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第七十四話 星の少女

  レイサンダーは首を噛まれた騎士に駆け寄り、止血をした。騎士の顔は青く、気を失っている。


「みんな盾を構えて、身を守って!」


 レイサンダーは叫んだ。このネズミからは防御するしかない。号令に従い、騎士たちはしゃがんで盾で身を守るが、ネズミは盾もよじ登って騎士の指に噛み付いた。


 レイサンダーの眼前に、牙を剥き出しにした黒い獣が飛びかかってくる。

 避けられない。


 光が降り注いできた。まるで流れ星が地に降り注いでいるようだ。


 レイサンダーは空を見上げた。少女が宙に浮いている。ピンク色の長い髪を二つに結び、ひらひらとした水色と桃色が重なったワンピースを風に揺らしている。背中の桃色のリボンは羽根のようだ。


 閃光に刺されて、ネズミは仰向けになって死んでいる。

 しゅうう、と音を立てて煙を上げて、あとは細い骨だけが残った。


「野蛮でかわいくない。悪趣味ですねぇ。そう思いません?」


 少女は地に降り立つと、レイサンダーの元に歩いてきた。黄色い星のステッキを傷ついた騎士にかざすと、血がふさがった。


「あたしの名前はプロメリア。龍を倒すんでしょう? 加勢にやってきましたぁ」


 プロメリアがにっこり笑う。額には無限星の印があった。青い瞳の愛らしい顔を見て、レイサンダーも微笑む。


「助けてくれて、ありがとう」


「どういたしまして。あなたの傷も治しますね」


 レイサンダーが礼を言うと、プロメリアは手首の傷を癒してくれた。暖かな魔力は痛みを消し去った。


「あなたはどこから来たの?」


「あたしですかぁ。んー、すっごく遠くから来たの。この空の向こうの向こうから。あたしはぁ、みんなと違います。でもこの世界は大好き」


 レイサンダーの質問にプロメリアは微笑む。青い瞳は星を散りばめたようにキラキラしていた。


「変わった髪の色でしょう。あんまりこれ話すと叱られちゃうの。とにかく、あなたたちのお役にあたしは立ちます」


 プロメリアは謎めいたことを言いながら、微笑んだ。


「心強いわ。あなたはここでは女の子一人だから、特別なテントを作るわね」


「あ、それは不要です。あたし、ごはんも食事も大丈夫。あたし、お人形と一緒だから」


「え?」


「あ、いっけなぁい。これも禁止事項だった。今のは忘れてくださぁい」


 プロメリアは不思議がるレイサンダーに、きゃらきゃらと笑った。


 ※


 岩の城の庭に、どす黒い血が流れる。魔獣たちが男の死骸を奪い合う獰猛な声が響いた。


「俺のかわいいネズミちゃんたちが…………なんだ、あのバカっぽい魔術師の女は」


 イカルは爪を噛んで言った。


「しょせんは下劣な海賊ども。知恵などありません。イカル様、私は移動魔術が使えます。こうなったらあなた様の威厳ある姿を見せて、魔獣が女王たちを始末するのを見届けるのが良いかと」


 黒いローブの男が言った。スメラ国の宮廷魔術師を志願してきたこの男は、紫色の目をしている。ヤグと同じ一級魔術師だ。


「そうだな、俺も女王が魔物に食い殺されるのを見たい」


 イカルは笑みを浮かべる。


「このリングをお持ちください。ここに帰るとき、このリングをつければ戻ってこれます」


 男がイカルに金の太い指輪を渡した。指輪には呪文が彫ってある。


「わかった。では、明日は女王の元へ行こう。ジョーカーも新鮮な女の肉を喰らいたいだろう」


 イカルはジョーカーの頭を撫でた。


 ※


 目的地のガナム山に近づくにつれ、ビリーの表情が曇っていく。荷馬車は順調に前に進んでいる。栗色の目に悲しげな色を見つけて、アイラはそばに座った。


「どうしたの、ビリー」


「うん…………昔のことを、思い出して。戦地で私は多くの死体を見た。ガナム村の亡くなった人の死体を掘り起こす任務にあたった騎士は、さぞかし辛いだろうと思って」


 ビリーの言葉に、アイラも悲しい気持ちになった。


「そうだね。遺体と向き合うのは辛い」


「なんて声を掛ければいいか。お疲れ様だとか、辛かったねとか。どんな言葉も彼らを癒せない気がする」


 ビリーがうつむいた。ローレライがこっちを見つめて、腕を組んだ。ヒガラは相変わらず寝ている。ヤグは眉を寄せて、荷物に寄りかかった。


 ガナム村にたどり着いて、アイラたちは山崩れで潰された村を見た。


「アイラ女王、報告いたします。遺体回収は終わりました。ご覧の通り家屋は全滅です…………私の油断で盗賊にも荒らされました。どんな罰も受けます。申し訳ございませんでした」


 隊長がアイラの足元で地に膝をついて謝った。


「いいえ。辛い任務をお疲れ様でした。あなたに恩恵を与えても、罰は与えません」


 アイラは隊長と目線を合わせて言った。

 無精髭と目のくま、こけた頬の隊長の顔を見て、アイラは任務の苦労を知る。


「弔いの儀式を行うわ。騎士のみなさんも集まって」


 ローレライが言った。首に巻いたマフラーを取り、ワンピースもブーツも脱ぎ出した。薄い紫色のキャミソール姿でローレライは赤い土を踏みしめていく。


 疲れた様子で座り込んでいた騎士たちが、ローレライの姿に釘付けになった。


 ローレライが舞う。しなやかに両手を動かし、足は勢いよくステップを踏む。彼女が踊ると空気が変わった。

 柔らかい風が吹いて地面に芽が出た。

 ローレライが両腕を上げて交差させると、勢いよくトルネコの木が何もない大地から三本、生えてきた。


 ローレライが両手を広げると、白いユリの花が咲いた。


「トルネコの木の根よ、魂を世界樹に届けよ」


 ローレライが歌うように言うと、トルネコの木の根元が光った。ローレライは大きくジャンプして、激しく踊った。


「どうか、どうか安らかにお眠りください」


 騎士たちが両手を合わせ、トルネコの木に近づき、涙を流して祈った。


「あなたたちのことを忘れません」


 ビリーがトルネコの木に触れて、涙を流してつぶやく。


「また生まれ変わってこれる、また生まれてくる」


 ヤグがその場にへたり込み、ぼろぼろ涙を流す。


「ミャンボーミンホメイ」


 ヒガラが呪文を唱えると、踊っているローレライが白い衣をまとった。その衣装をひらめかせ、ローレライは誇り高く弔いの踊りを日が暮れるまで続けた。

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