第五話 大臣のやさしい手料理
ライモはジーモンの家に住むことになった。
大蔵省大臣は王都の貧困街に一軒家を持っている。
「こんな所に大臣が住んでいるなんて」とライモは驚いたが、産まれ育った貧困街の喧騒は落ち着いた。
ジーモンの二階建ての一軒家は、灰色の屋根に薄汚れた壁で、敷地は三十坪程度。鉄柵の門は壊れていて、ポーチの三段ある階段は所々欠けている。
「おかえりなさい、ジーモンさん。おや、その可愛らしい子は?」
隣の家で玄関掃除をしていたおばあさんが話しかけてきた。
「こんばんは、ナターシャさん。この子はライモ。今日からうちで預かります」
ジーモンが答える。
「そうですか、新しい預かる子だね。ライモちゃん、困ったことがあったらおばあちゃんに言うのよ」
ナターシャさんはにこにこ笑って言った。
「はい、よろしくお願いします」
ライモは頭を下げた。
ジーモンは家に入ると、キッチンからリビング、自分の寝室、トイレと風呂、二階の書斎を案内してくれた。
どこも質素で無駄がなく、飾りっ気がない。
「ここが貴様の部屋だ」
ジーモンがライモに与えてくれた部屋は、六畳もあった。ベッド、机、クローゼット、本棚。すべてそろっている。
「適当に服を見繕っておいた。下着は金をあげるから自分で買いなさい。教科書は机に一通り用意してある。欲しい本は小遣いから買いなさい。持ってきた荷物を片付けるように。私は夕食を作ってくる」
ジーモンの説明する口調は、何度も言ってきたような慣れた感じがした。
「待ってください! ここまで僕がしてもらっていいんですか?」
「なんだと」ジーモンの眉間の皺が深くなる。「私は貴様の保護者だぞ。当然のことだ。貴様、食べて気分が悪くなるとか体がかゆくなる食べ物はあるか?」
「あ、ありません」
「嫌いな食べ物は?」
「…………にんじんです」
「よし、わかった」
すべり落ちるようにジーモンが階段を降りていく。
ライモは少ない荷物を片付けるため、クローゼットを開けると、コットンの白いシャツ、黒のズボン、サスペンダー、黒のジャケット、マントコート、編み上げの茶色のブーツとすべてそろっていた。
その中でライモが真っ先に手に取ったのはリュックだ。
丈夫な黒い布で四角い形、真ん中に「ライモ・マックス」と刺繍してある。
憧れだった名前入りのリュックサックだ。学校に通っている中層級の子たちが背負っているのを遠くから見てきた。
ライモはリュックサックを背負ってみた。中が重い。
二つある金色のボタンを開けて見ると、中には鉛筆と定規が入った袋、小さな黒板とチョーク、そろばん、そして二冊の教科書が入っていた。
ライモは読み書きも計算もできない。これはもしかして、学べるということなのだろうか。
ライモは階段を飛ぶように降りた。
「ジーモン大臣!」
「なんだ? 飯はもう少しかかる」
ジーモンはピンク色のエプロンをつけている。似合っていない。フライパンからいい匂いがしてきた。
「あの、クローゼット見ました。僕、読み書き学べるんですか?」
「ふっ、気づいたか。そうだ。おまえには城内の教室に通ってもらう。朝八時に私と出勤し王につき従い、十一時からは学習、四時からは王女と遊ぶ。五時に帰宅。それが貴様の今日からの生活だ。たまに賓客へ曲芸を披露してもらう。貴様、ついてこれるか?」
「もちろんです!」
ライモは迷いなく答えた。
「よろしい」ジーモンがニヤッとする。「食器棚から皿を二枚、スープボウルを二つ出してくれ。フォークとスプーンも頼む」
ライモは言われた通りにした。質素な食器棚にある皿も器もすべて白で、最低限しかない。
ジーモンは手際よく料理を皿に盛り付ける。まんまるのハンバーグの周りにコーン、ブロッコリー、そしてにんじんが盛り付けられた。
ライモはオニオンスープをボウルに入れて、パンをテーブルの真ん中にあるバスケットに入れた。
「さあ、食べよう」
ライモとジーモンは「いただきます」と手を合わせて食事を始めた。
「とてもおいしいです。このハンバーグ、とても食べ応えがあって、これだけでお腹いっぱいになりそうです」
もぐもぐしてライモが言うと、ジーモンは一回だけうなずき、ライモの皿にあるにんじんをフォークで刺した。
カツン、とフォークが皿に当たる音がした。
「食べなさい」
ジーモンがライモの口の前ににんじんを持ってくる。
ん。ライモは口をつむぐ。「僕もうお腹いっぱいだから食べられないよ」と、にんじんを食べられない理由を考える。にんじんなんておいしくないもん。
「これは特別な人参だ。バターと砂糖でよく煮込んだ。甘いぞ。甘いにんじんだ、甘いぞこれは」
そんなに? ライモはじっとオレンジ色の物体を見た。
きっとジーモンのことだ、食べるまで許してくれないだろう。
ライモはおそるおそる口を開けて、目を閉じる。
そっと口の中ににんじんが入ってきたので、口を閉じて食べる。
本当に、甘かった。バターのとろみをまとって、砂糖の甘さを閉じ込めて、さらにそこににんじんの甘さが口の中で溶けた。
「これ、にんじんだなんて! すごくおいしい!」
ライモは皿に残っているにんじんをすぐに食べた。
「ハッハハ、そうだろう。ハッハッハハハハ。おかわりをやろう」
ジーモンは高笑いしながら、ライモににんじんを与えた。