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第七十三話 巫女の村の信念

 レイサンダー隊はナーガ川とアマネ川の合流地点にある村、ソランデル村に来ていた。水害は最小限で済んだが、龍が出現すると危険だ。

 しかし、村人たちは避難の説得を拒否した。


 村の長はまだ十六歳の少女、リノアだ。

 鈴のついた紺色の布を被り、絹の白いドレスを着たリノアは目鼻立ちのはっきりした美しい少女だ。この村では巫女の少女が長を務める。


 神の信託によって選ばれた少女は、神殿を守り次の世代に受け継ぐ責務を持ち、一生を神に捧げる。


 神殿の歴史は長く、アステール王朝の始まりの場所とも言われている。


「我々はこの土地を離れる訳にはいきません。龍が出現するなら尚更です。祭壇を守らなければいけません」


 リノアは毅然として言った。


「この村の神秘である水の神を大切に思われる気持ちはわかります。しかし、あなたと村人の皆さんが龍に襲われたら、神は悲しまれると思いますよ」


 青い絨毯に片膝を立てて座るリノアの前に、レイサンダーが正座して穏やかに話しかける。


 クワンダはその様子を立って見ていた。

 まだ十八歳、髪が長く女の話し方をするレイサンダーをクワンダはまだ対龍隊のリーダーとして認めていない。二十も歳が離れている変わり者の若造は、理解し難い。

 尊敬するクレッグの任命でレイサンダーの隊に入ったことをクワンダは後悔していた。


 話し合いで時間を潰している暇はない。この村に要塞を立て対龍の準備をしなければならない。


「水の神が私たちを守ってくれます。もうお帰りください」


 リノアは冷たく言うと立ち上がって神殿の奥に行ってしまった。白い円柱の神殿は村の中心に位置する。村人たち全員がこの神殿を守る信者である。

 信仰と、清らかなアマネ川の水源で育つ薬草が有名な観光地だ。


「仕方ありません。また来ます。行きましょう」


 レイサンダーが立ち上がる。神殿でリノアに使える信者たちは冷たい目を騎士たちに向けている。まったく時代錯誤な村だ。こっちは助けに来ているのに。クワンダの苛立ちは募った。


 騎士団はアマネ川の川辺に野営地を作った。次々と周辺の村人を避難させた騎士たちが合流してきた。


 レイサンダーは確かに騎士団を変えた。

 ゴドー騎士団寄りだった騎士は居づらくなって辞めて行き、騎士団は浄化されて、新しい団長クレッグは皆から慕われている。


 しかし、どうも男らしくない騎士にクワンダは違和感がある。


「レイサンダー、まだ時間はある。もう少し粘ろう」


 師団長のライオスがレイサンダーに言った。


「おい、これでは埒が明かない。女王からの命令だといえばさすがに奴らも従うんじゃないか」


 クワンダは言った。レイサンダーは目を伏せて考え込む。


「はい………ですが、命令に従わせるべきではないと思います。どうかもう少し時間をください。無理やり避難させたら、きっと村の人は後悔すると思うんです」


 レイサンダーの言葉にクワンダは何を呑気なことを、と呆れた。レイサンダーは夕食の準備をしている若者たちの輪に入って行った。


 翌日、また神殿に行くレイサンダーにクワンダと付き添った。


 リノアたちは紫色のお香を炊いて、薬草を備えて祈っていた。リノアが煙をまとうようにくるくると舞うたびに、まとっている布の鈴が鳴る。


 レイサンダーとクワンダは儀式が終わるのを待った。神殿は柔らかな匂いと薬草の青臭さが混じった匂いがした。


「また来たのですか。何度も言わせないでください」


 リノアはきつい口調で言った。


「リノアさん、あなたのその腕にある印、それは無限星の印です。あたしにも同じ印があるんです」


 レイサンダーが裾をまくって、手首を見せた。そこには星印の上に8を横にして重なった印があった。クワンダは驚き、騎士団の制服を脱いで、袖をまくって右手の上腕を見せた。


「それ、俺にも…………!」


 神殿の壁際に立っていた青年が声をあげて、ズボンの裾をめくって足首を見せた。そこにくっきりとクワンダと同じ印がある。


「なんなの、この印は一体」


 リノアが言う。


「そうだ、これは何なんだ」


 クワンダも尋ねた。


「これは、無限星の印です。アステールの古代王朝パラダイスで発生した、英雄が持っていたとされる運命の印です。選ばれし108人の皮膚に、二龍出現するこの国の変異で、浮かび上がりました。あなたのお名前は?」


 レイサンダーが説明し、少年に名前を尋ねた。


「俺はルクセル。俺とリノア、そしてあんたたちは…………神が選んだということか?」


 ルクセルは驚いた表情で尋ねた。


「神はどうかは、わかりません。けれどこれは偶然にしてはできすぎている。この大切な神殿は同じ印を持つ私とそしてクワンダさんで守ります。リノアさん、ルクセルさん。星を持つあなた方は、村の人たちを率いて避難する役目がある若いお二人だと私は思います。命が何よりも大事です、どうか避難してください」


 レイサンダーの言葉にリノアとルクセルは見つめあって、頷いた。


「みなさん、聞かれましたね。この印を持つ騎士の方なら、きっと神殿を守ってくださいます」


 リノアが言った。神殿に座りこんで顔を見合わせ、戸惑っている老人たちにリノアは近づき、手首の印を見せて説得した。


「では、荷物をまとめて今夜、出発します。レイサンダーさん」


 リノアがレイサンダーの手を握った。


「どうか、この神殿をお願いします。ここは私たちのすべてなんです」

「俺からもお願いします」


 リノアとルクセルの言葉に、レイサンダーはうなずいた。


「よかった、クワンダさんにも同じ印があったんですね」


 野営地に戻って、レイサンダーは年相応のほっとした笑顔を見せた。


「そうだろう、俺に印がなかったら、どう説得するつもりだったんだ」


 クワンダは笑って言った。


「そうですね、この印を持つ他の素敵な人たちの話をするつもりでした。けれど目の前にクワンダさんが実際に印を見せてくれたことが、一番効果がありました。強そうで、頼り甲斐のありそうなあなたが印を持っていることで、説得力があります」


 レイサンダーに誠実な笑顔を向けられ、褒められて、クワンダは年甲斐もなく照れた。


「この印が、指名の印ならば果たさないとな。レイサンダー、俺たちでこの村を守ろうな」


 クワンダは真っ直ぐに言った。

「はい」とレイサンダーがいい返事をする。レイサンダーの粘り強い説得がなければ、自分は村人と口論になったかもしれない。若いリーダーを頼りないと思った自分をクワンダは恥じた。

 レイサンダーの背中は広い。


 ※


「これ、飽きた」


 イカルは手下が買ってきた銃を放り投げた。


「火薬の臭いはいいが、俺はやはり血が好きだ。アイラ女王は首を斬って殺す。その首を銀の皿に載せて寝室に飾ろう。そしてライモを犯す」


 イカルは笑いながら言った。黒い革のソファーに座り窓の外に顔を向ける。空は曇ってきた。雨が降りそうだ。


「どう、どうだよ、俺の計画」


 部下は銃を慌てて袋にしまって、床に座り込んで「素晴らしいです」と答えた。


「で、あいつらの動きはどうだ?」


「はい。アイラはガナム小山近くの村に到着しました。ライモは途中、事件に巻き込まれたようですがナーガ川に向かっています。騎士がナーガ川付近で要塞を建て始めた模様です」


 黒いローブの男が答える。

 魔術師の男で偵察を得意とする。


「要塞か。その場所はどこだ?」


「ソランデル村です」


「ああ、あの宗教狂いの村か。なるほど。確か騎士の中にライモのお友達がいたはずだ。あいつら目障りだし、先にやっておくか」


 イカルは立ち上がり、地下に向かう。生臭い匂いがした。

 網目の細い巨大な檻の中で、キィキィ鳴きながら黒い毛に赤い目玉のネズミが死人の腕を食い漁っている。


「ネズミちゃんたち、もう地下は飽きただろう。水辺はどうだ、うまい水を飲んでまた増えてくれるかな」


 イカルは籠を檻ごと持って歌いながら階段を上がった。


「このネズミをソランデル村に放て」


 イカルに命じられた手下は震える手で檻を持って、走って行った。


「お友達も恋人も、みーんな俺が殺してあげるからな、ライモ」


 ※


 朝、クワンダと五人の騎士がソランデル村の村人を避難所の町へと送っていった。レイサンダーは安堵して川辺の要塞の建築を手伝った。水を堰き止めて水害から村を守り、龍が来たらここを足場として大砲を撃つという計画だ。


 異変は、村の中心部から現れた。


「痛いっ! 黒いネズミが…………」


 足から血を流した騎士が、倒れる。

 レイサンダーは駆け寄り傷口を見ると、肉がえぐれていた。

 キィ、キィと動物の鳴き声がして見ると、数十匹の毛の塊がこちらに向かって走ってくる。


「なんだ、このネズミは! うわっ」


 黒い毛のネズミが剣を振り回す騎士の首に噛み付いた。


 恐ろしく素早い動きだ。赤い凶悪な目玉をしたネズミはさらに騎士に噛みつこうとする。レイサンダーはバケツですくった水をネズミにかけたが動きが止まらない。首をかまれた騎士が倒れる。レイサンダーは剣でネズミを払い除けた。


 ネズミが剣をよじ登ってきて、手首をかむ。

 噛ませたまま、レイサンダーはネズミをつかまえて地面に叩きつけ、剣で刺した。

 続々と黒いネズミが走ってきて、騎士たちに飛びかかる。


「なんなの、このネズミは」


 刺し殺したネズミには鋭い牙があり、口から生臭い煙を出していた。


 騎士団は危機に陥った。

 

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