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第四十六話 三度のノックと裏金帳簿

 アイラはエドワードの寝室のドアを、三回ノックした。


「わらわじゃ、アイラ女王が来たぞ」


 アイラは腰に手を当てて、低い声で言った。


「どうぞお入りください、女王様」


 エドワードの返事を聞いたアイラは、堂々と寝室に入る。ベッドに座っているエドワードを見据える。


「この度はそちの体調不良、心配したぞ。しかし、わらわは信じておったのじゃ。そちが早く回復することをな。どれ、女王が来てやったのじゃ、話をしろ」


 アイラは腕を組んで、ベッドの傍の椅子に腰掛けた。


「はい、女王様。おかげさまでへなちょこ王は元気になりました。ご心配をおかけして、申し訳なかったです」


 エドワードが肩をすぼめ、おずおずと言った。

 アイラは腕をおろして、ふっと笑った。


「ほんと、心配したんだから。お父様は自分で何もかも一人で背負いすぎ。だから、もう私に任せてよ。王冠を私に継がせて」


 アイラの言葉に、エドワードは思ったより驚かなかった。


「…………あぁ、それはジーモンから聞いていたよ。でも王冠はアイラには大きすぎるんじゃないか」


 穏やかにエドワードは言った。


「ええ、確かに。私の頭のサイズには合わないだけ、王としての責任の重さは知ってる」


「物理的にだよ。アイラの頭に合う王冠に作り替えるのさ。職人の手によって、新しい王冠にしよう」


 エドワードの提案に、アイラは目をぱちくりとした。


「それって、いいわね。では、私がスメラ国に行ってキャリーを制裁している間に、王冠の作り直しをお願いします。その楽しみがあれば、嫌な任務も達成できる」


 アイラは微笑んで言う。


「王冠だけではない。おまえが帰ってきた時は、防衛大臣の裏金を国会で暴いたあとさ。そしておまえの誕生祭と戴冠式を、めいっぱい、楽しいものにしようじゃないか」


 エドワードが笑った。久しぶりに頬に血の通ったエドワードを見つめて、アイラは抱きついた。


「アイラ、大きくなったね。私の自慢の女王よ」

「うん。女王になっても、私のお父様の娘よ」




 ※


 伯爵の妻、ノラ・シェーンが帳簿の「穴」に気づいた。


 きっかけはセバスチャンを屋敷に招いて食事会をしていたとき、酔ったセバスチャンが口にした「帳簿がなんだかモヤモヤするんだよ、不合理な数がね」という言葉だ。


 セバスチャンの執務室で、ノラは華奢な丸メガネをかけ、帳簿に挑んだ。

 確かに「抜け」がある、不合理だ。

 さらにノラは書庫に保存された帳簿から、怪しい帳簿を見つけた。


「セラフィム防衛技術研究所? 聞いたことがないわ」


 ノラは筆ペンでメモをとる。


「契約金が二度請求されている。なのに、どちらも納品の納入記がない」


 ページをめくるたびに、ノラの表情は厳しくなった。

 複数の架空会社が登場し、それらの設立者はどれも似たような筆跡で書類が偽造されていた。しかも、すべての会社の送金先の一つには、スメラ国経由の外資取引口座があった。


「つまり、裏金のルートね。スメラ国と結託している」


 書庫にいたリディアが、ノラのメモを見て言った。


「そういうことになるわね。しかも王のサインは、呪われた期間だわ。イカルがキャリーに呪いのインクを使わせて王の手紙を書かせたのは、裏金の書類にサインをさせるためでもあったのね。ということは、呪いの手紙を王に渡していたのは騎士団の可能性が高い」


 ノラは言いながら、報告書を書く。


「これは、戦争企画でもある。スメラ国と結託して武器を準備していた。これは、平和連の登場だわ。エルサとライモを呼んでくる。ノラ、お見事よ」


 リディアが片眉を上げて、不敵に笑った。


 リディア、ノラ、エルサの三官女はアイラについてスメラ国へ行く。その前に見つけられてよかった、とノラは眼鏡を外して一息つく。ここからの追及はエドワード王、ジーモン宰相、ライモたちの仕事だ。


 ノラは屋敷に帰って、旅の準備をした。


「ただいま、ノラ。リディアから聞いたよ、裏金を見つけたって。さすが、君だ」


 夫婦の寝室で、サイモンは子供のような無邪気な笑顔で言った。青い子犬のような瞳に、思慮深い口元をしたサイモンを、ノラは抱擁する。


「しばらく寂しい思いをさせるわね。私は大丈夫、あなたもお仕事、頑張ってね」


「ああ、君が暴いた政治の闇を葬るよ」


 ノラはそう言った夫の、額、左頬、右頬、そして最後に唇に口付けした。




 ※


 騎士団長ゴドーの妻であり、エルサの母であるヘレナは国会に突撃してから、一度も屋敷に帰っていない。

 エルサが一人暮らしをしている下町のアパートメントの隣に引っ越してきて、ミシンをかける縫い職をしている。


 元々裁縫が好きなヘレナで、家のミシンでエルサのズボンを縫ってくれていた。


 ヘレナはお嬢様育ちだが、子供のころからメイドの仕事を手伝うのが好きで、成績はさほど良くなくても着々と学んだ。あまり喋らない方だが、瞳を見れば彼女には深い思想があるとわかる。


 エルサは母から一度も女の子らしくないことを責められたことがない。兄たちと比べられたことも一度もない。


 兄たちが反抗期に入って父ゴドーのような偉そうな態度をとっても、責めなかった。


「さっぱりしたわね。あなたは頭の形がいいわ」


 ヘレナは、父ゴドーがエルサのスキンヘッドを見て怒り狂っているとき、エルサの頭をなでて朗らかに言った。


「もう決まったことだから、仕方ないじゃない。エルサは騎士よ」


 ヘレナは何度もゴドーに言い聞かせた。

 ヘレナは今、別居生活を楽しんでいる。ずっと下町に暮らしてきたように、労働階級の女たちと話して笑い声をあげている。

 エルサはスメラ国へ旅立つ前、母に甘えたくなった。


「大丈夫よ、心配しないの。ほらこれ、新しいズボンよ。タックを入れて、裾に飾りボタンをつけたわ」


 母ヘレナはにっこり笑い、新しい服をくれた。


「ありがとう、気に入ったよ」


 エルサはボストンバッグの中に、母が作ってくれたズボンを入れた。




 ※


「おまえ、寝ている時にすごい歯軋りをするな」


「もっと食えよ」


「本ばかり読んでいないで、太陽を見てこいよ」


 リディアは書庫で寝泊まりするようになってから、サニーに文句ばかり言われている。サニーは城にある自分の居住部屋には時々しか帰らず、リディアが猛烈に勉強するのを横で見ていた。


「明日、いよいよスメラに出発だな。リディアのことだ、完璧なんだろう」


「ええ、完璧よ。私がいない間、しっかり書庫の番人をしてよね。ここには機密情報を隠しているんだから」


 リディアが言うと、サニーは目を伏せた。


「…………わかっている。しばし、寂しいな。また歯軋りを聞かせろ」


「歯軋りはしたくてしてるんじゃないわよ」


 リディアはそう言って笑い、サニーの頭をなでた。




 ※


「オー、アイラ女王を頼んだ。そしてスメラでイカルの臭いを見つけてこい」


 ライモは夕食のあと、オーに言った。ジーモンは皿を洗っている。


「わかった、相棒との約束を守る。あ、そうだ。言い忘れていたことがある。ジーモンさん、あなたは足の裏に無限星の印がありますよ。左足です」


 オーが言った。


 ジーモンは皿を洗う手を止めて、椅子に座り左足の裏を確認した。そこには確かに、大きく無限印の星があった。

 ある、とは思っていたが足の裏とは予想外だ。


「これはこれは。私は無限星の印を踏んで歩いていたということか。ふっ、これは面白いな。はーっはははは」


 ジーモンは高笑いをした。


「足の裏、実にお父さんらしいね」


 ライモは言ってから、自分の印が欲しいと思う。


 望んで得られるものではない。

 しょせん、自分は道化師だし、とライモは自嘲する。

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