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第六十三話 小僧とクソ師匠、地獄開幕

 オーは一晩で回復した。ライモは元気なオーの顔を見て安心し、町に出た。

 選挙期間で街頭演説、ビラ配りの人で賑やかだ。


 商店街のアーチには「ようこそ、新しい選挙」という横断幕がかけられ、男女共に投票権を与えられたこと、そして身分関係なく議員に立候補できるチャンスが増え、立候補者は二倍に増えた。


 また、世襲制度が廃止され貴族たちは地道な選挙活動が分からず、すでに選挙法違反の買収で逮捕者が出ている。


 時代は確実に変わった。


 アイラが城から「女性に参政権がないのは違反だ」という幕を垂らさずによくなった。彼女は女王だ。そしてライモの婚約者である。


「シモンズさん、おはようございます。今日もがんばってくださいね」


 ライモは自分をスカウトしてくれたシモンズが街宣しているのを見て、青い花びらを舞い散らして応援した。シモンズは官僚をやめて立候補した。

 シモンズは笑顔で手を振る。


 次は女性初の政治家になるであろう、カレン。

 彼女の周囲は女性たちがいる。

 ライモは真っ赤なバラをカレンの黒いベストの胸元に咲かせた。カレンが笑顔で手を振る。


「まいど、おおきに! 八百屋のやっさん、政治家になりまっせ!」


 アンの同郷で八百屋のヤスイチ氏は、明るい調子で周囲を笑わせている。ライモはヤスイチに色とりどりの花を咲かせた。

「おおきにー」と手を振るヤスイチにライモは投げキッスをした。

「ぐへっ、やられましたぁ〜」とヤスイチが倒れるマネをして笑いをとる。


 ライモは初めて投票権を持った。

 選挙に浮かれている。

 けれど気が多すぎて、一人に絞れない。だから気になっている人を見かけたら、応援している。

 鼻歌を歌いながら城の大階段を駆け上がり、気分がいいので魔法で床掃除をする。


「おはよう、アイラ!」


 大きな声で挨拶して執務室を開けたライモは、凍りつく。

 執務室には魔術協会と平和連の人たちがいた。


「遅かったな、勇者よ」


 バティストの後ろに立っているヒガラが言った。


「え?」


「ライモ。私たちは龍を倒す勇者に選ばれたの」


 アイラがライモの手を握って言った。


「そうです。ライモさんも知っての通り、この国で立て続けに起きた災害は龍の出現の予兆です。龍はおそらく四ヶ月後に現れるでしょう。ナーガ川の黒い龍はライモさんが、ガナム山の赤い龍はアイラ女王にしか殺せない運命です」


 バティストが言った。

 ライモはその場にいる全員の顔を見渡した。無表情のフウカとレンゲ、期待と心配を顔に表しているコダールとダニアン、ニヤニヤしているヒガラ。


 平和連の人たちはライモをまっすぐ見て、テレサは少し微笑を浮かべている。


「あの、アイラはわかりますけれど…………僕でいいんですか?」


 ライモは目を丸くして言った。


「ええ。あなたでなくてはダメなのです。天啓に従うしかありません。ですが、あなたがたが本当に天啓に選ばれた者か、一ヶ月の修行で見極めさせていただきます」


 バティストの言葉には逆らえない。自分が選ばれたことにライモは衝撃を受けた。こういう使命は無限星の印を持った者が引き受けるものではないのか。


「ライモ。私は自分から、龍を討伐すると言ったの。そしたらすでに選ばれていたから、驚いた」


 アイラは堂々とした顔で言う。


「でも、あなたは自分が選ばれたことにきっと戸惑うし、疑うと思った。だからあなたをどうやって説得できるか、考えていたの。でも龍を殺すことは命懸け、自分の命、そして国民の命も。だから説得なんかできない。私はあなたこそ龍殺しの勇者に相応しいと信じているけれど」


 ライモは目を伏せて考える。


「自分に自信がないのか、坊や?」


 テレサが言った。ライモは口ごもる。


「自信がないことを恥ずかしがらなくていい。自信がない、と引くのもまた強さだ」


 テレサの言葉を聞いて、ライモは考える。


「…………あの、その。天啓、とは一体どのようなことですか。予言とはまた違うのですか?」


 ライモはバティストに聞いた。


「天啓、とは」


 フウカが言う。


「突然にきた知らせ、です。バティスト様の頭にあなたの名前が浮かんだ。勇者であると」


 レンゲが言葉を継ぐ。


「あなたに龍を討伐して欲しい、あなたにしかできない。そういう意味ですよ」


 フレデリクが微笑んで言う。


「強いとか弱いとかではない。できるかどうかです。ライモさん、あなたは強い魔力を持っている。人を導く優しさもある。勇者にふさわしい人だと私は思います」


 コダールが言った。

 ライモはアイラを見つめて、強く手を握る。

 アイラはこの手で龍を殺す。国民を守ると彼女は決意した。アイラの手はいつもライモを引っ張ってくれた。


「アイラが龍を討伐すると決意したならば、僕も腹をくくります。僕と彼女は運命共同体だ。一ヶ月の修行、がんばります」


 ライモは正々堂々と言った。

 少しだけちくり、と後悔が胸を刺す。

 けれど、龍を討伐しなければ水害と山崩れ以上の災難が国民の命を奪っていくのを、黙って見てはいられない。

 ライモは勇者に選ばれなくても龍に一撃を与えるぐらいの戦闘には加わっていただろう。


「それでは、宮廷道化師ライモ。おまえはクビだ」


 今まで執務室の影にいたジーモンが姿を現してライモに言った。


「おまえは今日から勇者だからな、ライモ」


 ジーモンが冷たく言う。


「はい、わかりました。お父さん」


 ライモはわざと「お父さん」のところを少し甘ったるく言った。ジーモンは表情を変えない。


「では、さっそく修行に向かってください。すでに修行の手筈は整えています。この本の中に入ってください」


 バティストが言うと、フウカとレンゲが本を広げて、足元に置いた。開かれた本の中は輝いている。


「アイラ、あまりにも急じゃない?」


 ライモは小声で囁いた。


「従うまでよ。お互い、頑張りましょ。一、二、三、せーので踏み出そう」


「う、うん」


 二人は一緒にカウントして、本の中に足を踏み入れた。

 いきなり足首をつかまれたように、急降下していく。アイラとは手が離れた。ライモは茂みの中に落ちた。


「もっと他に方法ないのかよ。けっこう乱暴だなぁ、魔術協会の人」


 ライモは愚痴りながら茂みから出る。あたりを見回すと、森の中のようだ。光が差す森林の中、ライモはため息を吐く。


 綿の白シャツに黒いズボン、ベージュのダッフルコート。

 ポケットの中を探るが小銭とペン、メモ用紙しかない。せめて本の中、という訳のわからない場所に入る前に装備を整えたかった。


「ああ、どうしよう。勇者になるって言っちゃったけど。本当に僕なの? よく考えたら、名前が頭に浮かんだからって、それが正しいの? あーもー」


 ライモは頭をかきむしる。


「へいへい、そこの坊ちゃん。もう弱音吐いとんかぁ」


 ザクザクと足音を立てて、近づいてくる気配がある。


 振り返ると、スメラ国から来たクリス王女が連れてきた宮廷道化師のヤグだ。


 黒いズボンとシャツ姿で、なぜか金色のメダルを首から下げて黒メガネをかけている。金髪の長い髪は上手く結べていなくて、ぐしゃぐしゃだ。


「ったく、かったるっいっちゅーねん。バティストのおばはんに捕まったのが運のツキ。こんな小僧の特訓せなあかんとは」


 ヤグがカーッと喉を鳴らすと、勢いよく唾を吐いた。

「うわあ汚い」とライモは引いた。ヤグは小柄で可憐な少女だが、言動はいつも真逆だ。


「まあ、しゃーないなぁ。攻撃魔法の天才ヤグ様しかおらんわなぁ、小僧を龍殺しの勇者に仕立てあげられるっちゅーのは」


 ヤグがタバコを咥えて、静止する。


「火ィ! 師匠がクサ咥えたら火ぃつけんかい!」


「はい、どうぞ」


 ライモはヤグに怒鳴られて人差し指に火をともして火をつけた。


「よし、火のつけかたはまあ、合格や。どや、おまえもこのクサ吸え。リラックスしぃやぁー」


 ライモはヤグから渡されたタバコを手にして、口元を手で隠した。

 ヤグをチラッと見てから、ゆっくり吸って吐く。


「きゃっはははは」


 ヤグがいきなり甲高い笑い声をあげた。


「それ、うちが糞してケツ拭いた葉っぱ巻いたヤツやぞ。

 だーまーさーれーたーはっははは、クソ吸い。クソ吸いの小僧や!」


 ライモはヤグの方に、ポイッとタバコを捨てた。


「わかってましたー。見て、火、ついてない。僕は煙を魔術で作って、それを吸って吐いただけ。あんたさぁ」


 ライモは手をふって魔術で指先から水を出し、手を洗ってハンカチで念入りに拭いた。


「めっちゃばっちいやんけ! 汚いことすんなや! ケツ拭いた草を紙に巻いて渡すなんて、どういう神経や。悪ふざけにも程があるやろ。あんたほんまに宮廷魔術師か!」


 ライモは自分でもびっくりするぐらいの西の言葉で怒鳴った。


「え、いや、その。冗談やーーーん。そんなんするはずないやろう、だってうちほんまに、あの、宮廷魔術師やから」


 ヤグは震えながら答え、目を合わさない。


「じゃあ、早くちゃんと攻撃魔法教えてくれます?」


「わかっとるわい。ええか、うちは厳しいからな。ついてこれるか?」


「はい、やってやりますよ」


「では、どりゃ!」


 ヤグが叫び、いきなり火の玉を飛ばしてきて、避けきれなかった。ライモのコートに火がついた。素早くコートを脱いで地面に叩きつけて火を消す。


「なんやねん、いきなり火投げてくんな! あんた、人と接するの下手くそか! こういうのはちゃんと今から火の玉投げるから避けろとか言うもんやねん!」


「えっ、えっ、えー……そうなん。ごめん、うち、そういうのわからん。そやからこう」


 びっとヤグが腕をあげるのをライモは見切って、上を見た。

 一筋の光が空から落ちてきた。雷だ。ライモの革靴の先が少し焦げている。


「あのなぁ! 今のはさすがによけてなかったら、死ぬわ!」


「えーーー見て覚えろ。今のが雷の出し方」


 ヤグは首をかしげ、唇を尖らせていう。


「わかるかぁっ! こっちは雷見切るだけで必死やねん。よーし、わかったこっちからも反撃するからなぁ」


 ライモは木の枝を拾い、一回転させて剣に変えた。


「勇者って言うたら剣やもんな! 待てコラ! まずはこっちが人に対する態度っていうもんを弟子が師匠に教えたる!」


 ライモは逃げるヤグを追いかけた。何度も体のスレスレに雷を落とされ、ライモの怒りは燃え盛った。


 ※


「あの、そんなに大事に抱えてなくても、大丈夫ですよ」


 ジーモンはライモが入って行った修行の書を大切に胸に抱いたまま、立っている。見かねてダニアンは声をかけた。


「死にます。こうしていないと、私が、死にます」


 ジーモンは不安で青ざめている。


「アイラ、がんばれ。じいやなら大丈夫、ちゃんと教えてくれる」

「エルサもアイラの特訓、がんばってね」


 アイラの机に置かれた修行の書に向かって、リディアとノラが応援している。

 

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