第二十八話 希望
ライモはホルオーが死んだと思っていない。肉体は失われたが、遺骸布が残った。いつでもホルオーを感じることができる。ライモはその布を丁寧に畳んで抱きしめた。ホルオーが頭をなでてほめてくれた時の、あの手の温度を感じる。
ライモは枕元に布を置いて、ベッドに横になった。
ジーモンは隣のベッドで本を読んでいる。
「僕はあの被害に遭った日に、すべてを失ったと思ってた。これからの人生も辛いものばかりだと希望を失った。けれど、なくなってはいなかった。周りにある光を見る力を、一時、失っただけだった。お父さん、僕はもう、大丈夫そうだよ」
ライモが言うと、ジーモンは優しく微笑んだ。
みんなジーモンを誤解している。この人は怖い顔だけど、粘り強い愛情を人に持つことができる。
「おまえは何も悪くない。また光が見えなくなっても、見れるようにしてやる。安心しなさい」
「うん」
ライモはジーモンと離れて眠れるようになった。幼児返りしていた時のことは恥ずかしいけど、存分に初めて「お父さん」と呼べる人に思いっきり甘えられて、心が成長した。人は愛情を受けないと心が育たない。
ジーモンをお父さんと呼べるようになってよかった。
「お父さん、僕は十八歳までは勉強に集中したい。僕の夢はやっぱり、すごい宮廷道化師になることなんだ。そのためにも学びたい。学校に通いたいよ」
「わかった。おまえの頭の良さなら、十六歳で大学にスキップ進級ができそうだ。私が手配する。存分に、学び青春を楽しみなさい」
「うん、学校に行くのが楽しみ」
ライモは答えて、眠りについた。
翌朝、外は真っ白だった。レイサンダーが大仰な厚着でやってきた。二人で雪合戦を始める。アンもやってきて、鋭い雪玉を投げてきた。
「お父さんもやろうよ!」
腕を組んで雪景色を眺めているジーモンにライモが声をかけると、特大の雪玉を作って投げてきた。ライモは顔面にくらって腹がたち、小さな雪玉を魔術でたくさん作ってジーモンに飛ばしたがすべて避けられた。
「魔術を使うとは反則だぞ!」
ジーモンが走ってくる。長い足で全力疾走してくる、ライモはギャーギャー声をあげて逃げた。アンがそれを笑って見ている隙に、レイサンダーが彼女の背中に雪玉を投げる。
「やりよったな!」
アンが反撃する。レイサンダーは華麗に雪玉を避けるが、首に巻いていたマフラーが垂れて、それを踏んづけてしまい前に倒れた。アンがその倒れた背中に雪玉を投げつけてレイサンダーが冷たさに悲鳴をあげる。
ライモは大きく転んで雪の中ダイブして、手を貸してくれたジーモンの手を引っ張って転ばせた。親子は雪まみれにになって大声で笑った。
※
「つまり、希望の印なのだ。パラダイス王朝を作った選ばれし英雄には、無限の星の印が皮膚に浮かび上がった。これは驚くべきことだ時代が変わるぞ。印を持つ他の者も捜索すべきだ」
レイサンダーはジーモンの言葉をリディア宛の手紙に書いた。
希望の印を持つ者。レイサンダーの中で「使命」という言葉がきらびやかな色を持って輝く。生きることに責任感を持つこと、いいじゃないか、自分にできる最大のことをしたい。
「いいなぁ、僕にはその印がない」
しょんぼりした顔でライモが言う。
「悲観するな、おまえは私の希望だライモ。それに私にも印はない」
ジーモンが言う。このライモの「お父さん」は表情を変えずライモに甘いことを言う。
「そして無限星の印がない者が真のリーダーだったという記述がある。無限星の印をもつ者だけに希望を託してはいけない、同時代を生きる者すベてが時代の変化、つまり革命に関与すべきだ」
なるほど、とレイサンダーはうなずきながらジーモンの言葉を手紙に書く。
「さてさて、これからどうなねるか。楽しみではなか。はっははは、はーーはっはははははは」
ジーモンの高笑いが地下の書庫に響きわたる。
「はーっはははは」
ライモも真似して笑う。
「ふっふふふ」
この親子、変だわと、レイサンダーは苦笑した。
※
「どうして私にはないの。その無限星の印とやらは。私も欲しい! いっそ描いてやろうか」
アイラが額にペンを持っていく、リディアは手首をつかんで止めた。
「ない方がいい、ない方がいいわっ。選ばれし者の証かなんか知らないけど、こっちがどこに印をつけるかは選ばせてよ! 強制になんてひどいわ、なんで私は額なのよ! 私のかわいいい顔のデザインを崩して!」
リディアは額に無限星の印が出たことでがっちりと前髪を椿油で固めて隠さなければならず、怒っていた。
夜、アイラの部屋で眠る前の談笑をリディア、エルサ、ノラ、アイラですることが習慣になっている。アイラ意外の三人は無限星の印を持つ。エルサは左足首、ノラは右肩、リディアは額。
「アイラは真のリーダーだから、印がないのよ、きっと」
ノラが微笑んでいう。
「だとしたら、真のリーダーの印があってもいいじゃない。リディアはわかりやすくて、カッコイイよ。額に印があるってリーダーであることをすぐ示せる」
アイラの言葉にリディアは首を横に振る。
「この印、かわいくないから嫌なの。ただの星だったらよかったのに、無限のマークが余計だわ。それに真のリーダーは印なんかなくても、圧倒的な存在感がある。それに印をつける方が余計だし、印を見たら人はその人を偉い人だと思う、するとリーダーは傲慢になって道を間違えるのよ。真のリーダーは常に自分が人々を導くに値するか考えるため、印がないのよ」
「なるほどね」
アイラはリディアの言葉にうなずく。
「私たちも印があるからと、特別な人間だと思わないことだ」
エルサがいう。
「そうね。私たちは、たまたま選ばれたの。けれど、ジーモンさんのおっしゃる通り、他に印を持つ者を探さないといけませんね」
ノラが右肩の力の印にて手を当てて言った。
四人はまずは周りにこの印がないか、と聞いて回ることにした。リディアは印を図に書いて決して人に額の印は見せずに聞いて回った。ノラはその社交性を生かして、印の話を広めた。
アイラは時代を変えてやる、と毎朝毎晩、自分に向けて言った。同時にライモもきっと戻ってきてくれると、信じた。




