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第三十七話 騎士が護るべきもの

 真夜中、アイラ、ライモ、ジーモン、クイナ、レイサンダーとエルサ、オーはエドワード王の寝室に入った。

 ライモはエドワードの耳に口を近づけて、歌う。


 春のうららかな うかれ気持ちで うたいましょう

 あたたかな風に 悪い夢は吹き飛ばされた

 あなたにさずけよう 安楽を

 お眠りなさい やさしい夢だけ 見れますように


 エドワード王の眠りは深くなって、寝顔は安らかになった。


「お父さま、私、がんばるからね。ゆっくり休んでね」


 アイラが王の頬にキスをし、手を握った。

 オーとレイサンダーがエドワードを担架に乗せた。クイナが布をかけ呪文を唱えると、担架は見えなくなった。エドワードがキャリーとイカル・スメラにかけられた呪いは強く、城を離れて養生する必要がある。ジーモンの別荘で、クイナがつきっきりで看病することになった。エドワードが呪いをかけられたこと、養生先は今夜集まった七人の秘密とされた。


「私がエドワード王を護ります。私にどうか行かせてください。……騎士団は、団長も副団長も信頼できません。陛下を呪いから守れなかったのは、騎士の怠慢です」


 レイサンダーはジーモンに願った。


「私もレイサンダーを推薦する。私の父……団長は、貴族にすっかり買収されている。我が父だが信用ならん。王護衛騎士たちは、レイサンダーや私を騎士団の異端とバカにしてくる奴らだ。到底、呪いの秘密も守れやしないだろう。レイサンダーはまだ若いが、危機察知も早く腕も立つ。私は陛下を守る騎士はレイサンダーを推薦する」


 エルサに推薦されて、レイサンダーは胸を張った。

 男みたいな女、女みたいな男。何度も浴びせられた、騎士たちの言葉だ。


「わかった。私も騎士団で信用できるのはレイサンダーと確信している。頼んだぞ、レイサンダー」


「はい。陛下をお守りします」


 レイサンダーは胸に手を当てて、頭を下げる。


「レイサンダー、困ったことがあればすぐに駆けつける。いつでも便りを寄越してくれ。君がいてよかった」


 ライモがレイサンダーの手を握った。


「レイサンダーなら、お父様をお守りできる。お願いね」


「はい」


 レイサンダーはアイラの目を見つめて頷く。

 クイナとレイサンダーは、眠ったままの王とともに馬車に乗った。


「……本当は、少し騎士団から離れたかったんです」


 馬車の中でレイサンダーはクイナに打ち明けた。


「あぁ、そうだろう。男ばかりの縦社会だ、俺だって騎士団にいた時は人種差別を受けてしんどかったさ。過去に他国の侵攻を許さなかった誇り高きアステールの騎士団だが、今では貴族に金をつかまされ、罪を見逃している。戦争を放棄して、国の治安と王族を守ることになった騎士団は何を守るべきか未だわかっていない」


 クイナが苦々しく言った。


「人権を守る。治安を守る、人を守るってそういうことではないですか? 私は、人を守るために騎士団に入ったのに、実際は守るのは自分の地位と騎士団の掟だけです。その掟だって理不尽で古臭いことが多い。エルサも私も、騎士団では異端で、潰されそうになりながらも、なんとか耐えていました。……でも、私はエルサほど強くない。王を守るなんて立派なことを言ったけれど、今の騎士団にいたくなかった」


「それで、いいじゃないか。おまえが王を守りたいのは本心。田舎で王の身の護衛をするのは、逃げではない。たまたま使命がタイミングよくきた。そう思っておけ。ところで、助っ人で来る俺の妹だが、なかなかの変わり者だから覚悟してくれ。おまえ、田舎の退屈な生活なのに、仕事は多くて苦労するぞ」


 クイナが笑って言った。

 レイサンダーも気が楽になり、笑った。そうだ、タイミングが良かっただけのこと。

 別荘にはあっという間についた。オーが御者で馬を走らせると、信じられない速さになる。つくづくなんでも完璧にこなすな、と末恐ろしい。


「それでは、また用事があればお呼びください」


 王を別荘の寝室まで運ぶと、オーはさっそうと帰っていった。


「あーあ、めんどくさいめんどくさい。王様とガキの世話なんぞさせよってに。兄者はお人好しで厄介ごとばかりじゃ」


 床からぬぅっと黒い影が現れて、レイサンダーは悲鳴を上げた。


「なんぞ、そのキャワいい悲鳴は。我はヒガラ。東洋一級魔術師様じゃ。おのれはだれ?」


 ヒガラは顔の半分は丸メガネで隠れ、太い三つ編みと黒いローブで体が隠れているが、只者でないことはわかった。レイサンダーの危険察知が反応している。この人は怖い。


「あ、あの。レイサンダーと申します。今日からよろしくお願いします」


 レイサンダーはペコペコ頭を下げた。


「ふん、挨拶はちゃんとできるようだな。夜は我が王の守りをしてやるから、おまえは夜は休め。しかし朝早くから起きて我の飯を作れ、掃除もしろ。我の手を煩わせるな。ほう、これが王か。なんとも貧相だな、つまらん」


 ヒガラが王を一瞥し、安楽椅子にどっかりと座った。


「妹よ、相変わらずの態度だな。兄は悲しいぞ。力を持っているからと驕るなと何度言えばわかる」


 クイナが呆れた口調で言った。


「知らん。だいたい、呪いを解く治療をしなくとも、呪った奴を殺せばよかろう」


「おまえ! 人を殺すなど口にするなと何度言えばわかる」


「はいはい、兄者はお医者さまでございますからね。もう寝たら、疲れているとさらにイライラするぞ」


「はいはい、そうする。レイサンダー、寝よう。こいつは口は悪いが役目はちゃんと果たす」


 クイナが言って部屋を出る。レイサンダーも後に続いた。


「イカル・スメラを懲らしめたいが、そうはできん。あいつは逃げるのが得意だという情報だ。今の騎士団の調査では追いつけないだろう。しかし、いずれ罰はくだる。だろう、うちの『女王』が許しはしないさ。まあ、おまえはここで心を休めながら、王を守ってくれ。責任は俺にあることを忘れるな」


「ぐすん、クイナさんは本当に優しくて頼りになります」


「ありがとよ。じゃ、ゆっくり休め」


 クイナがレイサンダーの肩を叩いて、笑顔になった。

 頼もしい大人なのに笑顔は少年みたいにかわいい。

 ジーモンがこの人と恋人として大切にしているのが、よくわかる。

 レイサンダーは気が楽になり、アンが青空を壁に描いた部屋で眠った。


  ※


 朝一番の会議で、ジーモンが言った。

 異論はあるが、なんと言おうか、と大臣たちが目配せをする。


「この国で王族の者は私だけです。十八歳の小娘に代行とはいえ王座に座らせるのはご心配のことは承知しています。ジーモン宰相の言うことをよく聞いてお利口にしていますから、どうかお認めください」


 アイラは、男たちの顔を見た。

 小娘が自分の上に立つことに不愉快を隠さない面々を、見据える。


「どうだい、大臣さまたち。もごもごしていないで、何か言ったらどうだい?」


 ライモが会議室を歩き回り、大臣たちの顔を覗き込む。


「その……王が療養中はいっそ、国会を中止しては」


 防衛大臣がおずおずと言った。


「なりません。国会はあなたがた大臣がいらっしゃればできます。国民のためにも国会を中止してはならない、謁見で国民が城に救いを求めることを閉ざしてはなりません。王が回復するまでの少しの辛抱ですわよ」


 アイラは嫌味を込めて笑った。


「誰も『王様の代行をわたくしがいたします』とは言えぬようだ。お嬢ちゃんに任せないと仕方ない。勇気がないなら、認めるべきだ。早く王様のご病気が治りますようにと、お星様に願うしかないようだ」


 ライモが薄く笑って言う。

 ふむ、こうして長の座から見た宮廷道化師とはなんとも憎らしい存在だ。

 アイラと目が合うと、ライモは目をそらす。


「では、王代行はアイラ王女で決定です。ライモよ、さあここに王冠を」


 ジーモンが言うと、ライモが赤いベルベットのクッションの上に置かれた金色の冠を持ってくる。


「さあ、これは重たいですよ。王女、耐えられますかね」


 ライモが意地悪な声で言うが、目は合わせない。


 ジーモンがアイラの頭に冠をそっと乗せる。

 父が戴いていた冠はアイラの頭に大きくて、確かに重い。しかし背筋を伸ばして、背骨から冠を支えられた。


「……似合ってますよ、王女」


 目を伏せてライモが言った。

 当然だ、あなたはそれを隣で見ていて、とアイラは思う。


 会議が終わると大臣たちは足早に去っていった。


「さあ、お嬢ちゃん、謁見室に行こうではないか。物珍しいもの見たさに、国民がわんさか来るのでは」


「そうね、ライモ」


 王は週に四回、朝の十時から謁見室に待機し、国民からの意見や所望、進言を聞く。一人や二人の日もあれば、長い列ができることもある。謁見には宰相が記録係として傍に仕え、ライモは案内役をする。


 ライモが会議室の扉を開けると、アリス・ガード夫人が立っていた。


「ジーモン宰相、正気ですか! アイラ王女を王代行とは! 私は絶対に反対です。なぜ誰も止めないのです。まったく情けない」


 ガード夫人が怒っている、止めに来るだろう、とアイラは予想していたが、久しぶりにガード夫人の「なりません!」は頭にくる。


「もう一月すればアイラ王女も十八歳、アステールでは成人の年齢です。王の代理は王族が務めるもの、アイラ王女が代行されるのは自然かと。何がそんなに問題ですか?」


 ジーモンが言った。

「そうよ」と、アイラは横で頷く。


「女のくせに生意気だと、アイラ王女の評判が下がります。気の強い女は嫌だと、良い縁談を断られることだってあります」


 またこれだ。口を開けるとガード夫人とひどい口論になる。一刻も早く謁見室に行きたいのに、無駄な時間は浪費するまい、とアイラはジーモンに任せることにした。


「それは時代遅れでは。むしろアイラ王女がご立派に王の代行を勤められたら、評判になることでしょう。王の急病という事態なのです。ここで大臣の一人に王座を任せてしまったら政権争いになるかもしれません。一度王座に就いてしまったら、『自分が王になる』と言い出すような者が多くいますゆえに、アイラ王女が代行するにふさわしい。教育係のあなたならば、アイラ王女の素直さと聡明さをご存じでありましょう。もう子離れなさってはどうか。アイラ王女はもう大人です。さあ、参りましょう」


 ジーモンは言い切って、歩き出す。アイラはそれに続いた。


「……何よ、私はアイラ王女の将来を考えて……」


 ガード夫人が震えた声で呟く。


「今までありがとう、私を育ててくれて。でも、私の将来は私が考える」


 アイラは言った。

 

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