラは舌打ちをする。
「くそっ、逃げられた!」
アイラは怒鳴った。騎士たちがざわついている。
「あの女王、守る必要なさそうだ」
「さすが勇者女王…………」
「なんやこの魔物、めっちゃ弱かったな」
ヤグが煙をあげて骨になった魔物を見て言った。
「ふむ、この骨は何かに使えそうだ」
ヒガラが骨を拾う。
「やめときな、それバティスト様に提出しないと叱られるわよ。あのイカルって男、なんなの」
ローレライがビリーに尋ねた。アイラはまだ殺気立っている。
ビリーはローレライにひそひそ話でイカルのことを教えた。
「うわっ、とんでもなく気持ちの悪い犯罪者ね。そりゃアイラが怒るわ」
ローレライは納得して言った。
※
ライモの幻影を作り出しイカルは癒しを求めた。
「くそっ。ジョーカーには裏切られた! 飼い慣らし過ぎたな…………」
イカルは食堂で黒いバラの花を手にとり、隣に座らせたライモの幻影の髪に飾る。
「もう俺は我慢できねぇ。次はライモを確実にさらう。おまえ、何か案はあるかっ!」
イカルは黒いローブの男に言った。
「それならばバンディ、アブル、カルビン。すべての魔物を放って、ライモの隊を混乱させることです。その隙にライモをさらうのです」
「なるほど、それはいい考えだ」
イカルはローブの男の言葉に納得した。
「そして…………もうすぐ龍の出現です。おい、持ってこい」
ローブの男が海賊の手下に言うと、漆黒の食堂に銀色のまばゆさが差し込んだ。
「これは龍を制する銀の弓矢です。この弓矢を打てば龍はあなたの使い魔となりましょう」
イカルは立ち上がり、銀の弓矢を手にした。ずっしりと重さがある本物の銀だ。
「ほう、なるほど。おまえ、名はなんという。俺に仕える魔術師にしてやろう」
イカルは満悦で言う。
「私の名はプルーフです。あなた様のお役に立てることを光栄に思います」
プルーフは紫色の目を光らせて、微笑んだ。
「ふっ、気に入った。ライモ、おまえを迎えに行ってやるからな。龍を従えるこの俺の花嫁となるのだ」
イカルはライモの幻影に口づけをした。
※
ライモは急に寒気がした。肩にかけていた毛布を引き寄せて、手のひらを頬にあてる。
「どうした?」
オーが尋ねる。
「いや、急に寒気が」
ライモは答えた。
クイナたちは眠ったが、オーとライモは寝付けずに、騎士たちの見張りを手伝った。
ナーガ河川の野営地は、すでに要塞が築かれ精鋭の騎士が集まっている。ナーガ川によって浸水した土地は土でならされ、潰された家屋や押し流された木は川の堤防の補修に使われた。一つの村が壊滅した傷跡にライモは胸が痛んだ。
「大丈夫か、風邪ひいてないか」
オーがライモの額に手をあてる。
「大丈夫だよ。オーっていつまでも僕をお姫さまみたいな扱いするけど、もう僕はかなりたくましいよ。バティスト様による厳しい試練を乗り越えたからね」
ライモは笑って言った。
「それはわかっているが、心配になる」
「オーってわりと繊細なとこあるよねぇ。それより、アイラは…………うん、アイラは大丈夫だろう。彼女も厳しい試練を受けたから。それより、あのメンバーにヤグを入れて大丈夫だったのかなぁ。あいつ中身は五歳児だからなぁ」
「バティスト様の判断なら間違いないだろう。ライモ、そろそろテントで休め、冷えてきた。俺の寝袋も使っていいぞ」
「わかった。オーの寝袋も借りて、ふかふかで眠ろう」
ライモはオーに笑顔を向けて、テントに入った




