第三十六話 失落の王、王女の目覚め
アイラは王の控室から、国会を見ていた。
何度、その背中を叩きたくなったことだろう。
弁説を宮廷道化師に任せ、ただ王座に座っているだけになってしまった、失落の王、父エドワード。
エドワードが国会でも会議でもろくに話さなくなったのは、いつからか。それはライモが去ってからのこと、三年前からだ。
エドワードは言葉数が少なくなり、ぼんやりする時間が増えた。まだ五十代だが、早期認知症かと疑い医者に診せたが、問題ないという。
エドワードは、王でいることに疲れてしまったのだろうか。
アイラは父をいたわり、対話を試みたが父は昔のように話してくれなくなった。アイラが年頃になったから、と眠る前に寝室で話す習慣もなくなった。
ジーモンは、エドワードが夜中に起きているという様子を護衛騎士から聞いて、城に泊まり込みで監視している。
エドワードが廊下に出て、ぼんやりと窓の外を見ている隙に、ジーモンはエドワードの寝室に入った。散乱していた紙を書き集めて拾い、読んでみるとそれは元妻のキャリーからの手紙だった。
その手紙をジーモンから受け取った時、アイラは破りたくなったのを耐えた。
あなたのことが忘れられません。
どうか私と再婚してください、次は良い皇后になるから。
お願いします。
拙い文で、繰り返し書かれた「元」母親の文書に、アイラは唾を吐きかけたくなった。
そして、こんな手紙に惑わされている父に腹が立った。
私がどれだけあの母が嫌いかわかっているのか!
怒るアイラをなだめて、ジーモンは冷静に分析した。
エドワードはキャリーに対して信頼を失っている。貴族から後妻を娶ることを勧められても拒否してきた。あの王がこの手紙だけで失落するだろうか。
これは、ただの手紙ではないのだろう。クイナに見せたところ、「魔術の匂いがする」と顔をしかめた。魔術書を書けるほどの魔術師が、魔力を込めて書いているだろうとわかった。
手紙の詳しい解明をする人物を、クイナが紹介してくれた。
オーだ。
アイラはオーを憤怒の顔で出迎えた。
まさか、こいつの力を借りねばならないとは。
「来てくださってありがとう。あなたが噂のオーね。ええ、とてもご立派な紳士でいらっしゃること。あなた、ライモの下僕になったんですのってね。あーら、いいご趣味で。あれほど支え甲斐のある者はいません」
アイラの後ろには、リディア、エルサ、ノラ、レイサンダーが控えている。
腕を組んで立つアイラは、四人の視線を背中で感じる。
「これはアイラ王女、お会いできて光栄です。ええ、ライモ様は素晴らしい。そしてライモ様が愛していらっしゃるアイラ王女を尊敬いたしております」
オーが胸に手を当てて、礼をする。
アイラはふんっと鼻を鳴らして顎を上げる。
「そうでしょう? 私はライモを心底愛しているのよ。ちょっと聞かせなさい、ライモはちゃんと食べて寝てる?」
「えぇ。最近はジーモンさんが留守のため、食事はライモ様の舌に合うものを作らせていただき、美味しく召し上がってらっしゃいます。道化師の衣装のお着せ替えもさせていただいております。お風呂も沸かして背中を流させていただき、ちゃんとふかふかのベッドで寝かしつけています。ええ、しっかりと健康的な生活を全面的にサポートしています。もちろん、護衛もしっかりおこなっています。ライモ様に届くラブレターは、しっかりフォルダ名をつけて保管しており、ラブレターの紙片を食べて書いた者を把握、要注意人物を特定しております。ライモ様に届くラブレターは、それはそれはあらゆる人物から届くので大変です」
オーが、やれやれ、と大袈裟に肩をすくめて片目を閉じる。
「わかった。わかったぞ、とにかく一発、背中を殴らせていただこうかな。あまりにもライモに近づきすぎだ、おまえ! 食事はよしとして、風呂と寝かしつけはほっといてあげてよ、もう子供じゃないのに、腹立つわっ。私はライモに会えないのにおまえは一つ屋根の下で! そして要注意人物はこらしめなさい、ラブレターは保管せず燃やし尽くせ!」
アイラはオーの襟につかみかかり、怒鳴った。
「わかったから。アイラ、目的を忘れてはいけない」
エルサに止められて、アイラは正気に戻った。
「そうでした。私としたことが、失礼。これが、王に届いた手紙。それを食べて、分析してください」
アイラはオーから距離をとった。エルサが手紙を渡すと、オーはむしゃむしゃと紙を食べ始めた。このような奇行をしているにも関わらず、オーは精悍な美男である。
紙を飲み込んだオーは、口を手で抑えて、前のめりに倒れた。
「まさかっ!? 毒なの!?」
アイラは慌てて、オーに駆け寄って膝をついて問いかける。すぐにオーは起き上がった。
「すみません、アイラ王女。大丈夫です、これは毒ですが俺の体には異常は起きませんよ。たとえ命に関わる毒でも、私はすぐに解毒剤を作れます。ご心配、ありがとうございます。毒は俺にお任せあれ!」
オーがウインクして言った。
「はー? 何だそれ! で、どんな毒なの!?」
アイラは立ち上がって問う。
オーは床にあぐらをかいて、目を閉じて顎をさする。
「これを書いた魔術師は、この国の者ではありません。元皇后キャリーさんの義母兄弟、イカル・スメラでございますね。この手紙に思考力を奪う毒が含まれており、王は洗脳されていますが、なんとか正気を保ってキャリーさんと再婚を拒んでいらっしゃいます。手紙で洗脳することは、中央大陸では魔術師の罪です。許し難い。キャリーは国に帰ってから、あまり良い待遇を受けておらず、皇后という地位に戻りたがっている。それにイカルがつけ込んだのでしょう」
オーが顔をゆがめた。
「…………なんと酷い。イカル・スメラ。聞いたことがあります。西の国スメラの王子は歳は確か二十五歳、スメラの王は多くの愛人を侍らせて、多くの王子がいますが、その中でもイカルは強い勢力をもち、王位を狙っているという噂です」
ノラが話した。
「西の国か。まったく、どこでも王を苦しめて」
リディアが舌打ちをした。
「護衛の力不足だ。まったく、騎士の恥だ」
エルサが悔しそうに言った。
「本当よ、陛下の身をお守りして監視するのも騎士の役目よ。どうして手紙の異変に気づかなかったのかしら」
レイサンダーが憤る。
アイラは泣いていた。
そうか、父は踏ん張ってくれていた。あんなに広かった背中が情けなくてたまらず、話をしてくれないと拗ねていた。自分はまだまだ子供だとアイラは反省した。
「わかった、ありがとう。まずは父を洗脳から救いたい。どうすればいい?」
アイラは涙を拭いて、オーに訊いた。
「はい。クイナ医師ならば魔術による病を治せます。王は療養が必要です。その間、アイラ王女が王の代わりをお務めなさい。あなたにならば、できる。俺の主人であるライモ様は、あなたに愛と忠誠を誓っていらっしゃる。俺のことも、お使いください」
オーの言葉に、アイラは涙を飲み込んで笑ってみせた。
「いいでしょう。私が王の代わりとなったと知れば、キャリーもイカルも驚くことでしょう。それにいずれ、私が女王となるのだから。それに私が王座につけば、ライモは私の道化師だ」
アイラは、笑い声をあげた。
見ていろ、イカル。




