第四十九話 戦争は悪!平和連、登場
「質問があります」
貴族院のサイモン・シェーン議員が立ち上がった。
ジーモンは発言を許す。
「セラフィム研究所にワインストン防衛大臣のサインで、契約金が二度も支払われていますが、納品はされていません。この研究所を調べたところ、存在しないことがわかりました。架空の契約書は金庫ではなく、なぜか書庫に隠されていました。しかも送金ルートはスメラ国経由の外資となっています。
そして一番の問題が、この幽霊会社に支払われた契約金は、防衛費から出されています。王が呪われて不正に捺印を押された防衛費許可の書類です」
「それからさらに調べたところ、騎士団長ゴドー氏の親族の武器貿易商から訓練用の武器を買っていますが、騎士団の武器庫を見たところ、剣も盾も古いままでした。
そして、フランク師団長。騎士団員から告発がありました。
スメラ国と共同して、戦争の火種を作る。
スメラ国から奇襲がくる、それに対抗する、そして戦争にするというシナリオができている。戦いに備えておけと言われたと。
ワインストン防衛大臣、ゴドー団長、フランク師団長、お答えください」
不正義衆たちの逃げ場はもうない。
「これはなんと、用意周到だ! あっぱれである、褒美をやろう」
ライモが壇上に大量の宝石を置いた。
不正義衆たちがその輝きに目を奪われると、青白い煙が上がって、宝石は髑髏と骨に変わった。のけぞった不正義衆を見て、ライモは不思議そうに、こてんと首を傾げる。
「何を驚くことがある? おまえたちがしたことは、こういうことだ。国から金を巻き上げ、戦争したかった。なぜかって、それは戦争は金になる。おまえたちにとっては。
しかし、戦争に駆り出される騎士たちは、このように死んで骸骨になってしまう。
さて、なぜ宝石を出したかは、調べは全部ついている。
おまえたちは武器貿易省から、宝石の見返りまでもらっていやがったからだ。まったく、抜かりのない悪党ぶりだ」
ライモが肩をすくめる。
「わ、私は受け取っていません! スメラ国と戦争の話も、もしもの話ですよ。私は無関係です。お、王に渡す手紙も脅されてやっていました」
フランク師団長が言い訳を始めた。
「その通りです、私たちは防衛大臣に言われてやったこと!
せ、戦争なんて、そんなこと……」
ゴドー騎士団長も慌てふためいて言う。
「おまえたち、私にばかり罪をなすりつける気か! 元を言えばこれはスメラ国のイカル王子から持ちかけられた話で──」
防衛大臣の言葉は、ここで途切れた。
国会議事堂の扉が開き、白旗を持った黒い肌の若者が入ってきた。
「私の名はフレデリク・マーティン! 平和連の者だ。
中央大陸の平和に背いたとして、三人を連行する!」
よく響く声でフレデリクが言うと、騎士団員が三人を取り囲んで、縄で縛った。
「まったく、いつの世も戦争しようなんていう者が現れる。私はもう引退したというのに。私は平和連会長、オーガ・テレサ。皆の者よ、よく聞くが良い。今から我ら平和連の若き有志が、平和締結の誓いを読み上げる」
オーガ・テレサは壇上で告げると、フレデリクの手を借りて降りた。
黒髪のボブヘアに、白いワンピースの少女と、東洋の民族衣装を着た黒髪に三つ編みの少女が壇上に上がる。ライモが壇上の周りにポピーとデイジーで飾りつけた。
「平和連の一員、アンネです。平和宣誓を行います。
中央大陸は、正義と秩序を基調とする国際平和の政治に希求し、国家の発動たる戦争と──」
アンネが言い終えて、隣の少女に視線を向ける。
「平和連一員のサダコです。宣誓を続けます。武力に対する威嚇行為または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
サダコが言い終えて、アンネと目を合わせる。
「世界平和は絶対に守らなくてはなりません。
いかなる戦争も紛争も許さない。
ここに平和連一同、誓います」
二人の少女が同時に言った。
観客席から拍手が起きる。
平和連たちは素早く国会から去っていった。
「宣誓を受けて、私は自分の身を恥じました。私、エドワードは退位を決意しました」
エドワードの一言に、場はさらにざわめいた。
ライモはうるんだ目で、エドワードを見上げていた。
その頬に涙が一筋、流れた。
※
騎士団の内部告発者は、レイサンダーの説得でエドワードにすべてを話した。
「私たち騎士が護るべきもの、それは国民でしょう。なのにゴドーたちの悪事を見過ごしていいの? 騎士団は変わる時よ」
レイサンダーの根気のある説得で、ゴドーの仕事の怠慢さやフランク師団長の横暴さに嫌気がさしていた若き騎士団員たちが集まり、フランクの部下である副師団長クレッグを説得した。
「そうだな、レイサンダーの言う通りだ。俺は道を踏み外していた。今こそ正していくべきだ」
騎士団にあるすべての証拠をそろえ、告白した勇気あるクレッグは新しい団長に選ばれた。
レイサンダーは王女改め女王となるアイラの護衛騎士の隊長となった。
悪人は捕まり、宮廷はアイラの戴冠式と生誕祭に向けて忙しくなった。ライモは生誕祭の企画をなんとかまとめて、予算を大蔵大臣のセバスチャンに任せた。
しかし一息もつく暇がない。
ライモは宮廷服飾士のルディ・シュナベールのアトリエに呼ばれた。高身長で枝のように細い体で、肩が異様に尖った奇抜なデザインのジャケットを着ている。
「君……道化師の君はね、この夏もっとも熱い人に選ばれた、美の伝道師なのさ」
憂いのある垂れ目で、ルディはにっこりと微笑んで言う。
顎は小さいが目は大きく、唇は紅が塗られてぽってりと赤い。
眉毛はなく、銀のティアラで前髪を上げている。逆立っている銀髪は毛先だけ紫色だ。
伝道師?
何を言ってるのかさっぱりだが、ライモは招かれてルディのアトリエに入る。何体もあるトルソーには作りかけのドレス、三台のミシン、カーテンのついた着替え室がある。
大きな机の上には何枚ものデッサンが散らばっていた。
そして部屋のほとんどが布で埋め尽くされている。
「見てくれ。アイラ女王様の注文で、私はこんなにも描いてしまったよ、デッサンを……ああ、それは君が美しいからね。ふふ、ごらんよ。絹と真珠を君がまとったら、美の讃美歌を歌いだすことだろう」
ルディの言っていることはさっぱりわからないが、デッサンから見るに、ほとんどがドレスのようなデザインだ。一応ズボンは履いているが、肩から垂れる布の長さ、広がった袖の何段にも重なったフリル、腰からも広がるスカートのようなシルエット。
「あの、これは何かの間違いでは。僕は戴冠式の立会人ですよ。立会人がこんなに目立っては……」
ライモが言うと、ルディは悲しそうに目を伏せた。
「いいえ。これは女王命令ですわよ。ライモさん!」
アトリエのドアが勢いよく開いて、ゴドーと離婚したヘレナ、そして数人の娘たち、大きな箱を抱えたオーが入ってきた。
「この布がライモさんに合うわよ。アステールの極上の絹ですよ」
エプロンドレスの少女が、オーが置いた箱から布を取り出してライモの体にあてがう。
「こ、こんな高級な衣装、僕なんかにムダ使いですよ!」
ライモは赤面して言う。
「ふふふ、君ってば真面目なんだから。お金はアイラ女王が一括で払ってくれたよ。アイラ女王の資金だから、国税は使ってないよ。美しい布とレースとパールが君を欲しがっている。さぁ、オーくん。彼の寸法を測ってくれ」
ライモはオーにカーテンで遮られた着替え室に連れ込まれた。
「よし、正確に採寸したいから、下着姿になってくれ。相棒の俺だから信用してほしい」
オーが肩に手を置いて言う。
ライモはため息をついた。女王命令、アイラのお小遣いから支払われたお金。それを聞いて誰が抵抗できる。
「わかった。さっさと測れ。ただし、変なとこ触ったら殴るからな」
「ふむ、ライモ。ちょっと成長したな。しかしなんと細い腰だ。胸板も俺の半分しかない。なんだこの足は、こんな足でよく歩けるな。むっ、こんなところにホクロが──」
「やかましい! いちいち言うな!」
ライモはオーの肩を叩いた。
「採寸終わりました。さて、裁断に入りましょう。その間に俺はリディア嬢のドレスを縫います」
オーが大きな体を小さくして、ミシンでドレスを縫い始めた。
「こいつ、ほんと腹立つぐらいなんでもできるんだよなぁ」
ライモは尊敬半分、あきれ半分で言った。
「オーさんすごいのよ、ミシンを使いこなしているわ。ライモくん、こっち向いて。うん、耳飾りはやっぱり真珠ね」
ライモの耳に真珠のイヤリングを当てて、ヘレナは言った。
「あ、あんまり僕を飾り立てないでください! 採寸終わったし、僕はもう行きますよ!」
「おやおや、慌ただしいねぇ……美の伝道師よ、翼を広げてゆくが良い」
ルディのポエムを聞いて、ライモはどっと疲れた。




