第五十二章 仮面舞踏会
アステール城の宴会場では、オーケストラの演奏に合わせて、仮面をつけた人々が踊っている。ドレスコードは各々好きな仮面、会場の前に並べられた仮面でも手作りでもいい。
身分もジェンダーも関係なく、踊りたいと思った相手と踊る。
そして最後は「特別な人」と感じた相手と踊ること。
恋心でも尊敬でも友情でも構わない、特別であること。
始まりは、ノラとサイモンのシェーン夫婦がお手本で完璧なダンスを魅せた。
仮面で隠していても、知っている者ならばわかってしまう。ライモがその代表のようなものだ。
立会人として披露してしまった。
純白の花嫁のような衣装は隠しようがない。肩からひらめくチュール、腰から広がるドレスのような布、しかも耳には真珠のイヤリングをつけられていた。
「踊りましょう、花嫁」
胸に真っ赤なバラを咲かせたリディアに声をかけられた。
「いいでしょう。さあ、この手を引っ張って」
ライモが手を差し伸べると、リディアはライモの腰に手をあて、男性側のパートを踊った。リディアは踊りながらライモをエルサへと引き渡し、さらにノラの腕の中へ放り込まれた。
三官女に踊らされたライモは疲れた。
ダンスに誘ってくる相手は絶え間なく、自分の人気が嫌になる。
「いいでしょう、この手を引っ張って」
そう言った相手は、大蔵大臣のセバスチャンと、衆議院議員のタスク・マウンテン、カレンだけだ。
あとはダンスを断るのも疲れて、椅子に座ってダンスを眺めていた。
一際大きくて目立つオーは、ずっと踊っている。
舞踏会の王子様、そのものだ。
踊っている相手がぽーっと見惚れているのがわかる。
黒の燕尾服は決して豪勢ではないが、オーの風格が衣装を特別に見せている。堂々とした身の振り方、エスコートの仕方、何よりずっと踊っているのに少しも疲れた様子がない。
「すごいね」
ライモはぽつりと、呟く。
もう家に帰りたい気分だ。
「みなさん、お楽しみいただけていますか? そろそろ最後のダンスですよ」
アイラ女王が三官女を引き連れて現れた。
人々がさっと退いて、アイラ女王が中央に立つ。音楽はさらに盛り上がり、歓声と重なり合う。
アイラは仮面をつけていなかった。
「私は踊る相手をたった一人と決めていました。だから仮面はつけていません。さぁ、あなたたちが思う特別な人は誰かしら。最後のダンスを見せてください」
アイラが手を叩いて、かけ声をあげる。宴会場では相手を探して駆ける人でごった返した。
賑やかだった曲が、ムーディーな夜想曲に変わった。ダンスを踊り終えて、仮面を外して抱き合うカップルが何組も生まれた。
男性同士、女性同士で愛情、そして友情を深め合う者もいた。中には親子、クィアやトランスジェンダーの人々もいる。
一度仮面で隠されても、その絆は変わらない。そして仮面をつけていたからこそ、出会える相手がいる。
「さぁ、私と踊ってよ」
ライモの前に、手が差し出された。
「はい。この手を引っ張って」
ライモは、アイラに手を引かれて立ち上がった。
アイラの手がライモの仮面を外す。
出会った時は十二歳だった。城の中に閉じ込められていた少女が女王になった。ライモはそれを初めから知っていた気がする。
アイラのステップは、ライモへ迫ってくる。眼差しの強さにライモは抗えない。腰を引き寄せられ、額と額がぶつかって、ライモの心臓は跳ね上がった。
アイラがオーケストラに右手をかざして、曲が止まる。
アイラがライモから離れて、跪いた。
「ライモ、私と結婚してください」
アイラが言って、燕尾服の胸ポケットから指輪を出して、ライモの指にはめようとした。
ライモは、飛び上がった。
驚きすぎて、人間の姿をしていられなくなった。
猫に姿を変えて、アイラの求婚から逃げた。




