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第四十話 告発の夜

「イカルが王を呪ったことについては、叔母のキャシー…………アステールの元皇后ですね…………が、私に得意気に話してきたんです。イカルが魔法のインクをくれた、これでエドワード王に復縁を迫れば、望み通りになると。そのインクをヤグに調べてもらったとこ、呪いのインクだとわかりました。魔術法律に違反する物です。これが、そのインクです」


 クリスが小袋から小さな瓶を取り出して、テーブルに置いた。

 ヒガラが手に持って臭いをかいで、おえっとえずく。


「悪趣味な。生き埋めにして殺した獣の内臓やら気持ちの悪いものを詰め合わせたものだ。くそっ。しかし、これで解毒剤が作れる。王は呪いから解放される」


 ヒガラが言うと、クリスはレイサンダーが入れた茶を一口、優雅な仕草で飲んで、ため息をついた。


「えぇ、本当に悪趣味です。叔母とイカルは性的な関係にあり、離婚後は宮廷で不遇な扱いを受けている叔母は、それすら若い男に抱いてもらえたと私に自慢してくるんですよ」


 クリスの冷たい言葉は、十五歳の少女にしては渇きすぎていた。

 少女相手にする話ではない、元皇后キャシーの下品さに目眩がする。


「それと、これもまた辛い話ですが………」


 こちらがなんと受け止めていいか戸惑っているのにも関係なく、クリスは話し続けた。


「イカルは性犯罪者で人間のクズです。三年前に起きた十五歳の少年が強姦された事件の犯人は、イカルです。自分が犯人だと自慢していました。私はイカルに何度も犯されました。あいつは…………とんでもない、獣のようです」


 クリスの言葉に、クイナがすさまじい形相に変わった。

 レイサンダーは口に手を当てる。なんということだろう。

 イカル、許せない。


「そうか、ようやく犯人がわかった。クリス王女、ご自身も被害に遭われたのに証言してくださり、感謝いたします」


 震えた声でクイナが答える。


「とんだクソ野郎だ」


 ヒガラが吐き捨てる。


「クリス王女、辛い体験を話させてしまって、ごめんなさい。あなたもイカルの被害者なのですね。私は騎士です。悪を捕まえる任務があります。イカルを捕まえます」


 レイサンダーが言うと、クリスが少しだけ柔らかい表情になった。


「レイサンダーはん、あんた一人では無理や。うちも奴をとっ捕まえる」


 ヤグが言う。


「ですわね、では協力しましょう。今宵は遅いですから、もう休んでください」


「いいえ。お気持ちは嬉しいですが、城へ急ぎます」


 クリスとヤグは立ち上がり、引き止める間もなく魔法の馬車で走り去っていった。

 クイナとヒガラは呪いのインクの解析を始めた。レイサンダーは眠る王の見張りをした。

 親友に酷いことをした犯人がわかった。悪魔のような男だ。

 今すぐにでも牢屋にぶち込んでやりたい。


 ※


 真夜中の訪問者は、スメラ国の王女と宮廷魔術師だった。

 アイラは寝巻きの上にローブを羽織り、応対した。

 スメラ国の王女、クリスからすべてを聞いて、アイラは怒りに心が燃え盛った。


「クリス王女。あなたはしばらく城に滞在していなさい。あなたが密告したとイカルが知れば、あなたの身も危ないでしょう。自国に帰られるのは危険です」


 アイラが言った。


「しかし、私がここにいることで、アステール城もイカルに狙われるかもしれません。私はヤグと、イカルから逃げる手筈は整えています」


 クリスが反論する。


「いいえ。あなたはまだ十五歳の少女。宮廷魔術師のヤグさんの力があっても、少女一人で逃げるのは危険だわ。ちょうど、騎士道を忘れている騎士たちに活を入れる時です。私と騎士があなたたちを守ります。もう夜中、おやすみなさい」


 アイラはクリスの手を引いて、客室まで連れていく。

 クリスはぼろぼろと涙を流していた。アイラは特に慰めなかった。


「いいこと。私を姉だと思って、頼りなさい。二人では戦えない。あなたと同じ目に遭った宮廷道化師ライモ、亡くなったカナリアにはたくさんのファンがいたの。この国ではイカルに恨みを持って、捕まえてやろうとしている人間がたくさんいるの。力は借りるものよ。旅で疲れたでしょう、しばらくゆっくりとおやすみなさい」


「お姉さま……おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 アイラはクリスと初めて会った気がしない。

 本当に、妹みたいな気がした。


 ※


 リディアは夜の街を歩いていた。

 三人の男たちが前に立ちはだかる。


「かわいいお嬢さん、俺と呑みに行かねぇ?」


 にやついて話しかけてきた男の顔には見覚えがある。

 警察騎士団の一人だ。


「嫌です、通してください」


 リディアはしおらしい態度で断る。


「いいからさ、おいでよ」


 腕を引っ張られ、路地裏に連れていかれる。


「かわいいお嬢さん、一人で夜道を歩いてるから、こうなるんだよ。ちょっと楽しませろよ」


 リディアの口は男の手によってふさがれ、別の男が胸に手を伸ばしてくる。


「そこまでだ。痴漢で署まで連行する」


 エルサと、複数の女たちが現れた。

 マスタードカラーの革のベストに、ミモザの花のブローチをつけた女たち。スカートやズボン、シャツはそれぞれ違うが、彼女たちには強い一体感がある。


 リディアは口に当てられていた手を振り払った。


「おまえ……女騎士のエルサか! 痴漢? ただ話していただけだ」


 男たちが焦り出す。


「無理矢理、路地裏に連れ込んで体を触ろうとした。あんたたちが同じ手口で何度も女性を襲ったのは、調べがついてるの。謁見で被害を訴える女性が何人もいたわ。アイラ王女はこれにお怒りよ」


 リディアが言うと、男たちは逃げようとしたが、女騎士たちが捕まえた。

 女騎士はもうエルサ一人ではなかった。エルサとともに「騎士」としてこの国を守ると決意した「ミモザ騎士団」が結成された。


 ミモザ騎士団により、騎士団警察署に男たちは痴漢で逮捕された。

 かつて被害を受けた女性たちが、この者たちが犯人だと訴えた。


 アイラ王女が王代行になってから、女性の謁見者が増えた。

 男では聞いてくれない、女なら聞いてくれる。そうして語られた被害は、想像を遥かに超える酷さだった。


「エルサ! こっちは酒場で暴れてる騎士団をとっ捕まえたよ。まったく、騎士団はいつから国民を守らず迷惑ばかりかける存在になったんだか。狼藉団に名前変えろよな」


 黒いシュートマントをなびかせ、ミモザ騎士団の副団長ビリーが走ってきた。

 その後ろを、トランス女性のティナが長いスカートを上手にさばいて走っている。


 ミモザ騎士団は女性だけではない。クィア、トランス女性、ノンバイナリーとあらゆるジェンダーのメンバーがいる。

 国会に女たちが突入した事件をきっかけに、自分たちを守る自警団を作ろうと、エルサの親友のビリーが言い出して募集をかけたところ、すぐに三十人集まった。

 自分たちは自分たちで守る、生きやすい道を作りたい者たちが大勢いるのだ。


 ティナは足の甲、ビリーは右手に無限星の印を持っている。

 リディアの考えでは、この無限星の印を持つ者は、やはりこの国を変えようとしている者が多いと気づいた。


 王の失意により混乱したこの国を変えたい。

 108人が集まれば、強靭な力となる。

 さて、どうやって集めるか。

 

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