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第六十話 大地の揺らぎ、川の逆流

 無限星の印をもつ八十人の肖像画を、アンは描き切った。しかし、まだ二十八人いる。絵を描くことより、無限星の印を発見するオーについていくのが大変だ。

 この男前、ツッコミ所が多すぎる。


「あの、この人は一体、なんなんですか?」


 オーに「あなたは無限星の印があります、運命です」と言われ連れてこられた人がよく言う言葉、第一位だ。


「うちも、よくわかりません。なんか、すごい人です」


 としかアンは答えようがない。オーに突然話しかけられて、逃げる人もいたので追いかけて説得し顔を描かせてもらうまで時間がかかることもあった。


「もっとこう、あるやろっ! 相手をびっくりさせたらあかんねん。だいたい、あんたは大男やし顔が異常にええから怖いねん」


 アンが言うと、翌日、オーは仮面舞踏会で使った仮面をつけてきた。


「いや、顔だけ隠すな! 余計怖いねん、ほらみんな見てるやろ! 完全なる不審者やねん」


「仮面舞踏会で使った仮面を気に入ったので」


「知らんし!」


「でも俺は仮面舞踏会で本当に踊りたかった特別な人とは踊れなかった…………」


 オーが目を伏せた。こいつでも完璧にこなせないことがあるのか、そして特定の人物に心を寄せることもあるのか、誰かと問いかけようとしたとき。


「あ、あそこに無限星の印を持つ人がいました! あのピンクのボンネットのお嬢さん!」


 オーが叫んで走り出す。


「待て待て待て、今までのパターンから見て、あのお嬢さん怖がるから!」


 アンが止めたが、お嬢さんは怖がらずに、キッとこっちを振り返ると霧吹きをオーに向けて噴射した。オーは顔がビシャビシャになりながら「これはこれは」と笑っていて不気味だ。


「なぜ、これが効かないの! ヒガラの便利魔法道具屋さんで買った、不浄を浄化する霧よ! こいつが最近、街でやたらと人に声をかけまくってる大男でしょう。怪しい、絶対に不浄だー!」


 お嬢さんは液体がなくなるまで、オーに霧を吹きかけた。


「はっははは、暑いので丁度いい。ところでお嬢さん、あなたはこの印を持つ無限星を持つ者ですよ」


 オーが髪をかきわけ、うなじの印を見せた。


「う、そ、でしょ…………この私の手の甲にあるこの美しく崇高な印、私以外の者があ、る、な、んて」


 お嬢さんは膝から崩れ落ちた。

 よく見るとお嬢さんはレースのついたボンネットをつけて、フリルのたっぷりついたブラウスを着ているが、下は花柄のもんぺでゴムの長靴を履いてエプロンをつけている。ボンネットが日除けの帽子に見えてきた。

 農作業中の娘がそのまま街に出てきた服装だ。化粧もしていなくて、丸っこい茶色の目で髪の毛はおそらく癖っ毛だが、毛先がくるんと丸まっていて、愛らしい印象を与える。鼻の上に散らばっているそばかすも、彼女の無垢な印象の演出となっている。


「あたしは女王様に選ばれた、戦士だと思ってたのにー!

 女王のためにぃ、戦いに来たのにぃ。こんな男と同じ印だなんてぇ」


 お嬢さんは道に座り込んで、だだをこねだした。


「いや、あの、うちもあるねん。これな、不思議なことにアステールで発生中の奇妙な現象で、この印を持つ人が108人もいてる。中には政治家や有名人、いっぱいおるで。その印を持つということは、特別や。せや、今から女王様に無限星の印を持つ人の報告に行くから、一緒においで」


 アンは一生懸命になだめ、手を差し伸べた。


「ひゃくはち、にん。なんでそんなにいるのぅ。あたし一人でいいじゃぁない。女王様ってば欲張りぃ。せっかく愛するトマトちゃん置いて都会に出てきたのにぃ」


 お嬢さんはアンの手を握って、立ち上がりながらとぼとぼ歩く。


「俺はびしょ濡れなので、銭湯に行ってきます。この時間ならライモがサウナにいるなぁ」


 濡れたシャツが肌にピッタリついているオーは、筋肉美で目に良くない。アンは**「さっさと行っといで」**とオーに言った。


「お嬢ちゃん、名前は? うちはアン。無限星の人の似顔絵を描いて女王様に渡す仕事してるんねん、あんたのかわいい顔も描かせて欲しいわぁ」


 アンがお嬢さんをかわいい、というとパァッとお嬢さんは顔が明るくなった。


「あたしの名前は、アンヌです! キャ、似た名前の人と出会えた」


 アンヌはアンの手を握りしめて言った。城に連れて行くと、あちこち見て回るので女王の執務室まで行くのに時間がかかった。無限星の印を持つ人々と出会い、アンの人の世話力は上がっている。とにかく個性的な者が多い。


「アイラ女王様。あたし、お城の庭で畑を作りたいですぅ。あたしの使命は、新鮮で美味しいお野菜を作って、戦うんですぅ。情熱真っ赤なトマトちゃんはぁ女王様みたいでぇ、ライモさんの肌のような真っ白プリティーなカブでしょー、それからぁ、ホックホクなじゃがいもさん。アンヌは畑を作る魔法少女なのです、お野菜食べて戦うパワー!」


 アンヌがアイラに言った。アイラは、え、という顔をしている。そして助けを求めるようにアンを見てきたが、アンは目を伏せる。


「城の中に畑ね。いいんじゃない、食糧調達できるわね。えー…………城に畑作るスペースあったかな」


 アイラが笑顔で、しかし目を泳がせている。


「大丈夫ですぅ。私、こう見えても魔術師ですからぁ。あのぅ、どうしてもあたしの作ったお野菜を女王さまたちに食べてもらわないとぅ。アンヌの魔力を込めたお野菜さんは、特別なのです」


 えっへん、とアンヌが腕を組んで言う。

 何、言うてるんや、この子。


「あー…………なんだか、すごそうね。わかった、お城の敷地をあなたに貸します。畑、作ってください」


 アイラが頷いた。


 やったー、とアンヌは執務室を飛び出して、キーン、と声で効果音つけながら走っていく。


「ちょっと、アイラ女王。よかったんですか、あんな不思議ちゃん城に置いて」


 アンは小声で言った。


「いいでしょう。畑を作るって確かに良さそうだわ。もし何かあったとき、城に備蓄の野菜があるといいでしょ。それに魔力をこめた野菜って気に入った」


 アイラは瞳を輝かせて言った。そうだ、この女王は度量が広くて好奇心旺盛なのだ。


「アンさん、無限星の印をもつ者たちの調査をありがとう。ノラ、アンさんにお給料を」


 アイラが言うと、ノラが分厚い封筒を渡してくれた。


「あと二十八人、頑張ります!」


 アンは俄然、やる気が出た。


 ※            


 ライモは婚約後もジーモンの家で暮らし、以前とそんなに変わらない生活をしている。

 エドワードはアイラとライモの部屋を用意してくれているが、婚前だからとライモが断った。


 しかし、アイラとは一緒に過ごせるようになり、執務室で仕事を手伝えるようになった。資料をかき集めて分析していて、ふと疲れた時にアイラの顔を見ると、力が湧いてくる。


 宮廷道化師の仕事と王の執務で疲れた。

 久しぶりにサウナに来て汗を流し、肌寒くなったのでポンチョを着て木の椅子に座って外の空気に当たり休んで、整いの時間を楽しんだ。


「ふむ、よく整ったようだな」


 隣に、オーがいた。

 行く先々でオーが出ることに、ライモは慣れた。


「…………おまえさ、もっと面積の広いタオルで股間隠せよ」


 ライモは立ち上がっていう。


「わかった。柄は何がいいだろう」

「いや、柄はどうでもいいし」


 脱衣所で着替えていると、オーは無限星の印を持つ女の子に話しかけたら、浄化する霧を吹きかけられたと話して、ライモは爆笑した。


「不浄な者扱いされてる。あのヒガラさんの霧、あれただのハッカ水だよ」


「ライモ、オー! 大変だ、大変だぁコラァ!」


 銭湯「龍のひげ」を出ると、ヒガラが走ってきて、オーに突撃した。ライモはさっきの話を聞かれたかと、口に手を当てる。


「何ぃ、それは大変だ!」


 まだヒガラが何も話していないのに、片手でオーがヒガラを抱き上げた。


「えっ」


 ライモもオーに片腕で担ぎ上げられた。


「ちょ、ちょっとっ!」


 オーはクイナ診療所まで来ると、裏口のドアを蹴って入り、ライモとヒガラを降ろした。


「こっちの地下だ!」


 ヒガラが叫び、奥の部屋にある地下へ転がるように降りて行く。ライモとオーもついていった。ヒガラが一人で掘った地下深く、奇妙な植物が栽培されている。


「ここが急に崩れた。調べたらこれは凶と出た」


 ヒガラが崩れた土壁を指差して言った。床には星が枝で描かれ、石が散らばっている。黒い石が星の真ん中に落ちていた。


「よくない臭いがする」


 オーが崩れた壁の土を手で掘り、赤い土を口に入れた。

 飲み込んでから、オーは額に手を当て後ろに倒れた。


「オー、どうした!」


 ライモが肩をゆすって問いかける、ヒガラが水を持ってきた。


「…………これは、魔物…………いや、もっと凶悪、これは…………龍だ」


 呟いて、オーは意識を失った。


 ※


 同時刻。

 教会の夕刻の鐘を鳴らすため、コダールは塔に上がったが、鐘を鳴らせなかった。


 大粒の雨が降り出したかと思ったら、ごおおおという大地を揺らすような音が聞こえた。驚いて周囲を見渡すと、ナーガ河川が変だ。


 流れが早くなっているのではない。

 逆流している。

 コダールは、鐘を激しく鳴らした。


「ナーガ川の異変が起きました! このままだと氾濫します!

 みなさん、逃げてください!」


 コダールは叫んだ。人々が家から出てきて、ナーガ川のおそろしい光景に叫び声を上げた。


「何が起きているんだ! 皆さん、お年寄りや子供を救助しに行きますよ!」


 コダールは修道士に呼びかけ、雨ガッパを着て外に出た。


 雷が、教会の鐘に落ちて、ゴォンという不吉な音を立てた。

 危なかった、とコダールは背筋がゾッとした。


「これは、ただの逆流でも嵐でもない! だめです、魔術でも抑えきれない。これは、とても不吉な予兆です。魔術協会に知らせないと!」


 魔術師の少女が、雨に打たれながら叫んだ。


 

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