第五十話 戴冠式
八月一日の風が吹く。ラッパは真夏の太陽の下、まばゆく光って新しい曲を演奏する。レイサンダーの額は汗ばんでいた。
世界樹の広場に戴冠式の舞台が設置された。
赤い絨毯が敷かれ、石の王座が置かれている。
広場には大勢の民が集まり、アステール初の女王の登場を待っている。世界樹からは冷気の魔法の風が流れ、老人や体の不自由な者には椅子が用意されていた。
指揮者がタクトで演奏を停止する。
エドワード王とライモが登場した。
エドワード王は緑色のマントに同色の燕尾服。
その後ろのライモはパールのように光っていた。上質な絹のドレスのような衣装で、彼の美貌を盛り立てている。
ライモは王座の後ろに立ち、エドワードはその隣で黄金の王冠を手にしている。エドワードの横には宰相ジーモンが立った。
「これより、アイラ女王の戴冠式を行います。私は立会人のライモ・マックス。宮廷道化師をこのような衣装で飾り付けて、立会人を頼む女王様、さてさていかなる人物か、皆様の目でしっかりと見届けてください」
ライモが言うと、民衆の間で少し笑いが起きた。
レイサンダーも笑う。
指揮者がタクトを振る。
アイラ女王の登場だ。レイサンダーは肺に溜めた力をすべてファンファーレで出し切る。
アイラが城の階段を登って、登壇する。
金色の髪はポニーテール。真紅の燕尾服でズボンを履き、編み上げのブーツを履いている。白いフリルのスカーフで、大きなマントを引きずりながら、アイラは颯爽と歩いた。
民衆に向けた顔は、笑顔だ。
「エドワード王、アイラ女王に王冠を授けてください」
ライモが言うと、エドワードはアイラに王冠を渡した。
質素なデザインの王冠を、アイラが受け取り、自ら頭に戴く。
拍手と歓声が起きた。
「アステール初の女王にふさわしいお方だ」
「アイラ女王、万歳!」
「かっこいい、アイラ女王、すっごくかっこいいよ!」
アイラ女王は、広場を見渡して堂々と舞台に立っている。
「それではアイラ女王から就任の挨拶を」
ライモが言うと、演奏は中断された。
声援と歓喜の声は静まり、期待の熱気がこもる。
「私はここに宣誓します。
この国の主権は王ではありません。
あなたがた一人一人の国民です。
生まれたばかりの子供にも、老いた者にも。
さまざまなジェンダーの人々、障害をもつ人。
すべての尊い命に人権があります。
私はその命を守る王となります。しかし──」
アイラ女王は笑顔から、厳しい顔になった。
「私がもし王として道を間違えた時、私を糾弾してください。
私も王である前に、人間です。
もし人権が奪われそうになった時は、沈黙せず、声をあげてください。あなたたち一人一人の声で国は作られるのです。
みなさんの国民主権を大事にしてください。
誰もが個人として尊重される国を作ります。
ジェンダー、階級、生まれで、人を決めつけない。
この王冠の重さに誓います。
私はこの国をより良い国にする。
国民のすべてが、幸せになる国を目指します。
アステールに自由と、真の民主主義を!」
アイラの誠心誠意の言葉に、レイサンダーは涙を流した。
クィアのレイサンダーにとって、アイラが「性別」ではなく「ジェンダー」という言葉を使ってくれたのが嬉しかった。男と女だけではない、そこに当てはまらない者にも主権と人権がある。
最初に拍手をしたのは、ライモだった。
彼が拍手をするたびに、絹の衣装はきらめいた。
空気が振動するほどの民衆の拍手と歓声で、世界樹の葉が揺れていた。
アイラ女王が石の王座に座る。
王座から月桂樹の枝が伸びて、黄色の花が咲いた。
頭にふわりとしたものを感じて、触れてみると月桂冠が頭に乗せられていた。見渡すと、広場に集まった人々、すべての人の頭に月桂冠があった。母親に抱かれている赤ん坊の頭にも。
※
アイラ女王の直属の臣下である三官女は舞台袖で、アイラを見守っていた。朝から上機嫌だったアイラは、堂々たる女王の威光を見せた。
「緊張という言葉とアイラは無縁だわ」
リディアは親友を誇らしく思って言った。
新調したドレスは胸元に大きなバラが咲いている。アイラが素敵だと褒めてくれた。
「そうだな」
エルサが笑って言う。彼女は黒の燕尾服がとても似合っている。
「アイラのような強い子ほど支えてあげないといけないわ。我ら三官女も誇り高く」
ノラが言う。燕尾服にスリットの入ったスカートで、一段と今日はあでやかだ。
「いつだって私たちは誇り高い女たちよ。女王に選ばれた三人なのだから」
リディアの言葉に、エルサとノラはうなずいた。
※
最前列の席でアンは汗だくだ。すべての光景を絵に残したいという欲望が抑えきれない。描いたスケッチは、横にいるオーが丁寧に回収した。
エドワード王の安堵と寂しさの顔、ライモの花嫁のような美しい衣装──この衣装のディテールを描くだけでもかなり時間を取ったが、彼の美しさを引き出す最高の衣装だった。
そしてアイラ女王の、まさかのドレスではなく燕尾服。長いマントをさばいて舞台に上がった姿。情熱的な演説をした笑顔から、厳しい表情への変化を、アンは必死で鉛筆を動かして描き続けた。
そして最後、王座から月桂樹の枝が伸びて黄色の花が咲いた。
すべての人に月桂冠が授けられた。
その光景を、アンは描き切った。
ああ、歴史を描いているのだ、という鳥肌が立った。




