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第六十五話 修行の真意

 ライモは太陽が昇るとすぐに目覚めてテントから出る。


 魔術書の森でも夜は訪れ、朝は来た。

 朝食のパンを食べて十分に水分をとって、柔軟体操をする。そして森を走る。


 まず、攻撃魔法に必要なのは体力だ。筋肉ではなく持久力をつける。汗をかいたら服を脱ぎ捨て、湖に入る。


 ライモは深く潜り、考えた。

 修行生活から一週間、ヤグは師匠として役に立たない。

 魔力は強大であるが攻撃方法に工夫がない。

 ライモは、クリスとの会話を思い出す。


「あたしは本気でイカルを殺すかしないと考えていた。でもこの手を汚れた血で染めなくてよかった。ヤグに出会って、あたしは本当に救われたのよ」


 くだけた口調で話すクリスは理性的で強い少女だった。

 イカルにされたことは互いに詮索せず、二人で奴の悪口を言い合ってすっきりした。彼女が好きになったヤグは面白くて良い人物なんだろうと思っていた。


 ライモは湖で泳ぎながら、水の中の世界に魔術で花を浮かべて色をつけていく。

 ヤグが役立たずなので、ライモは水という無限の可能性を魔術でどう変化させるか、研究している。


 蓮の花を魔術で作り、湖の端のほうに泥を作って蓮の根を埋めた。手のひらですくった水に魔力をこめて蓮の花にかけると急速に成長してレンコンを収穫できた。


 ライモの植物を魔術で生み出す特技と、水を操る力の相性はいい。これが龍を倒す名案にならないだろうか。

 そうだ、と思い立って蓮根の根を太くできないか試してみた。水の中で両手を合わせて魔力を込めて蓮根の根をつかむと、ライモの足の下まで伸びた。さらに力をこめると根は太くなった。


 これで龍の動きを封じることはできないだろうか。

 たとえ一瞬でも隙を作りたい時、植物の力を借りる。

 ライモは納得して、湖から上がった。


 水属性の魔術師は潜水時間が長い。それを生かして水面下での攻撃も可能だ。


「ふっへへへ、早起きしておまえの裸見たった!」


 湖を出ると、ヤグがふんぞり返ってゲラゲラと笑った。

 ライモはヤグの顔面に水鉄砲を打った。ヤグが倒れる。

 なるほど、水の砲撃攻撃もありだな、とライモは倒れたヤグの横を通ってテントに入った。


 ヤグの幼稚さ、下品さ、どこまでもくだらない存在。

 好きになれない。

 けれど、勇者となる者はどんな人も助けなければならない。


 あれは師匠ではなく、試練だ。


 クリスはあの途方もないバカらしさに救われたのだろう。

 真剣に生き過ぎて辛いとき、あれを見て「まぁどうでもいいか」となれるのだろう。


「さっきの水鉄砲どうやったん! ばちコーンきて気ぃ失ったわ!」


 ヤグが勝手にテントを開けてきた。


「開けるときは一声かけろって何回言うたらわかんねん!」


 ライモは怒鳴った。


「あ、そうやった。ごめーん」


「まったく。あんた、なんで宮廷魔術師なれたん?」


「忘れた。うちはすぐ忘れるねん。強烈な記憶以外は」


 平然とヤグは答える。そう、ヤグは記憶力がない。さっき言ったことをもう忘れている。生い立ちや出身地も曖昧で、自分が三つ子の末っ子で長い放浪の旅の末に、スメラ国にたどりついて、気がついたら宮廷道化師になってクリスと出会ったという。


「で、さっきの水鉄砲、教えて」


 ヤグは自分が師匠役としてバティストに魔術書の中に入れられたことも忘れている。逆にその記憶力のなさ、嫌なことはすぐ忘れられる浅はかさがうらやましい。


 ライモはテントから出て、ズボンの裾をまくって湖に入り、人差し指で湖面をなぞって、細く鋭い水泡を作って木の葉を撃ち抜いた。


「ほえー。こうやな」


 ヤグはざばざばと湖に入ってきて、ライモのやった通りにして水泡を飛ばした。さすが一級魔術師の天才、見るだけですぐ身につけてしまう。


「よし、どっちが遠くまで水鉄砲飛ばせるか勝負しようや!」


 ヤグが目を輝かせて言う。


「いいよ。じゃあ、勝った方は今日の晩ご飯の用意しなくていいってことで」


「よっしゃ、負けられへん! えーいっ」


 ヤグが体ごと動かして水鉄砲を遠くに飛ばす。


「待って。これ、水やからどっちが遠くまで行ったかわからんやん」


「なんとなくでええやん。次、ライモやで」


「なんとなくって」


 ライモは二本の指で水をすくい、力を込めてより遠くへと意識して水泡を放つ。さっきより威力があったようで、森の中でジャリっという音がした。水が地面に着地した音だろう。


「じゃあ、ヤグは左の木。僕は右の木で、どっちがより木の葉を落とせるか勝負しよう」


「よし、そうしよう!」


 ヤグが笑顔で答える。彼女のいい所は、真面目すぎるライモに遊びの時間をくれることだ。

 最初は遊びに誘ってくるヤグが鬱陶しかったが、遊びながら詰める鍛錬もあることを知った。


「そういうことですか、バティストさん。あーーーしかし、茹でただけのレンコン、にんじん、じゃがいもとベーコンとパン。食生活が貧しいのはキツイ。帰ってお父さんから料理勉強しよう」


 ライモは言いながら両手を水につけて、一気に十発の水鉄砲で木の葉を落とした。あれが龍の目だ、とイメージして集中する。


「はー、飽きたわ」


「はい、負けです。今日も野菜切って茹でろや」


 ライモは背中を向けたヤグに水をかける。


「やったなー! 見て、ちゃんと木の葉落ちてるっ。めっちゃ落ちてる!」


 ヤグが泣き顔で怒鳴り、水をかけてきたが、ライモは避けた。


「僕の方もめっちゃ落ちてるし。数えて確かめよう」


「いやー、めんどい。次の遊びしようやー」


「はぁ、もうーすぐ飽きるねんから」


 ライモは笑いながら、次の遊びを考える。


 ※


 アイラが魔術書に入ると、周囲は真っ暗だった。しゃがんで周囲を触り、四方は伝い壁で囲まれており、下には段差があるとわかった。手で段差を確認しながら降りていくと、木のドアから光が漏れているのが見えた。


「初めまして、アイラ女王。わしはラウエー・マッチと申します。まぁ、昔は戦士と呼ばれておりました」


 ドアを開けると、柔らかい床と壁の何もない空間に、老人が立っていた。顔は皺だらけで頭髪はなく白いひげを生やしている。腰は曲がっておらず、体格は老人にしては良い。


「はじめまして、アイラです。あなたが私の師匠ですね、どうぞよろしくお願いします」


 アイラは深々と頭を下げた。


「はっははは。どうでしょ、師匠と呼ぶに値するかはまず、わしの力を見ぬかんといけませんぞ。アイラ女王、私は後ろを向きます。そこに置いてある道着にお着替えください」


 ラウエーが背中を向けた。アイラは白い木綿の道着に着替える。襟を重ねて紐で結ぶ作りだ。着心地が軽く、体を動かすのに適していそうだ。


「着替えました」


「よくお似合いです。まず、基本からいきましょう。まずは肩幅に足を開く。そして膝を軽く曲げて、重心を後ろへ、腰で構えてください」


 アイラは言われた通りにした。


「で、倒れます。床に手をついて。いいですか、こうして重心をちゃんと取っていれば攻撃を受けた時に――」


 アイラはラウエーが言うより早く、後ろに倒れて腹筋をバネにして両足を高くあげてジャンプして立ち上がった。


「…………おやおや、もうそこまで」


 ラウエーが驚いている。

 アイラは、攻撃のかわし方、相手の隙を見て襟を掴む、重心をずらして踏み出させて引き寄せる、相手の力を利用しながら回転させる投げ技、背負い技、寝技もすぐに覚えた。


 練習相手として登場したエルサは、ぐったりしている。


「はぁ、なんと素晴らしい。さすが女王、わしは生きている間にあなたのような柔道の天才と巡り会えるとは。ああ、しかしもう休みましょう」


 ラウエーが歓喜で涙を流しながら言った。


「これしきのこと。それに楽しいわ、ずっとこういうのやりたかったの。ごめんね、エルサ。何度も投げて」


 アイラは倒れているエルサの肩を撫でた。


「これ…………やり続けたら友達なくすぞ」


 エルサがつぶやく。


「次は、料理です。食事は強さの源。アイラ女王はこの一ヶ月、自分で料理を作って食べるんですよ」


 ラウエーが部屋の角に行き、ドアを開ける。そこはキッチンとテーブル、ベッドがある居住スペースになっていた。

 キッチンには木の箱が置かれており、中にはじゃがいも、たまねぎなど野菜とベーコンとパンなどの食糧がある。


 アイラはラウエーから野菜の切り方、茹で方、調味料の使い方を学んだ。

 玉ねぎとにんじんの皮、捨てずに水で煮込んで出汁にする。中火で野菜をよく煮て、ベーコンを入れて塩と胡椒で味付けをする。


「うん、とても美味しい」


 アイラたちは小さな食卓を囲んで、暖かい食事を楽しんだ。

 

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