第四十一話 外交こそクール
アイラは会議室に騎士団長と副騎士団長、防衛大臣を呼んで、対イカルの会議を行った。その前にまず、アイラは騎士団による女性への性被害、酒に酔って酒場で暴れた件について騎士団長と副騎士団長を叱った。
小娘に叱られて、騎士団長と副騎士団長は苦々しい顔をした。
「ミモザ騎士団を正式に騎士団と認めます。彼女たちは熱心に街のパトロールをしてくれています。ミモザ詰所の設置を進めているところです。彼女たちに負けぬように」
「十八の小娘に叱られて、かわいそうに」
アイラの言葉に、ライモがくすくすと笑って言う。
「騎士団は騎士道を忘れて、軌道からそれてしまった。さて、元の誇り高き騎士団に戻れるか、次の作戦にかかっている」
ライモが言う。
「そうです。王に呪いをかけたイカル・スメラはこの国の侵略を企てている。まずは対話で、スメラ国と協力してイカルを捕らえます。スメラには私の母、キャリーがいます…………彼女は、イカルと親密な関係にある。キャリーなら私が聞けば喜んでイカルの情報を話すでしょう」
アイラは吐き気をおさえながら言った。
イカル・スメラ。ライモを強姦し異母妹のクリスも犯し、キャリーと肉体関係にある。なんとおぞましい悪魔だ。スメラの王も色狂いで何人も愛人がいるという。そんな国と外交などしたくないが、王族が悪いのであってスメラの国は悪くない。
「しかし、それで解決できますでしょうか。防衛で武器を揃えた方が」
それまで押し黙っていた防衛大臣が、ここぞとばかりに言う。
「中央大陸では戦争は禁忌です。ここでイカル一人に防衛しては、イカルの策略通りでしょう。スメラ国とアステールの平和のため、ここは国交を固めるべきです。イカルは現在、国から逃亡中。スメラ国でも厄介者です、二国協力して、イカルをとらえます」
アイラは言ってから、三人の顔を見た。
どこか納得していない。今まで女の言うことを聞いてこなかった男たち、王代行の王女の言葉は素直に受け入れがたいのだろう。
「騎士団は、今まで通り騎士の訓練とパトロールの強化を。防衛大臣も今まで通り、お願いします。今日はお疲れ様でした」
アイラは立ち上がり、三人に頭を下げた。
会議室にメイドがやってきて、にこにこと笑いながらお茶とマカロンを出してくれた。
「ありがとう、シンシア」
「王女さま、かっこいいです」
メイドのシンシアの言葉に、アイラは疲れがとれた。
「的確な判断でしたよ。たった数週間で、もう女王様だ」
ライモが言った。
「そうでしょうよ。私は女王になるために生まれてきた。それより、オーの様子はどう? 星を持つ108人をたった匂いで見つけて来ると言ってたけど」
「ええ、もう五十人は見つけているようです。オーに任せておけば、間違いないでしょう。どうです? オーは外見もいいし、変人ですけど誠実です。なんでもできますよ。…………僕よりも、オーの方が」
ライモが目を伏せて言った。
「確かに。あの計り知れなさは、おもしろい。あ、そうだ。これ、アンさんに描いてもらったライモの絵。よく描けてるよね。仕事に疲れたら見るんだ」
アイラは葉書サイズの絵をライモに見せた。
筆跡の強いペン画はライモの完璧な横顔を表現している。
「次はもっと大きなキャンバスに描いてもらおうよ」
「えー嫌、もう嫌ですよ。アンさんってばひどいんですよ、僕の絵を描いて高値で売ってたって。モデル料、払ってほしいですよ」
ライモが笑って言った。
「あははは、まぁそれだけあなたが素敵ってことよ。ライモも座って、一緒にお茶飲もう。シンシアのいれてくれるアッサム茶は最高だし、このマカロンもとってもおいしいの」
「いえ、それはできません。僕もこれから用事があるので。…………アイラ王女、あなたにはもっと、有能で箔のある男が側につくべきです。あなたの王女としての実力を底上げするのは…………僕の役目ではない。では、失礼します」
ライモが会議室から出ていく。含みのある言い方が気になったが、アイラはライモの真意がつかめなかった。
※
クリスの証言でアンが描いたイカルは、まさにあの時に見た、鋭い目で大きな口の男だった。ライモは事件を思い出して震えた。忘れたいのに体が痛みを覚えている。
イカルはクリスを犯しながら、自分はアステールの少年も襲った、と供述しそうだ。なんという畜生だ。
クリスは表情がない。魔術師ヤグは彼女に寄り添い、片時も離れなかった。ライモはクリスになんと言葉をかけていいか、わからない。同じ被害者だが彼女は家族に犯された。よく知っている者にされた強姦はすさまじい痛みだっただろう。
「あんた、変わった魔術師やな。特級でも一級でもないが、特殊な魔力を持っている」
ヤグがライモの周りをうろうろして言った。
「そうですか。僕はしがない宮廷道化師ですよ」
「そうかぁ。案外、あんたみたいなのがおっそろしい魔術師やったりするねんなぁ。あんた、ケンカは好きか?」
「いえ、あの。そもそもケンカって好き嫌いではないですよ」
紫色の瞳は一級魔術師のみが持つ特徴で、ヤグはおそらく少女の姿だがかなり長く生きているだろう。西なまりの言葉も相まって、不可思議な存在だ。
「ヤグ、ライモさんに絡まないの。この方はとてもケンカなんて野蛮なことなさらないわ。すみません、ライモさん」
クリスの謝罪に、ライモは「いいですよ」と答える。
「ライモさん。私たちは、お互いを哀れみましょう。傷の舐め合いと言われてもいいわ。私たちは、同じ痛みを知っています。私がイカルにされたことを、聞いてください。そしてあなたがされたことも。私たちは同じ痛みを分かち合うことで、救われるかもしれません」
クリスは真っ直ぐな瞳で言う。
思いもよらない言葉にライモは目を見張る。
「あなたはアイラ王女に愛されている理由がわかります。私たちはイカルに汚されてなどいない。あなたは美しい人です。そして私も、なかなか美人でしょう?」
クリスが微笑んだ。
ライモも笑う。
「せや、べっぴんさんや」
ヤグが威張って言った。
「私とヤグは恋人同士なの。私はヤグのおかげで救われた」
クリスとヤグが手を繋いで微笑んだ。
「そうなんですね。とてもお似合いのお二人だ。では、また話をしましょう。お互いを、癒すために」
「はい」
ライモは一礼して、歩き出す。クリスのほうが自分より大人だ。あの歳で彼女は聡明さで生き抜いてきたのだろう。
「お疲れさま、ライモ様。今日はお話があります。どうです、久しぶりに酒とつまみを買って、家で飲んで騒ぎましょう。ジーモン殿は王の様子を見に行かれました。今夜は二人です」
廊下の掃き掃除をしていたオーが近づいてきて、言った。
「そうだな、そうしよう」
「俺が酒を買ってきます。うまい飯も」
「わかった、先に帰ってる」
ライモは家に帰り、ベッドに横になった。
イカル・スメラがどのように処罰されれば、この憎しみと痛みは消えるだろう。ライモは体を丸めて、しばし眠った。
アイラの隣にずっと立ち続けるのは、つらいよ。




