表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/84

第四話 道化師がくれた勇気

 父のエドワードが絵本をたくさん読んでくれだ。

 アイラは本が大好きになった。

 朝、侍女が髪を三つ編みに結んでいる時、ドレスに着替えている時も本を読んだ

 知らないことを、たくさん知らないといけない。

 アイラは常に本を持ち歩いた。


 父とエドワード王としての仕事、政治と国勢について語り合う時間が楽しみとなった。アイラはドレスの流行より、お人形遊びより、何よりも学ぶことが好きだ。読んでも読んでもこの世界には自分が読んでいない本がある、知らないことがあると思うと、面白くてたまらない。


 アイラは周りが思うより、父と母の離婚を理解していた。


「さぞ、お寂しいことでしょう」


 そう言って貴婦人たちがこぞって自分に人形やぬいぐるみなど玩具を送ってきた。アイラはそれらを部屋の隅に置いたままだ。礼儀としてアイラが贈り物への感謝を手紙に書き、一人一人に手渡しをすると、彼女たちは王女に気に入られたという喜びを見せた。


 アイラは母がいなくなって、せいせいしている。


 アイラは城に閉じ込められる息苦しい生活から逃げたくて、まずは外の世界を学ぶことにした。

 ありとあらゆる本を読み、外国語を習得し、すべての国民新聞を取り寄せて熟読した。城から一歩も出られない生活ながら、国の情勢を把握した。


 そうして「才女王女」ともてはやされたアイラが、どうしても好きになれないのが母キャリーだった。キャリーという愚かな女から自分が生まれてきたこと、それは最悪だ。


 勝手に注文した派手なドレスを着せられて、晩餐会に連れ回されたことがあった。

 その晩餐会でアイラは、衆議院が設立されてから好き勝手できなくなった貴族たちが、覇権を取り戻そうと社交の場を利用しようとしている気配を察知した。


 衆議院に反対した貴族たちは、いまだ権力主義で、自分たちが優遇される政治が正しいと傲慢に考えている。


 晩餐会はアステールではとっくに終わった風習だった。皇后の臣下である三官女(皇后の世話係、城の情報を集める、護衛を任される三人。いずれも貴族)と結託して始めた。


 貴族院の議員が、招待した衆議院の議員に金をちらつかせて自分たちに賛同するよう求めているのを、アイラは目撃した。


 晩餐会のために作られたご馳走と、晩餐会のために買った母と自分のドレス代を計算して、アイラは王に提出した。

 そして、公爵が衆議院議員に賄賂を渡そうとしたことを告発した。


 エドワードは驚いて晩餐会を禁止し、公爵から爵位を剥奪した。「よく気がついた」と、アイラはエドワードに褒められてとても嬉しかった。


 母は、自分たちに使われるお金が国の予算であるという基本すらわかっていない。税金が何かも知らず、国民は王族に尽くすもの、王族とは贅沢をして生きる特権階級であると信じきっている。


「アンタなんか産まなければよかった。女の子のくせしてあたくしを裏切って、あたくしの邪魔ばかり。アンタが女に産まれてきたせいで、あたくしは息子を産んだお母様のように讃えられない!」


 キャリーは娘に言い放った。


「アンタなんか、嫌い、大っ嫌い!」


 キャリーは娘に金切り声で叫び、子どものようにわぁわぁ泣いた。

 アイラは無視したが、その言葉は心に刺さって抜けない。


 毎晩、アイラは悪夢を見るようになった。


 自分はレースとリボンがたっぷりついたドレスを着せられたお人形で、動けないし口もきけない。

 美しい顔を恐ろしく歪めた母が、アイラに向かって「アンタなんか嫌い、アンタなんか嫌い」と繰り返す。

 母に負けたくない、とアイラは夢の中で何度も戦おうとするが、人形の呪縛で何もできない。


 アイラは不眠症になり、父が本を読んでくれても眠れなくなった。

 何かあったのかと問われても、アイラはエドワードに母から言われた言葉を伝えようとすると、息が苦しくなった。


「龍殺しの勇者、読んで」


 古びた絵本を枕の下から取り出して、アイラはエドワードに渡す。父は訝しげな顔をしながらも、懐かしそうに絵本の表紙をなでた。


 幼い頃に何度も読み聞かせてもらった、大好きな絵本だ。

 十二歳にもなって絵本を読んでもらうのは恥ずかしいけど、どうしても読んでほしかった。


「なぜ、枕の下に置いていたんだい?」


「勇気が出るから。最近、調子が良くないからおまじない。久しぶりに、お父様の声で聞きたいの」


 エドワードは頷いて、絵本を読み始めた。


 むかしむかし、あるところに。

 とても頭が良くて、人の倍は働き、戦争に行ったときは108人を打ち倒したという剣の達人の男がいました。

 彼は自分にとても自信があったので、「次の王は自分こそがふさわしい」と、正々堂々とお城に行きました。


 そして「お姫様と結婚させてくれ」と王様に言いました。


 しかし、男は百姓の生まれだったため、追い返されました。


 お姫様は、城に来た男を王座の後ろでこっそり見ていて、一目で気に入りました。

 お姫様は夜空の星に願いをかけました。


 男が麦を収穫しているときのことでした。

 魔術師だという男が声をかけてきて、「おまえは龍を倒す運命にある。今から洞窟に行くがいい」と、剣を渡されました。


 男が剣を持って洞窟に行くと、龍が人を襲っていました。

 龍はヘビのように体が長く、ライオンのような鋭い牙を持ち、鋭いひげを生やし、虎のような恐ろしい目をした、大きな化け物です。


 男は龍を剣で切り裂いて、倒しました。

 龍の血は大地に流れ、川となりました。

 男は龍の銀のひげを引き抜き、それを城に持って行きました。


「私は龍を殺しました。私こそ、王にふさわしい男です」


 龍を倒した男は王にその力を認められ、お姫様と結婚して幸せになりました。


 こうしてできたのが、農地を豊かにしたナーガ河川です。

 龍のひげは魔術師によって銀の剣に変えられ、国の宝となりました。


 エドワードの低く優しい声を聞きながら、アイラはそっと目を閉じた。

 まぶたの裏に浮かんだのは、あの絵本の中の“龍殺しの勇者”の姿。

 強くてまっすぐで、自分の力を信じて進む人の姿。


 その夜、アイラは久しぶりに深く眠ることができた。



 エドワードは、アイラの不眠の原因がキャリーにあると気づいていた。

 理解するように伝えたが、キャリーは反発し、夜遅くまで外出するようになった。


 そしてとうとう、離婚となった。


 アイラは母から解放されたと安堵していた。

 けれど——離婚後の方が、悪夢はひどくなった。


 毎晩のように、汗びっしょりで目覚める。

 夢の中では、母の「嫌い」という金切り声が響いて、心が千切れそうになる。


 それでもアイラは気丈に振る舞った。

 父もまた、離婚で深く傷ついているのだ。心配をかけたくなかった。


 ——そんなとき、ライモが現れた。


 宮廷道化師のライモが、アイラの悪夢を消し去ってくれた。


「あなたは、みんなに愛されていますよ」


 ライモはそう言って、優しく微笑んでくれた。

 水色の美しい瞳の、可愛い顔をした少年が、アイラに勇気をくれた。


 その夜、アイラは夢の中で“人形”から解放された。

「嫌い!」を連呼する母を、大きなたんぽぽで何度も叩いて、倒した。

 まるで自分が龍殺しの勇者になった気分だった。


 以降、悪夢を見ることはなくなった。

 アイラはよく笑うようになった。


 ライモはどんなに忙しくても、中庭で遊んでくれた。

 雨の日は部屋を青空と花園に変えてくれて、あらゆる曲芸を見せてくれた。



 コンコンコン、と三回、寝室がノックされた。


 アイラは読んでいた本を閉じて枕元に置き、飛び起きる。


「よろしい、入ってくるがいい」


 アイラは低い声で、偉そうに言った。


「失礼いたします、アイラ王女様。今宵もヘトヘト王が参りました。へなちょこ者のくせに王になってしまって、すぐに疲れるエドワード王でございます」


 エドワードが高い声で、おどけて言う。


「本日もご苦労であった。入りたまえ。そして本日の報告をするのじゃぞ。今日もあわれなへなちょこ王、しっかりと仕事をしたか、アイラ王女様が確認してやるのじゃ!」


「はい、恐れ入ります。恐縮ながら、報告させていただきまする」


 エドワードが肩をすぼめて、ちょこんと口で言いながら、ベッド横の一人がけのソファに腰かける。


 アイラとエドワードは、顔を見合わせて笑った。

 これは父と娘の秘密のお遊びだ。


 眠る前に今日あったことをお互いに話し合うのが、父娘の日課。


 エドワードは、溜まっていた書類仕事をすべて片付けたと報告した。

「偉いね」と褒められて、幸せそうにエドワードは微笑む。


「アイラ、今日はどうだった?」


「あのね、ライモが魔法でポニーを出してくれたのよ! 白い体でたてがみがピンク色で、とっても可愛かった。ポニーに乗って庭をかけまわって、とても楽しかった!

 私、感激してライモの頬にキスをしそうになったわ」


 にこにこしていたエドワードが、“キス”の言葉で無表情になった。


「……その、キスはいけないね」


「どうして?」


「おまえにはまだ早いな」


「ふーん、よくわかんないけど。それより、私はもう十二歳だし、乗馬を学びたい。自分の馬が欲しい」


「そうだな、そろそろいいかもしれない。考えておこう」


「楽しみにしてる!」


「うん。おやすみ、アイラ」


 エドワードが腕を広げる。アイラはあたたかい胸に体を寄せる。

 優しく頭をなでられると、甘ったるい気分になる。そんな自分が恥ずかしいと思う年頃になった。


「おやすみ、アイラ」

「おやすみ、お父様」


 ——しかし、エドワードがしてくれる頬のキスは、やっぱり嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ライラのお母さん、なんとなく森永の娘さんを思い出したのは僕だけでしょうか…いずれ大麻を合法化すべき、といってきたり、首都で小料理屋さん始めたりしそうですし、懇意の保守系の教育者に夫の名前を記念した「エ…
ライモがとっても魅力的ですね。 素直で優しく、曲芸師としてもすごくて応援したくなりました。 師匠ホルオーとの別れが印象的で、二人の絆の深さが伝わってきてよかったです。 ライモがアイラにかけてあげた言…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ