表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/84

第四十四話 引退、そして新しい風

王女の教育係は、貴族の夫人会で高嶺の存在であった。

 教養が地位の高さとなる。アリス・ガードは少女時代から母にそう教えられ、懸命に勉強して完璧な淑女となる教育を受けた。男爵の夫と結婚、男の子を二人産んだ。夫は五十歳の若さで亡くなった。


 未亡人となったがアリスは懸命に男の子二人を育て上げ、六十歳にして念願の「王女の教育係」となった。

 しかし、アイラ王女は暴れ馬の方がまだマシだ、と思える強者だった。アイラは淑女という言葉に全力で反抗し、アリスを悩ませた。


 しかし、アイラは「才女王女」と呼ばれるほど

頭がよく、母親が晩餐会で企てていた貴族復興に気付き王に進言するなど、アリスを驚かせた。貴族復興を望む年配の夫人たちはそれを良く思わなかった。アリスは何度も嫌味を言われ、やがて夫人会で孤立した。

 アイラは、コルセットを窓から投げ捨てたことがある。

 激しく怒るアリスを、じっと冷たい目でアイラは見返してきた。あの三白眼の緑色の瞳、反抗の塊。


 宮廷道化師ごときの身分の者に恋をし、結婚すると言い出して、とうとうアリスの手に負えなくなってきた。

 そこに現れたのが、ノラ・シェーンだ。

 色気と美貌、そして話術でノラは社交界の花と謳われた。

 彼女ならばアイラをなんとかできるかもしれないと、アリスはノラに教育係を任せることにした。ただ辞めるだけでなく、次の教育係を決める責任がアリスにはあった。


 結果、これが失敗だった。ノラはアリスが恐れていたフェミニズム協会と繋がっていた。彼女は最初は淑女たちを肯定しながら、じわじわとフェミニズム思考を宮廷内に持ち込み、若い夫人に影響を及ぼした。それはやがて衆議院の妻、騎士団の妻にまで広がっていった。


 女は女らしく、男を立てるために。


 アリスは、政治に女が関わるなど、考えたことがない。

 政治は男がする、女たちは仕事が大変な男を支える。

 それが「淑女の美学」だと信じて疑わなかった。

 国会に女たちが突撃するという大騒動が起きたあと、アリスは寝込んだ。まさか騎士団長の妻までもがあのような野蛮になってしまうとは。


 アイラが病に伏した王の代行をする。

 ここでもう、アリスは耐えられなくなった。

 七十代に差しかかる体、もう身がもたない、隠居だ。


「アイラ王女。…………いいえ、アイラ王代行。わたくしは引退させていただきます。今まで側で支えさせて下さったこと、感謝いたします」


 王の執務室で、アリスはアイラにそう伝えた。

 アイラは勢いよく立ち上がり、アリスを抱きしめた。


「感謝するのは私のほうよ、ガード夫人。あなたが母代わりとして私を教育してくれた。あなたとはたくさんケンカをしたけど、でも心強かったよ。私みたいな、跳ねっ返りの王女の教育係で大変だったでしょう。今まで本当にありがとう」


 アイラ王女の体はとても熱く、そしてアリスより大きくなっていた。


 アリスは涙した。まさか抱擁されると思わなかった。


「いいえ…………この国において初めての王女となられる女の子を育てられて、幸せでしたよ」


 こうしてガード夫人は引退したが、夫人会にはよく顔を出した。

国家で夫の罪を暴き、肩を出したドレス姿を披露したミランダ夫人が「いい年をして下品だ」という友達の夫人に、

「そうかしら。とても勇気ある行動だったわ」と答えて、ミランダ夫人と友達になった。

 ノラともよく話すようになった。


「アイラ王女の話を、また聞かせてください」


 ノラにそう言うと、ノラは優しく微笑む。


「アイラ王女に会って話されたらいいのに」


「いえ、わたくしは引退しました。アイラ王女にはもう必要がない。これからは、わたくしの時間です」


 アリスはそう答える。

 しかしアリスの教えたいという欲求は心から引退しておらず、屋敷内で小さな教室を開き、いろんな子供を招き入れた。


 おてんばのアイラを教育したアリスは、どんな子も机に向かわせて学ばせることができた。

 そうしていつの間にか、アリスはフェミニズム協会のドアを叩いていた。         


        ※


 アリス・ガード夫人のあっけない引退により、アイラの誕生祭計画を急ぐ必要はなくなった。しかしライモは「やろう」と決めたことを途中で投げ出すのが苦手だ。企画をまとめておかないと気が休まらない。そこで、日曜の休日、お茶会で誕生日をどうしたいか相談することにした。


 リディア、ノラ、エルサと常に王女につく直近の家臣である「三官女」となった。リディアが侍女で秘書、ノラが外交、エルサが護衛をつとめる。


 アイラと三官女は日曜はお茶会を開く。「来たい人は来なさいよ」とアイラは言っており、城の三階にある一番広い喫茶室で開かれ、おもに若い女性でいつも賑わっている。


「こんにちは、お嬢さん方。宮廷道化師ライモ、今日は日曜もお仕事です」


 開かれた喫茶室に、ライモは気取った声で言いながら入っていった。手にはアイディアを書き留めるノートとペンを持っている。


「まあ、ライモ様だわ」

「今日も美しいわね」

「アイラ王女に会いに来られたのよ」


 ひそひそと女性たちが話している。


「ヤダァ、オー様とライモ様のツーショット、尊い」

「二人が並ぶとそれぞれの美しさが引き立つのよ」


 ライモは部屋のすみから聞こえた声に驚き、後ろを見る。


「オー! 今日は来なくていいって言っただろう!」


 ライモは小声でオーに詰め寄る。


「心配でついてきた。ライモ、仕事を詰めすぎて三時間しか寝ていないだろう。疲れたらすぐにおんぶして帰るぞ」


 オーが大きな声で言う。ライモは顔を赤くした。


「ようこそ、お休みの日も働く宮廷道化師さん。もし倒れたら、ライモは私の部屋で休むからいいのよ、オーは帰って」


 アイラが言う。ピキピキ、と怒りで震える笑顔だ。


「ライモは寝相が悪い。それに部屋のベッドでないと熟睡できないようで、俺の部屋のベッドでは寝にくいと言っていた。王女にはわからないだろうが、庶民にとって王室のベッドは寝にくいと思う。ああ、すまない。寝床より、誕生祭の話だったな。俺はここにいるから、助けが必要なら呼んでくれ」


 オーはそう言い、ドアの横にもたれかかって腕を組んだ。

 なんでケンカ売るようなこと言うんだよ、ビ! とライモはオーを睨む。


「へぇ〜〜〜そうなんだぁ〜〜〜ライモってベッドにこだわりがあるのねぇ。ライモって寝相悪いんだぁ、ふーーん、私、知らなかったぁ」


 アイラ、怒っている。でもライモが怒られる理由なんかない。


「なんと、オー様はライモ様のことをなんでも知ってるのね」

「見て、オー様の顔。全て自分に任せろ、という顔をしてらっしゃる」

「ライモ様はもじもじ、焦ってる」

「アイラ様、血管切れそう」


 ざわざわと周りが騒ぎ出す。助けて、誰か。  


「ふふふ、みなさん仲がよろしいのですね。それより、アイラ王女の誕生祭。私も楽しみです。どんなお祭りなのですか?」


 クリスが笑い声をあげ、澄んだ声に場の空気が変わった。


「そうですわ、今年はもっと派手にしましょうよ」

「お菓子の種類を増やしましょうよ」

「アイラ王女に着ていただきたいドレスが」


 令嬢たちに取り囲まれ、アイラの顔が穏やかに戻って、ライモはホッとする。


「僕から考えてきた案があります。その名も“みんな王女様、王子様クッキー”。子供が食べると、その子の好みに合わせた冠が頭に表れるのです」


 ライモが言うと、アイラは微笑んだ。


「素敵だわ! それを採用します。私、今回の誕生祭は戴冠式を兼ねようと思うの。そうすれば費用も抑えられるし、各国から来る王族も一度で済むじゃない」


 アイラの発言に、ライモはペンを落とした。

 オーが拾いあげて、ライモにペンを持たせた。


 リディア、エルサ、ノラの三官女を見ると、しれっとした顔をしている。アイラの爆弾発言、すでに知っていた顔だ。


「それは素晴らしい! そうですわ、もうみんなアイラ王女の王代行に虜です。ぜひ派手な戴冠式を!」


 はっちゃけているメイド。


「ついに女王誕生…………」


 泣いている令嬢。


 ライモは、覚悟を決めなければならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ