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第七十二話 笑顔を取り戻したい

第七十二章 奪い返す

女王にとって野宿は苦痛ではないか、とビリーが気遣ってくれたがアイラは平気だと即答した。修行で体験したひとりぼっちを思い出せば、テントの中で人に囲まれて寝る方がいい。


 ヒガラはそれを良いことに自分だけ魔術でクッションを出して見張りもせずによく寝た。図々しい、とローレライが文句を言うがヒガラ相手にそんな言葉は通じない。


 旅は順調で、馬の健康状態もよく予定通りガナム山に到着できそうだった。

 天候もよく雨が降らず、秋の涼しい風を感じながら荷馬車に揺られ、アイラはうとうとしていた。


「待てっ! 返せ、返せっ!」


 少年の甲高い声がした。馬がいななき荷馬車が急停止した。


 真横を土埃をあげて馬が走っていく。外を見ると三頭の馬が男を乗せて走っている。子供はその男たちに向かって叫んでいた。アイラは窓から身を乗り出す。


 ローレライが出口の扉を開けて、弓を射る。先頭を走っていた馬の足元に矢が刺さり、驚いた馬が飛び上がって、男が落馬した。その後に続いていた馬も驚いて暴れる。


 ローレライは素早く外に出ると、男たちに弓を向けた。

 ビリーは子供に下がっているように言い、剣を抜く。


「なんだ、おまえたちは!」


 頭に布を巻いている中年の男が怒鳴った。皮のベストに金貨のネックレス、腰に巻いた太いベルトには短刀を下げている。

 馬には大きな麻袋が積まれていた。


「あんたら、盗賊だろ。その金貨、盗賊団のものだ。ビリー、その麻袋を開けな」


 ローレライが言って、馬にまたがり逃げようとした男の顔の真横に矢を飛ばした。男の頬に血が流れ、その後ろにいた男が被っている帽子に矢が刺さる。


 ビリーが麻袋を剣で裂いた。中から金貨やネックレスなど金目の物が出てくる。


「やっぱりね。災害があった後の火事場泥棒ってわけ。坊や、この中にあんたの宝物があるんだろう」


 ローレライが言った。

 ビリーの後ろで怯えている、十歳ぐらいの少年がうなずく。


「あー、そっか。山崩れで埋まっている金目のものを獲ったのね」


 アイラは剣を持って荷馬車を降りて、馬にまたがっている男に剣を向けた。


「女ばかりでやけに物騒だな。おまえら一体、何者だ!」


 男はなおも吠える。


「アイラ女王の龍討伐隊よ。三人とも、座りなさい。ヤグ、ヒガラ。こいつらを捕縛して」


 アイラは淡々と答えた。


「女王だって!?」


 帽子に矢が刺さった男が声を上げる。


「そうよ。さぁ、獲ったものをすべて出しなさい」


 アイラが肩に剣を置くと男たちは地面に座ってポケットから金貨を出し、アイラを見上げている。ビリーは緊迫した表情で、ローレライは薄く笑っていた。


「はぁ、だるいな。ヤグ、おまえこいつらを縛れ」


 ヒガラがあくびをして言った。

 寝起きのヤグが目をこすって、三人の男の膝を蹴ると、太い縄で三人まとめて捕縛された。


「あなたたちを騎士に引き渡します。君、何があったかゆっくりでいいから聞かせてくれる?」


 アイラは剣をおさめてしゃがみ、子供に尋ねる。


「うん…………今日の朝早く、太陽が出る前に、おれ、ガナム村に行ったんだ。親父にもお袋にも行くなって言われてたけど、友達のアッサムが気になって。それで土を掘ってたら…………アッサムが大事にしてた、ネックレスが見つかった。アッサムのお母さんの形見だよ。それ、そいつに奪われたんだ。あいつら、騎士がいない夜の間に金貨掘ってたんだよ」


 少年が男たちを睨む。


「じゃあ、この中から取り返しなさい」


 ローレライが言うと、子供は麻袋からルビーのネックレスを手にとった。


「…………本当に、女王さまなの?」


 少年が眉をひそめて、アイラを見上げた。


「そうよ。これが龍の髭の剣。君はちゃんと友達の大切なものを取り返そうとしたんだね。偉いよ」


 アイラが微笑むと少年は照れたようにうつむいた。


「じゃあ、一緒に村に来てよ。アイラ女王が来たら、みんな喜ぶ。おれの名前はサダム。ガナム山のことがあって、みんな龍が来るって怯えてるんだ。こいつらみたいな、盗賊も来るし」


「わかった。荷馬車に乗って、一緒に村に行こう」


 アイラは即答した。


「わかった。じゃあ、私はこいつらを騎士に引き渡すまで見張っている。あとから行くよ」


 ビリーが言った。


「ご親切な女王様ね」


 ローレライが言いながら荷馬車に乗る。


「よし、村で盗賊を捕まえた褒美にご馳走をいただくぞ」


 ヒガラがにへっと笑い、ヤグも同じ笑い方をした。

 アイラはもう一度、盗賊たちの前に立った。


「あなたたち、死人から物を奪うほど困っているの?」


 アイラは盗賊の男に尋ねた。男は驚いた顔をして、顔をしかめる。


「はっ、女王様にはわかりゃしないさ。俺たちゃ生まれつきの盗賊だよ。親の代からな。金目の物が埋まってりゃあ、死人のものだろうがなんだろうが、獲るだろうよ。どうせ死体を掘ってる騎士様が見つけてあんたら王族のものになるんだからよぉ。ちょっとのおこぼれぐらい、許してくれりゃあいいのに」


「…………元はといえば、お頭が寝坊したのがいけねぇ。それにガキはほっとけと言ったのに」


「まったくだ。ルビーの一つぐらい見逃したらよかったのに」


 男たちが不満を述べた。

 アイラは三人の男たちの前にしゃがみ、じっと三人の顔を見据えた。


「で、騎士の様子はどうだったの。ちゃんと仕事してた? 金貨を獲ったりしてたの?」


「あ、朝から晩まで死体を掘ってたよ、騎士様は」


 アイラの睨みに気圧されたように、中年の男は答えた。


「そう。死体を見たのに金貨を掘って獲ったという訳か。この愚か者! 無念の死を遂げた人のことを悼む気持ちがないとは。それでも人間なの!」


 アイラが怒鳴ると男たちはのけぞって、怯えた顔をした。


「このような卑しい行為を二度としないように、監獄で反省しなさい。よし、国に帰ったらこういう奴らを更生させる法案も考えよう」


 荷馬車に乗り込むアイラを見て、おっかねぇ女王だと男たちはささやきあった。


「騎士も騎士よ。盗賊に入ることを許すとは、まだまだ改革が必要ね」


「ふぅん、あなたってほんと女王様ね」


「当然よ」


 ローレライの言葉にアイラは答えた。


 サダムの住むモルガ村はのどかで、刈り取られた後の広大な麦畑にうろこ雲の青空が美しい。

 アイラたちはサダムに案内され村長の家を訪ねた。村長は深々と低頭して家に招いた。平家の木造住宅は質素だがぬくもりがある。


「本当はここから、ガナム山がそれはそれは美しく見えたものです。それが今や、半分になってしまった」


 村長の老人が悲しそうに呟く。


「今年は収穫祭は中止にしました…………いつもガナム村と合同で収穫祭をして、若い者同士が交流を深めて縁を結ぶのが習慣でしたから。ガナム村とモルガ村は縁者なのです」


 村長の言葉を聞いてアイラは胸が痛んだ。村長の歳は六十代ぐらいだろうか、四角い顔を覆う黒い髭は立派だが頬はこけて疲れた目をしていた。


「それで村には喪服の人が多かったのね」


 ローレライが言った。


「そうです。…………騎士が引き上げてくれた死体が毎日のように村に届きます。今日も妊娠していた娘が見つかって。うちの村の出身の子でした。毎日が葬儀なのです」


 村長が額に手を当てて言った。


「今日はこのような粗末な家ですが、泊まっていってください。あなた、女王にお出しする料理を準備するわ。鶏をつぶしてきてちょうだい」


 台所から村長の妻の中年女性が出てきて言った。ああ、と村長は呟いて外に出ていく。


「辛気臭くてすみませんね。せっかく来てくださったのに」


 妻の女性は白髪の髪を無造作に結び、同じく疲れた顔をしている。


「謝らないでください。とても…………お辛いことですから」


 アイラは俯いた。ライモならこういうとき、魔術の曲芸で人を楽しませるだろう。自分は何ができるだろう、とアイラは考える。


「女王様! 女王様のお顔が見たいわ」


 外から女の子の声がした。アイラは迷うことなく立ち上がり、家のドアを開けた。家の前にはたくさんの子供が集まっていた。村長は困った顔でアイラを見る。


「そうよ、私が女王です。みんなの家に案内して。ねぇ、この手を引っ張って、連れて行って」


 アイラは笑顔で両手を子供たちに差し出した。五歳ぐらいの女の子がアイラの右手をつかんだ。左手はサダムが握った。


「なぁ、言った通りだろう。優しくてきれいな女王様だって」


 誇らしげにサダムが言った。


「そうじゃ、わらわが美しくて優しくて強いアイラ女王なのじゃ! 皆の者、案内せい」


 アイラはツンと澄まして言った。


「なのじゃなのじゃっ」


 子供たちが笑う。

 アイラは子供たちに連れられて、村のすべての家を回って、死者を弔っている家では冥福を祈った。女王がきた、と村では久しぶりに人々の活気が蘇った。

 

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